第45話 - 造船工廠突破戦 - 2
「電磁投射砲、発射されました」
微かな振動と共に、オペレーターの報告がブリッジに響く。
中央映像の片隅に、電磁投射砲から放たれた弾体の予測軌道が表示されていた。一本の細い線がクレイドルから伸び、巨大な造船工廠の外壁へ向かっている。
だが、実際の弾体を映像で捉えることはできない。
高速で飛翔する弾体は既にクレイドルから遠く離れ、観測映像の中から完全に姿を消していた。今の私たちに見えるのは、観測情報から算出された予測軌道だけだ。
『電磁投射砲の弾体、目標へ接近中。着弾まで三十一秒』
端末から聞こえてきたのは、ノアの声だった。
「ノアも見ているのか?」
『はい、ベルと一緒に。現在、クレイドルの観測情報を共有していただいています』
「センサーと同期させました。ラウルディエルの戦術記録と照合できる可能性がありますので」
クロムが端末を操作しながら答える。
「なるほど」
正面映像へ視線を戻す。敵性個体群を示す七十四の光点。その一部へ、集光砲塔の照準表示が重なっていた。
赤い光点は絶えず位置を変えている。上下左右へ散開しながらも、少しずつクレイドルとの距離を詰めていた。
「集光砲塔、射撃開始」
クレイの声とほぼ同時に、クレイドルの外殻から複数の光条が伸びた。宇宙空間を貫いた光が、接近中の黒蜘蛛へ次々と突き刺さる。
最初の一体が光に呑まれた。
黒い外殻が瞬く間に赤熱し、その表面から黒い何かが噴き出す。その勢いによって、接近軌道から逸脱する個体もあった。軌道を変えようとするように四本の脚を広げたが、照射は止まらない。
「第一目標、命中」
「第三目標、外殻損傷」
「第五目標、反応低下」
報告が立て続けに上がる。中央映像の中で、複数の光点が消えた。だが、その間にも残る光点は動き続けている。
照射を逃れた個体が大きく軌道を変え、別の個体は前方の仲間を盾にするように位置を移していた。
偶然なのか。それとも、意図的なものなのか。今は考えている余裕もない。
「集光砲塔、最大出力を確認。一番砲塔、集光レンズ温度が急上昇しています」
中央映像の端に、新たな警告表示が浮かび上がった。一つだけではない。集光砲塔を示す状態表示が、次々と黄色へ変わっていく。
「ヴァイスの判断か?」
クレイが答える。
「命令に基づき、砲塔の保全を考慮せず射撃を継続しています」
「艦長」
クロムの声で、意識を中央映像へ戻す。先ほどまで二十秒以上あった着弾予測時間は、既に残り僅かとなっていた。
「電磁投射砲弾、目標へ到達します」
表示された数字が減っていく。
……三。……二。……一。
直後。造船工廠の外壁に、巨大な大穴が穿たれ、周囲に設置された構造物が弾け飛ぶ。
音はない。ただ、映像の中で大量の構造材が四方へ吹き飛び、ゆっくりと宇宙空間へ広がっていく。
「着弾を確認」
拡大映像が表示される。搬入口上部の支持構造が、大きく抉られていた。着弾箇所を中心に構造材が捻じれ、内部へ伸びる骨組みが露出している。破断した部材が外側へ広がり、その下で巨大な搬入口がゆっくりとひしゃげ始めた。
「……あそこを狙ったのか?」
私は身を乗り出し、目を凝らして画面を見つめる。
搬入口そのものではない。その上部。巨大な隔壁を支えていた支持構造だけを、弾体は寸分違わず撃ち抜いた。
超高速で飛来した弾体は、そのまま支持梁を貫通する。金属が砕け散る暇すらなく、莫大な運動エネルギーが構造体全体へ叩き込まれた。
支持構造は破断すると同時に内側へ押し潰され、周囲の梁や隔壁を巻き込みながらひしゃげていく。
