第42話 - 希望の裏側
分裂したデブリは、幾筋もの光となってテロスの大気圏へと沈んでいった。
巨大な一つの塊だった時とは異なり、その落下軌道は広範囲に分散している。都市遺構への直撃軌道からは、完全に外れていた。
七つの主要破片の周囲には、さらに無数の小型破片が群れを成すように広がっていた。
「各破片群、大気圏へ突入します」
オペレーターの報告と共に、観測映像の中で無数の光が瞬く。比較的小さな破片は、大気との摩擦によって瞬く間に赤熱し、白い尾を引きながら消えていった。
一方、質量の大きな破片は、外殻を次々と剥離させながらも降下を続けている。
「第一破片群、消失。第二、第三破片群は降下継続」
地表観測映像へ切り替わる。
最初の破片が森林地帯へ落着した。地表が僅かに盛り上がったかと思うと、次の瞬間、土砂と樹木が巨大な壁となって空へ吹き上がる。
遅れて衝撃波が周囲へ広がり、落着地点を中心に森林が円を描くように薙ぎ倒されていった。
続いて、二つ目。
今度は湖の縁へ落着し、巻き上げられた大量の水が白い柱となって立ち昇る。さらに遠方でも、幾つもの土煙が上がっていた。
迎撃そのものは成功した。少なくとも、あの都市が一つ丸ごと消し飛ぶ事態は避けられたのだ。
「奴らの追跡は?」
「継続しています」
立体映像の一角が拡大される。
確認された個体の一体が、破片から離れた後も、そのままテロスへ向けて落下を続けていた。
周囲の破片が空気抵抗に押されて軌道を乱す中、その個体だけは落下角度を一定に保っていた。
四本の脚を折り畳むように胴体へ引き寄せ、僅かに姿勢を変えながら降下している。
「……突入姿勢をとっているのか?」
「周囲の破片とは異なり、対象には僅かな軌道修正が確認されています」
「機体を損傷する危険を冒してまで、地表へ降りる理由があるのか……?」
私の言葉に答える者はいなかった。
やがて、黒蜘蛛は大気圏へ突入する。最初に変化したのは、その外殻だった。黒い表面が赤く染まり、直後には全身が炎に包まれる。
「対象表面温度、急速に上昇」
それでも個体は降下を続けていた。折り畳まれていた脚を僅かに広げ、姿勢を維持しようとしている。だが、先ほどまで身を隠していたデブリは、もう存在しない。高熱が直接、その身体を焼いていく。
「外殻に損傷を確認」
赤熱した装甲の一部が剥がれ落ちる。露出した内部組織が一瞬だけ黒く蠢き、直後には白い炎に包まれた。
「生体反応、急速に低下」
一本の脚が千切れた。姿勢を崩した個体が激しく回転を始める。回転する度に外殻が剥がれ、黒い身体は少しずつ形を失っていった。
「対象の構造維持能力、限界を超過」
そして、観測映像の中で、一際強い光が瞬いた。
「反応、消失しました」
あとに残ったのは、テロスの大気に引かれながら消えていく、細い光の筋だけだった。
「……燃え尽きたのか」
「そのようです」
私は、しばらく何も言わず映像を見つめていた。
宇宙空間を移動し、艦の装甲を引き裂き、集光砲の攻撃すら耐える存在。それでも、何の防護もなく大気圏へ突入すれば、無事では済まないらしい。
「他の個体は?」
「第三及び第七破片から離脱した三体についても、同様に生体反応が低下しています」
クロムの操作によって、別の観測映像が表示される。炎に包まれた黒い影が次第に形を失い、やがて光の中へと消えていった。
「いずれも、反応の消失を確認しました」
「残る三体は?」
「第六破片内部に留まっています。ただし、残骸の熱源反応と重なり、現在は個体のみを識別することが困難です。破片そのものは、山岳地帯へ向けて降下を継続しています」
つまり、外へ出た個体は燃え尽きた。だが、デブリの内部へ留まった奴らまで、同じ結末を迎えたとは限らない。
「艦長」
クロムの声に、私は思考を切り上げた。
「造船工廠への航路について、最終確認が完了しています」
「ああ」
中央の立体映像へ目を向ける。
そこには、テロスと二つの衛星。そして、それらの重力影響を避けるように伸びるクレイドルの予定航路が表示されていた。
その先にあるのは、巨大な造船工廠。クレイドルを修復できるかもしれない、今の私たちにとって唯一の希望だった。
「……予定通り、工廠へ向かう」
「よろしいのですか?」
問いかけたのはクレイだった。
「気になるか?」
