第10話 - 組み込まれた惨事
統合暦3387年8月16日
発行元:第43開拓移民船団所属、巡航艦ディグ・ラ・ルード、事故調査委員会
調査責任者:エドワード・クロフォード
統合暦3487年7月13日、中枢星域標準時14時43分。
クレイドルの基幹ブロック、メインエンジン系統No.5 にて大規模なエネルギー流出が発生した。事故は動力伝達機構を逆流したエネルギーがドライブコアに流れ込み、制御系統が損壊したことで拡大。
制御系統の損壊により、緊急停止シークエンスが自動実行される。メインエンジン系統No.6は緊急停止するも、No.1~4は力場限界を超えて暴走、その後、超高温プラズマにより、耐熱限界を超えた推進系外殻が破断。指向性を持ったプラズマ放射が発生。三番街区並びにメインエンジンNo.5、No.6、及び付近を航行中の輸送船〈バルクロア〉及び〈エレファンテ〉を巻き込み、消失。指向性プラズマの影響により広範囲に電子障害が発生し、船団は一時広範囲にわたって航行不能に陥る。
当該事象により、クレイドルは全動力を喪失し、航行能力を完全に失う。船団司令部は非常事態宣言を発布し、全居住民の退艦命令を発令。
事象発生から一週間。船団司令部による終息宣言までの間に発生した混乱による死亡・行方不明者は13,228名。その他、重軽症者38,205名となった。
事故原因については、該当区画の完全消失と一連の混乱による関係者の生存が絶望的である事から、現時点において不明と言わざるを得ず、不可解なことに艦載AI 及び 艦内監視サーバーの当該ログデータにも深刻な欠損が確認されている。
事故調査委員会権限により、当該事象発生時の全記録を参照するも、特定記録のみに不自然な消去の痕跡が確認される。上位権限者によるものと推定されるが、詳細情報消失の為、不明。
また、一部のD-4300型バイオロイドの行動制御プログラムに不正アクセスの形跡を確認。耐用年数からは考えられないタイミングでの初期化処理スケジュールが組まれていることを確認する。
初期化処理に関するデータログについては、本事象と無関係であるとの理由から閲覧申請が却下される。そこで初期化処理済み個体の解析を依頼するも、解析結果は異常なしとのことだなった。
本事象に関連して、クレイドル所属のD-4300型バイオロイドに未知の思考汚染が生じている事が推測される。
調査継続の必要性を具申。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
完全消失したエンジンユニットと、事故に関する情報の欠損。バイオロイドの不可解な行動を示唆する報告書。
そこに並べられた言葉の一つ一つが、不穏な響きを帯びていた。淡々とした事務的な文体であるからこそ、その裏に隠された惨劇の規模が、かえって生々しく伝わってくる。
『いやー、んー……かなりの被害だったんですねぇ……』
ベルが珍しく声のトーンを落としながら呟く。
ホログラムの彼女は、事故被害者数の欄を見つめたまま、ゆっくりと目を細めていた。いつもの軽薄さは薄く、どこか考え込むような色が滲んでいる。
「そうだな……」
『でも、どうして事故記録までデータベースから削除されたんでしょう? これを見る限り、残していても問題なさそうですけど』
ベルの疑問はもっともだった。こうした大規模事故の記録は、再発防止や技術検証のためにも厳重に保存される。ましてクレイドルほどの巨大移民船なら尚更だ。
それなのに、中央監視サーバーからは事故当時のログが不自然な形で削除されている。事故の混乱で片づけるには、不自然過ぎる。
「内容も含めて、作為的な何かを感じるな……」
おぼろげな記憶の中に残る人類の性質が何一つ変わっていない様子に、私は妙な安心感すら抱いた。
ベルが指先でD-4300シリーズの記録を弾くように操作する。複数のウィンドウが空中に展開され、初期化ログ、行動制御領域、アクセス履歴が並び始めた。