巨大な隔壁は支えを失っただけではない。衝撃によって押し出されるように搬入口へ倒れ込み、その重量で開口部を塞いだ。
さらに、折れ曲がった梁や外壁材が折り重なるように崩れ落ち、巨大な瓦礫となって搬入口を完全に埋め尽くしていく。
内部から現れようとしていた複数の黒い影が、その崩壊へ巻き込まれた。一体はひしゃげた隔壁と外壁の間へ押し潰され、別の個体は四本の脚で跳び退こうとする。
しかし、逃げ切れない。
次々と押し寄せる鋼鉄の奔流が、その姿を完全に飲み込んだ。
「第一搬入口、閉塞」
クロムが淡々と告げる。
「搬入口付近の動体反応、停止しました」
私はしばらく、崩壊した搬入口を見つめていた。偶然ではない。最初から、こうなるように撃ったのだ。
「第二電磁投射砲、第五搬出口を指向しています」
船体右舷にせり出している電磁投射砲の砲口がゆっくりと動く。狙う先は敵性個体が使う搬入出口だ。
「……見事だな。ヴァイスが推薦するだけのことはある」
第二射が放たれる前に、状況は変化しつつある。
「第二波、接触予測十三分」
「工廠近傍域通過まで、十五分」
視線を戻す。中央映像では、七十に近い光点が、なおもクレイドルへ迫っていた。
集光砲の照射を受け、いくつかの個体は消失し、それに倍する個体が速度を失っていた。
だが、それ以上の光点が、迎撃網の隙間を縫うように接近を続けている。全てを撃ち落とすことはできない。
正面映像を埋め尽くす造船工廠は、先ほどよりも明らかに大きくなっていた。外壁を走る無数の構造線。突き出した作業アーム。開放されたドック。
先ほどまでは巨大な一つの構造物にしか見えなかったものが、今では個々の設備として識別できるほど近い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「第十八目標、迎撃線を突破!」
戦術管制の報告と同時に、立体映像上の赤い光点が右舷の迎撃範囲を抜けた。
続けて二つ。三体の敵性個体が、クレイドルとの相対速度を失わないまま船体へ迫る。
「右舷六番、照準追従不能。目標を変更します!」
「七番砲塔、旋回限界。照射中断!」
ヴァイスは立体映像から視線を動かさなかった。三体の予測軌道は、いずれもクレイドルの船体上方を横切っている。
「衝突軌道ではない。抜けた目標からは照準を変更しろ」
三つの光点が船体を飛び越える。
「左舷集光砲、目標捕捉!」
「撃て」
待機していた砲塔が一斉に照射を開始した。立体映像の中で、三つの赤い光点へ照射表示が重なる。複数の砲塔からの照射を受けた敵性個体が、瞬時に融解していく。
直後、足元から低い振動が伝わった。電磁投射砲が放たれたようだ。
「第三搬入口に着弾。閉塞完了!」
これで多少は増援を遅らせることができる。
「突破個体、全て排除!」
「残存個体、六十二!」
まだ多い。
「右舷四番、出力低下!」
「照射を継続。次の目標へ移れ」
四番砲塔の状態表示が黄色へ変わる。だが、まだ撃てる。その隣で、一番砲塔の表示が赤く点滅した。
「一番、集光レンズ温度限界! 焦点が合いません!」
「照射を継続」
「しかし――」
「撃て」
「……了解!」
一番砲塔の出力表示が再び上昇する。数秒後、状態表示が黄色から赤へ変わった。
「一番砲塔、出力急低下! 集光レンズ融解! 照射不能!」
「目標を三番へ移管」
「三番、既に交戦中です!」
迎撃線の一角から、照射範囲を示す表示が消える。ヴァイスの視線が、その空白へ向いた。
「右舷四番、冷却系異常!」
