↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星渡る揺り籠 ―辺境星域開拓記―  作者: ハノン
第一章 宇宙漂流編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/51

第47話 - 捕食者の執念

 テロスを目前に、巨大なクレイドルが回転していた。


 全長一キロメートルを超える船体が、宇宙空間でゆっくりと姿勢を変えていく。姿勢制御スラスターが断続的に噴射する度、船体各所から青白い噴流が伸びた。


 その巨体ゆえ、回転は人の目にはほとんど分からないほど緩やかだった。


 だが、その僅かな角速度は、一キロメートルを超える船体の外縁部では莫大な速度差となって現れる。


 工廠突破によって傷ついた外殻。沈黙した砲塔。船体各所へ残された構造物。それら全てが、テロスの蒼い地平と宇宙の闇を背景に、巨大な円を描いていた。


 艦内でも、その変化は静かに始まっている。


 人工重力が僅かに揺らぎ、格納庫では固定されたコンテナが軋んだ。整備員たちは無言で手すりを握り直す。


 誰もがこの回転の意味を理解していた。外殻へ取りついた敵を、振り落とす。そのためだけに、クレイドルは自らの巨体を回していた。


 右舷外殻には、三体の黒蜘蛛が張り付いている。


 四本の脚を深く装甲へ突き立て、その先端は外殻だけではなく内部の構造材へまで食い込んでいた。


 腹部を船体へ押し付け、関節を折り畳み、重心を極限まで低く保つ。まるで岩肌へ張り付く海洋生物のように、一切動こうとしない。しかし、船体の回転は容赦なくその身体を外側へ引き剥がそうとしていた。


 遠心力は時を追うごとに増大する。三体の身体が一斉に外側へ引かれた。


 脚部が軋み、関節が歪む。それでも敵は離れない。装甲へ食い込んだ固定肢は、なおも船体を掴み続けていた。


 テロスの蒼い地平が船体の向こうを流れ、その先には再び漆黒の宇宙が広がる。


 回転は、さらに加速した。


 一体の身体が大きく振られる。再形成されたばかりの脚部。その一本が外殻の表面を滑った。


 金属を削る甲高い音が宇宙へ響くことはない。それでも固定肢は長い傷跡を刻みながら装甲を削り、その先端が弾かれるように外れた。


 続いて二本目。


 黒い身体が大きく傾く。残る脚部がさらに深く装甲へ食い込み、全身を支えようとする。


 一瞬だけ、その身体は持ちこたえた。だが、遠心力はなおも増し続ける。


 三本目が耐え切れず外れた。最後の一本だけが、なお船体へ食らいつく。黒蜘蛛の身体が大きくしなる。


 そして――最後の固定肢が外殻から引き剥がされた。


 四肢を大きく広げた黒い身体が、回転によって与えられた速度を保ったまま宇宙空間へ放り出される。


 最初の一体が――振り落とされた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「第三十八目標、船体から分離!」