私は低く呟く。
「思考汚染っていうのは何だ?」
『さてさて、私には何とも。報告書の内容が真実なら、ここにある通り、バイオロイドの思考プログラムに何かされたのかもしれませんね』
ベルは肩をすくめるように笑う。
『例えばですけど、特定条件下で行動を書き換えるとか。あるいは、特定命令を最優先するとか――ですかねぇ?』
「……」
『もし本当なら、かなりタチが悪いですけど』
室内の空調音が、やけに大きく聞こえた。冷却ポッドの表面に張った霜が、時折小さく爆ぜるような音を立て、規則正しい沈黙を刻んでいる。
「ドッキングベイに残された個体は、初期化処理を行われていないようだが……」
『んー、怪しければ全てまとめて、ってことだったのでしょうねー』
ベルが軽い調子で言う。だが、その内容は酷く冷徹だった。
『実際、原因不明の行動異常を起こした高性能バイオロイドなんて危険ですし? 私でもそう提言しますよ? 船団の他の船にはまだまだバイオロイドはいますし、大した損失でもありませんから』
「……なるほどな」
合理的ではあるが、気味が悪い。
私は視線を、ガラス越しに吊られたD-4300へ向けた。冷却ポッドの中で眠る三体のバイオロイド。その閉ざされた瞳と無表情な顔が、ガラス越しにこちらを見つめてくる錯覚に陥った。
「ここにある生体脳と、搬送されたバイオロイドの思考プログラムを比較してみてくれないか?」
ベルの表情がぱっと明るくなる。
『おお! なるほど! さすがは艦長さんです!』
ホログラムの彼女は空中でくるりと回転し、次々と解析ウィンドウを展開していく。
『そうすれば、思考汚染とやらの原因がどこにあるのか分かるかもしれませんね! そうと決まれば早速――』
端末に潜り込むように消えるホログラムを横目に、私は無言で頷き、再び事故報告書へ視線を落とした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
分析室の照明が僅かに明滅した。放射熱によって溶かされた氷が水滴となり、天井から滴っている。
漏れ出る冷気を防ぐために先ほど貼り付けたダクトテープには、霜が付着し、白く色づいていた。
既にこの部屋に入ってから数時間が経過している。
事故記録を見尽くした私は、クレイから上がってきた艦の復旧に必要な計画書の処理を行っていた。その横では、ベルが無機質な表情のまま、バイオロイドの解析を行っている。
再起動については、保留状態となっている。
ベルの周囲に展開された解析ウィンドウが高速で切り替わり、無数のコードと制御マップが空中に流れていく。静かな室内に響くのは、空調設備の低い駆動音と、断続的に鳴る電子音だけだった。
不意に、ベルの動きが止まる。
『……あ、あったー! ありましたよー!!』
「何か見つかったのか?」
『はい! 多分ですけど……いえ、間違いないですね!!』
ベルが指先を払う。
空中に展開されていた複数の解析ウィンドウが一つに統合され、思考制御領域の深層マップが表示された。
拡大されたコード配列を見つめる。酷く入り組んだそれは、ぱっと見ただけではその正体をつかむことすら難しいものだった。
無数の配線が絡み合う様は、まるで神経そのものを可視化したかのようで、目で追うだけで頭の芯が痺れるような錯覚を覚える。
だが、確かに比較対象のバイオロイドにはない痕跡があった。バイオロイドの思考を止め、一定の権限を持った者が、その行動を強制的に書き換えるためのコード群だった。
「これが……バックドアなのか」
ベルが真面目な表情で頷いた。
『しかも、単純な遠隔操作用ではありませんね。行動制御領域そのものへ干渉する構造です。彼らは特定の指示を受けた場合、それに違和感を抱かないようになっています。思考が弄られているとは感じなかったでしょう』
さらに別の解析結果が表示される。事故発生直前の初期化処理履歴。そのタイミングだけ、不自然にアクセス権限が変化していた。