「出力維持できません!」
「四番砲塔、停止!」
二基目。迎撃網に、明確な穴が開いた。
「第三十一、四十四目標、迎撃線を突破!」
二つの赤い光点が、その隙間へ滑り込む。
「右舷六番、照準変更!」
「六番の射角外へ潜り込まれた! 追従不能!」
「ちっ……近接迎撃へ移行!」
船体外殻に配置された近接迎撃システムが作動した。無数の質量弾が第三十一目標へ叩き込まれる。黒い外殻が砕け、四本の脚の一本が根元から弾け飛んだ。
だが、止まらない。
「接触まで三秒!」
最後の一斉射で黒蜘蛛の軌道が僅かに逸れる。それでも、完全には外れなかった。
「第三十一目標、右舷外殻へ接触! 船体表面に固定!」
「近接砲塔、射界外です!」
「放置しろ。次を狙え」
「第四十四目標、接近!」
「左舷二番、照射!」
光条が黒蜘蛛を捉える。黒い外殻が赤熱し、その表面から黒い物質が噴き出した。
「左舷二番、出力低下!」
「集光レンズ温度、限界突破!」
照射が途切れる。
「二番砲塔、照射不能!」
三基目。第四十四目標は止まらなかった。
「左舷下部外殻へ接触」
さらに後方から迫った第六十一目標にも近接迎撃が集中する。
脚部が一本吹き飛ぶ。それでも止まらず、残る三本の脚を広げてクレイドルの外殻へ取り付いた。
「外殻接触個体、三」
「後続を優先しろ」
ヴァイスは即座に命じた。その時だった。
「……第三十一目標に変化があります」
「何だ」
「接触箇所周辺の電力系統に異常。電力消費が増大しています」
立体映像の一部が拡大された。
外殻へ張り付いた黒蜘蛛。一本の脚を失い、外殻の各所も砕けている。先ほどまでなら、そのまま活動を停止していてもおかしくない損傷だった。
その断面で、何かが動いた。
「……拡大しろ」
映像倍率が上がる。砕けた外殻の奥から、粘つくような黒い物質が滲み出していた。
「第三十一目標、損傷部に変化」
黒い物質が、失われた脚部の根元へ集まっていく。やがて、その中央から骨格のような細い構造が伸び始めた。
「……自己修復だと?」
誰かが呟いた。
「接触箇所からエネルギー流出を確認」
ヴァイスは僅かに目を細めた。ただ、船体へ取り付いたのではない。損傷した個体が、優先的にクレイドルへ接触した可能性がある。
「本艦からエネルギーを奪っているのか」
「その可能性が高いです」
残る二体の接触箇所でも、同様の異常が検出される。三つの赤い光点。その全てが、少しずつ反応を強めていた。
損傷していたはずの個体が。クレイドルへ接触した途端に。
「接触個体の監視を継続。後続への迎撃を優先する」
「しかし、修復を許せば――」
「分かっている」
ヴァイスは迫る敵性個体群へ視線を戻した。
「今ここで迎撃網を崩せば、三体では済まん」
「……了解!」
砲塔の照準が、再び後続へ向けられる。
「接触予測時間を再計算しろ」
「最短五分四十秒! 工廠近傍域通過まで、三分五十二秒です!」
十分だ。
「新規目標への射撃を停止。現在の目標だけを確実に落とせ」
「了解!」
立体映像から、赤い光点が一つ、また一つと消えていく。その時、戦闘指揮所に警報が響いた。
「進路前方、大型構造物!」
立体映像の一部が切り替わる。工廠内部では、停止していた資材搬送設備や作業機械が次々と稼働を始めていた。
長大な搬送アームが旋回する。一基。続いて二基目。工廠の壁面から伸びる巨大な構造物が、クレイドルの進路上へせり出していく。
「このままでは接触します!」
直後、艦内通信が開いた。
『全艦、現在速度を維持。このまま工廠を突破する』