「はい。先ほどの件を考えれば、黒蜘蛛は相当数存在すると考えられます」
「そうだな」
クレイの懸念はもっともだった。デブリの中に奴らが潜んでいた。それも、私たちの観測では、残骸との区別すらできなかったのだ。工廠へ向かうことが安全だという保証など、どこにもない。
「一度距離を取り、観測を続けるという選択肢もあります」
「ああ。それは私も考えた」
私は中央に投影された造船工廠へ目を向けた。
「だが、今の観測方法では、時間を掛けても見つけられるとは限らない。先ほどの個体も、デブリが砕けるまで気付けなかったからな」
「……確かに、その通りです」
「それに、今ここで何体か見つけたところで、工廠を確認する必要がなくなるわけでもない」
応急修復を終えたクレイドルは、今すぐ航行に支障を来すような状態ではないが、どのみち本格的な修復は必要になる。
「だからこそ、警戒を強めた上で接近する」
クレイは僅かに沈黙した後、静かに頷いた。
「承知いたしました」
「反対はしないのか?」
「懸念を申し上げることと、マスターの判断に従うことは別ですので」
「……そうか」
「はい」
相変わらずのクレイらしい答えだった。私は小さく頷き、クロムへ視線を向ける。
「クロム。予定通り工廠へ向かう。ただし、警戒態勢は引き続き維持してくれ」
「承知しました」
クロムが観測席へ視線を向ける。
「微速前進、出力十五パーセント。観測系、厳重警戒監視体制へ移行。デブリ群の再識別を開始。外殻形状による判定は参考情報に留めろ。奴らが潜伏可能な大型デブリを優先して監視」
「了解」
「周辺天体の重力と本艦の航行による影響を再計算。そこから外れる不自然な軌道変化を優先して抽出しろ。特に自律的な姿勢制御を示す物体は、全て要監視対象として登録」
各観測席から、次々と応答が返る。
中央の立体映像が更新され、これまで単なる残骸として表示されていた無数の光点に、新たな識別情報が付与されていく。
衝突軌道に入った小型デブリだけが順次選別され、集光砲によって焼却されていく。
「これで対応できていると思うか?」
「保証はできません」
クロムは即答した。
「ですが、少なくとも先ほどよりは」
「十分だ」
最初から完璧な答えなど期待していない。一度見落としたのなら、次は見落とさないようにする。今の私たちにできるのは、それだけだった。
「航路変更を開始します」
オペレーターの声が響く。僅かな振動が艦内を伝った。観測窓の向こうで、テロスの位置がゆっくりと移動を始める。クレイドルが、進路を変えているのだ。
目指す先は、軌道上に残された造船工廠。そこに何が待っているのかは分からない。それでも、進むしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
造船工廠への航路へ移行してから、既に半日近くが経過している。何度か休憩を挟みながらも、私はその大半をブリッジで過ごしていた。
工廠との距離は着実に縮まり、正面の観測映像に映し出されるその姿も、時間を追うごとに大きくなっている。
複数の巨大な造船ドック。それらを繋ぐ中央構造体。周囲には資材保管施設と思われる区画や、船舶を係留するための構造物も確認できた。
少なくとも外観だけを見れば、完全に崩壊しているようには見えない。
「工廠まで、残り六時間です」
「分かった」
私は艦長席に座ったまま、正面の映像を眺めていた。
その時、ブリッジ後方の扉が開いた。
「艦長」
聞き慣れた声に振り返る。
「ライズ?」
そこに立っていたのは、医療官のライズだった。
だが、私の視線はすぐに、その隣へと移った。
細い身体を簡素な衣服に包み、ライズに支えられるようにして立つ、一人の女性。
見覚えがあった。いや、忘れるはずがない。ラウルディエルの生体研究施設。培養シリンダーの中で眠り続けていた女性が、そこに立っていた。
「……目を覚ましたのか」
私の問いに答えたのは、ライズだった。
「つい先ほどです。目を覚ました直後、医療区画の端末に表示されていた工廠を見て、どうしても艦長に会いたいと。本来であれば、まだ安静にしていただきたいのですが」
「……私が、頼んだ」
掠れた声だった。女性が、ゆっくりと顔を上げる。
「ここへ……連れてきてほしいと」
「何故だ?」