 戦闘指揮所に報告が響く。ヴァイスは映像から視線を動かさなかった。クレイドルを中心として、無数の情報が激しく動いている。


 船体は回転中。集光砲塔の射界も、それに合わせて絶えず移動していた。そして、振り落とされた敵もまた、分離時の速度を保ったまま船体から離れていく。


「第三十八目標、距離四十……距離七十。離隔継続」


「使用可能砲塔、射界進入まで四秒」


 回転する船体では、一基の砲塔だけで目標を破壊するまで追尾し続けることはできない。そのため照準情報を全砲塔で共有し、移り変わる射界を受け渡していく必要があった。


「バレット。分かっていると思うが、砲塔間の連動を切らすなよ」


『誰に物を言っているの? ……第三十八目標、追尾中』


 短い返答だった。映像上の照準表示が、回転しながら遠ざかる第三十八目標を追っている。船体も動く。目標も動く。砲塔の射界さえ、刻一刻と移動していた。


「距離百二十」


「射界進入まで二秒」


 照準表示が目標へ近づく。一度、外れた。だが、次の砲塔へ照準情報が引き継がれる。別方向から伸びた照準表示が、再び第三十八目標へ重なった。


「射線上、船体構造物なし!」


『目標捕捉』


「撃て」


 集光砲から光が伸びた。最初の光条が、宇宙空間へ放り出された敵を捉える。


 回転する砲塔は、射界から外れる直前まで対象を追尾し続けた。その光が途切れるよりも早く、別方向から伸びた光条が同じ敵を捉える。


 まるで一つの砲塔が追尾し続けているかのように、照射は途切れない。回転するクレイドルの各所から放たれる光が、射界を移り変わりながら一つの目標を追い続ける。


 連続する照射によって黒い外殻が赤熱し、やがて胴体が内側から弾け飛んだ。


「第三十八目標、反応消失!」


 ヴァイスは既に次の目標を見ていた。


「残存する二体の状態は」


「固定継続! 接触部周辺で、外殻の変形を確認」


 映像の一角に、右舷外殻の拡大像が表示された。二体の敵性個体は回転によって身体を外側へ引かれながらも、未だクレイドルの外殻へしがみついている。


「第四十二目標、脚部に異常!」


 映像が、三体の中で最も損傷の大きかった個体を捉える。再形成の途中にあった脚部が、回転に耐え切れず激しく振動していた。


「脚部構造、変形しています!」


 一本の脚が歪んだ。しかし固定肢は外れない。外殻へ食い込んだ先端は、そのままクレイドルを掴み続けている。


 だが、その根元。本体と脚部を繋ぐ関節部分に、亀裂が走った。


「第四十二目標、脚部構造に破断を確認!」


 一本目の脚が千切れた。黒い本体が大きく傾く。


 続けて二本目。そして三本目。脚部だけを船体へ残し、本体が引き剥がされていく。


「第四十二目標、船体から分離!」


 最後の脚部が破断した。支えを失った黒い身体が、宇宙空間へ放り出される。


 先ほどの個体とは違う。姿勢を保つための脚を失った本体は、分離した瞬間から激しく回転していた。


 頭部。腹部。背部。黒い外殻が目まぐるしく入れ替わる。四肢の大半を失った身体だけが、不規則に回転しながらクレイドルから遠ざかっていく。


「目標距離、五十……八十」


「第四十二目標、姿勢制御不能」


「離隔継続」


 ヴァイスは回転する目標を見つめた。


「バレット」


『見えてるわ……随分と暴れてるわね』


 照準表示が第四十二目標を追う。照準表示は本体中央を捉えている。しかし、予測着弾位置は細かく揺れ続けていた。


「止まるまで待つか?」


『冗談』


 即答だった。


『……必要ないわ。こっちの砲塔の方が、ずっと素直よ』


 回転するクレイドル。その周囲を、不規則に回りながら離れていく敵性個体。二つの回転運動が重なる。


『捕捉』


 ヴァイスは一拍だけ待った。


「撃て」


 光条が走った。第四十二目標は、なおも回転を続けている。その中心を。集光砲の光が正確に射貫いた。


「第四十二目標、反応消失!」


 ヴァイスは僅かに目を細めた。回転する船体から。回転する目標を。移動し続ける砲塔の射界を繋ぎながら撃ち抜く。


「……よく当てる」


『誰に物を言っているの?』


 先ほど放たれた言葉が、再び返された。ヴァイスは何も答えず、最後の赤い光点へ視線を移した。


 三体目。


 最も早く修復を進めていた第三十一目標だけが、今も船体へ留まっていた。再形成された脚部を外殻へ深く突き立て、回転に耐えている。


 その周囲には、幾つもの不自然な窪みが広がっていた。敵性個体がクレイドルの構造材を取り込み続けた跡。


 外殻表面だけではない。その下にある支持構造の一部までが失われ、内部には無数の空隙が生じている。


「第三十一目標、固定継続!」


「角速度、上限へ接近!」


「右舷外殻、構造負荷増大! 周辺構造材の変形を確認!」


 拡大映像の中で、第三十一目標の周囲に新たな亀裂が走った。敵の身体は遠心力によって大きく外側へ引かれている。脚部は耐えていた。


 だが、その脚が掴んでいるクレイドルの方が耐えられなかった。


 吸収によって薄くなった構造材から亀裂が枝分かれし、固定肢を中心として外側へ引き起こされていく。


「右舷外殻、局所破断!」


 次の瞬間。構造材が砕けた。敵性個体の脚が外れたのではない。脚部が食い込んでいた外殻そのものが、固定部ごと引き剥がされた。


 外殻が破断した衝撃で、四本の固定肢のうち二本が本体との接続部から千切れ、船体側へ残された。


「第三十一目標、船体から分離!」


 回転によって与えられた速度を保ち、黒い身体が急速に船体から離れていく。


 奴らは、自らの身体を修復するためにクレイドルを喰った。そして、自らが掴んでいた場所を、自らの手で脆くしていた。


「全敵性個体、船体より分離!」


 その報告とほぼ同時だった。


『第三十一目標、追尾しているわ』


 バレットの声が響く。照準表示が、宇宙空間を流れる第三十一目標へ重なっていた。


「射線上に外殻片!」


「待て」


 周囲を漂っていた構造材が、回転する射界の外へ流れていく。


「射線確保!」


「今だ。撃て」


 光が走った。回転するクレイドルから放たれた光条が、第三十一目標の身体を正確に貫く。黒い外殻が弾けた。赤熱した破片が四方へ広がり、直後、敵性反応が消失する。


「第三十一目標、反応消失! 外殻接触個体、全目標の反応消失を確認!」


 ヴァイスは、右舷外殻の拡大映像へ視線を戻した。


 右舷外殻。敵が取りついていた場所には、深く抉られたような損傷が残されている。


 そして、その周囲には、黒い脚部の一部が構造材へ深く食い込んだまま残されていた。


 本体は、もう存在しない。


 それでも外殻へ深く食い込んだ固定肢だけは、最後まで獲物を放さなかった捕食者の爪痕として、クレイドルに残り続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。