艦長の声だった。
『シールド出力を前方へ集中。進路上の障害物は電磁投射砲で排除する』
ヴァイスは何も言わない。立体映像の中では、クレイドルの進路と巨大な搬送設備を示す表示が重なっていた。
「第四十七目標、接近!」
「右舷七番、照射」
「了解!」
足元から、重い振動が突き上げた。数秒後、接近する敵性個体を巻き込みながら、前方を塞いでいた巨大な搬送設備に電磁投射砲の弾体が突き刺さった。
大型クレーンの中央部が大きく歪む。一瞬遅れて、長大な構造体が中央から折れた。衝撃波が、周辺の構造物を吹き飛ばす。
「前方構造物、崩壊!」
「破片群、接近!」
数百メートル級の構造材が、無数の破片を撒き散らしながら進路上へ広がる。
『前方シールドへ出力集中!』
次の瞬間、船体が激しく揺れた。ヴァイスは管制卓へ片手を突き、身体を支える。小さな破片がシールドへ次々と衝突する。
その度に、戦術管制画面の端で出力表示が跳ねた。
「前方シールド出力低下!」
右舷側の船体表示に、次々と黄色い警告が浮かぶ。
「外殻損傷!」
「補助エンジン三番、出力低下!」
戦術管制画面が一瞬だけ乱れる。それでも、クレイドルは減速しなかった。工廠の構造物が、左右へ流れていく。
巨大な造船ドック。係留設備。折り畳まれた作業アーム。その一つ一つが、クレイドルの全高に匹敵するほど巨大だった。
それらの隙間を、全長一キロを超える船体が最大速度で突き抜けていく。
「第五十四目標、迎撃線へ進入!」
「右舷一番、迎撃」
「一番砲塔は使用不能です!」
「なら七番へ切り替えろ」
「七番、別目標を照射中!」
「第五十四目標を優先」
「了解!」
工廠構造物との衝突警告、砲塔の異常、シールド出力の低下。無数の警告表示が戦術管制画面を埋め尽くしていくが、ヴァイスの視線は敵性個体から離れない。
「第五十四目標、反応消失!」
「工廠中央域、通過!」
再び、船体に激しい衝撃が走る。今度は先ほどよりも大きい。天井の照明が一瞬だけ明滅した。
「前方シールド、四十二パーセントまで低下!」
「補助エンジン五番、停止!」
既に二つの補助エンジンが停止した。それでも得られた速度は落ちない。クレイドルは、巨大な工廠の縁を掠めるように突き進んでいた。やがて、赤い光点の動きに変化が現れた。
「第二波、相対速度低下!」
「全個体との距離が離れます!」
クレイドルが工廠を抜けつつある。後続の敵性個体群は、もう追いつけない。
「工廠外縁構造物まで、残り百二十キロ!」
「全砲塔、射撃停止」
照射状態を示す表示が、次々と消えていく。
一基。また一基。限界まで酷使された砲塔が、ようやく沈黙する。最後の巨大な構造物が、立体映像の後方へ流れていった。
「工廠外縁部、通過!」
一拍。
「造船工廠――突破を確認!」
戦闘指揮所の各所から、小さく息を吐く音が漏れた。誰も声を上げない。歓声もない。ただ、張り詰めていた空気だけが、僅かに緩んだ。
ヴァイスは立体映像を見つめる。遠ざかっていく敵性個体群。もう、こちらとの距離を縮めてはいない。
そして。
クレイドルの船体表示に重なったままの、三つの赤い光点。その反応値は、今も少しずつ上昇していた。
「迎撃戦闘を終了する」
ヴァイスは僅かに間を置いた。戦闘指揮所に、先ほどまでとは違う沈黙が広がる。
戦いは終わった。だが、脅威が去ったわけではない。
「外殻接触個体、三。現在も自己修復を継続中」
ヴァイスは三つの光点を見つめたまま、静かに告げた。
「艦長へ報告。対応策を協議する」