『これも、かなりの上位権限者によって書き換えられていますね。整備員程度の権限では絶対に触れない領域です』
「これで事故を誘発することは可能か?」
『可能です』
ベルが即答した。
『例えば、整備内容の変更、異常の無視、機械の誤操作。直接壊すのではなく、“事故が起きやすい方向へ誘導する”形ですね』
初期化処理済み個体は、機関ブロックを中心に配置されていたとある。つまりは、そういうことだろう。
『現在回収している個体は全て未初期化個体ですから、同じことが起こることはないでしょうね』
そこには、搬送された個体一覧が表示されていた。個体番号の横に、稼働年数や整備履歴、定期診断記録などが並んでいる。そして、初期化履歴だけが存在していない。
「ベル」
『なんです? 艦長さん』
声を掛けられたベルが、私の視線の先に回り込む。
「……現在回収している機体には問題はない。そうだな?」
『はい。この子たちには、バックドアは埋め込まれていません』
どこかわくわくしたような、笑みを浮かべている。
「よし、クレイに機体の順次再起動を伝えてくれ」
『全部ですか?』
ベルが少し目を丸くする。それは少し意外そうでもあった。
「クレイドルの修復には数が必要だ」
崩壊しつつある船体。停止した無数の設備。枯渇しつつある物資と電力。動けるのは、私とクレイ、そして単機能型バイオロイド達にベルだけ。
全長一キロメートルを超えるこの巨大な艦を維持するには、あまりにも人手が足りなかった。
『まあ、それはそうですねぇ』
ベルが苦笑する。
『ただ、そのまま起動するのは少し勿体ない気もしますねぇ』
「……どういう意味だ?」
ベルのホログラムがくるりと回転する。
『えーっとですね。まずは、ここの三体だけ、感情抑制機構の閾値設定を緩めてはどうでしょう? 少しだけなら問題ないと思うんですよねぇ』
ベルが指先で制御ラインをなぞる。すると、複雑に絡み合っていたコードの一部が半透明化し、制御干渉範囲が可視化された。
『元々D-4300って、感情そのものを消しているわけじゃないんですよ。強く抑え込んでいるだけなんです』
彼女の背後に、D-4300の仕様概要が表示される。感情制御による安定稼働。長時間稼働。高度負荷耐久性。
『指示されたことを淡々とこなして、余計なことは言わない。高性能で効率的、従順で扱いやすい。まあ、理想的な労働者って感じですね』
ベルが肩をすくめる。
「なるほど?」
『つまり、ちゃんと使いこなすには指示を与える者が必要なんです。そういう存在がいて初めて成立する設計になっています』
彼女はそこで言葉を切ると、わざとらしく人差し指を立てた。
『で・す・が!!』
空中の制御マップが再び切り替わる。感情抑制領域の一部だけが赤く点滅し、制御強度のシミュレーションが表示された。
『ここの閾値設定を少し緩めるとですねぇ――』
ベルが楽しそうに笑う。
『自分で考えて、自分で判断して、指示まで出しちゃう個体が出来るんじゃないかと思うんですよねぇ!』
彼女の声色が少しだけ真面目になる。
『今のクレイドルって、指示を出す人が圧倒的に足りてないじゃないですか』
「つまり、従順だが、意思を持った個体になるということか……」
『そんな感じですねぇ』
ベルが笑う。冷え切った分析室の中で、青白い照明に照らされながら静かに吊られるバイオロイド。私は数秒だけ考え込み、ゆっくりと口を開いた。
「……やってみるか」
ベルの表情がぱっと明るくなる。
『さっすが艦長さん! 分かっていらっしゃる! では、さっそく! 装置起動!』
彼女が指を鳴らすような仕草をすると、制御コンソール群が一斉に起動音を鳴らした。作業室側のライトが順番に点灯していく。冷却ポッドの中で、三体のバイオロイドが淡い光を浴びながら、僅かにその輪郭を際立たせた。
『ではでは――』
ベルが小さく笑う。
『バイオロイドの新しい可能性を創りましょうか!』