問いかける。だが、女性は答えなかった。その視線は、私ではなく、正面の観測映像へと向けられている。
巨大な造船工廠。女性の表情が、明らかに強張った。
「……あれに」
掠れた声が漏れる。
「あれに、向かっているの?」
「そうだが」
次の瞬間。
「止めて」
女性が、はっきりと言った。
「今すぐ、船を止めて」
一瞬、意味が分からなかった。
「……どういう意味だ?」
「あそこに……近づいては駄目」
女性は正面の映像を見つめたまま、もう一度繰り返した。
「奴らがいるかもしれない」
その言葉に、私は僅かに目を細める。
「奴ら?」
女性が、こちらへ視線を向けた。
「黒い……機械。生き物みたいに動く、あれ」
ブリッジの空気が変わった。私はクレイへ視線を向ける。クレイもまた、僅かに目を細めていた。
「何故、それを知っている?」
「……研究していたから」
女性は短く答えた。
「ずっと、調査していた」
その言葉を聞き、私は正面の映像から完全に視線を外した。
「ライズ。彼女を座らせてくれ」
「承知しました」
ライズに促され、女性が近くの席へ腰を下ろす。立っているだけでも辛いのだろう。僅かな距離を移動しただけで、その呼吸は浅くなっていた。
「無理はさせられませんよ」
ライズが私を見る。
「分かっている。クロム、加速を中止。現速度を維持しろ。これ以上の接近判断は、話を聞いてからだ」
「承知しました」
クロムが即座に航行席へ指示を飛ばす。私はその応答を確認すると、女性の正面へ屈んだ。
「まず確認させてくれ。君が言っているのは、こういう奴か?」
クロムへ視線を向ける。正面の映像が切り替わった。砕けたデブリ。その内部から這い出す、黒い四本の脚。
女性の顔から、血の気が引いた。
「……どこで」
「つい先ほどだ。惑星へ落下するデブリの中に潜んでいた」
「一体だけ?」
「いや、複数だ」
女性が俯く。
「……やっぱり」
「何がだ?」
返事はすぐにはなかった。女性は何かを考えるように目を閉じると、ゆっくりと息を吐いた。
「あれは……生き物じゃない」
「それについては、私たちも同じ結論に達している」
女性が顔を上げた。
「生体組織と機械構造を併せ持つ、生体機械。そう考えている」
「……そこまで分かってるの?」
「一体と戦った」
女性の目が僅かに見開かれる。
「それに、君が持っていた電子媒体も解析させてもらった」
「私の……」
「ああ。勝手に見たことは謝る。だが、こちらにも事情があった」
女性はしばらく私を見つめた後、小さく首を横に振った。
「いい。そんなことは、どうでもいい」
そして再び、造船工廠へ視線を向ける。
「記録を見たなら……増えることも知ってる?」
「資材とエネルギーがあれば、自己修復をおこなうことは――」
「違う」
女性は、はっきりと否定した。
「少し……違う」
身を乗り出そうとした女性の身体が、僅かに傾く。すぐにライズがその肩を支えた。
「無理をしないでください」
「大丈夫……」
「大丈夫な方は、座っているだけで息を切らしたりしません」
ライズの言葉に、女性は僅かに眉を寄せた。それでも休むつもりはないらしい。支えられたまま顔を上げると、正面に映る造船工廠へ視線を向けた。
「あれは……自分で増えるんじゃない」
「どういうことだ?」
「使うの」
震える指が持ち上がる。その先にあるのは、映像の中に浮かぶ巨大な造船工廠だった。
「生産設備の制御系……使えるものは、全部使う」
私は女性の指先を追うように、映像へ目を向けた。複数の巨大な造船ドック。その周囲に広がる資材保管区画。そして、船舶一隻を丸ごと建造するための生産設備。
「……製造設備を乗っ取る、ということか?」
問いかけると、女性は唇を噛んだ。
「私たちも……全部を知っているわけじゃない」
その声から、先ほどまでとは違う感情が滲んでいた。
「でも、調査した場所では……同じことが起きていた」
女性の手が、膝の上で強く握られる。そこで一度、言葉が途切れた。ライズが女性の顔を覗き込む。しかし、彼女は小さく首を横に振り、そのまま続けた。
「気付いた時には、増えていた」
「……奴らが?」
女性が頷く。
「止まっていたはずの生産設備が、動いていた。誰も操作していないのに、炉も、加工機も、組立装置も……」
膝の上に置かれた手が、微かに震えていた。
「そして、工場の奥から、あれが次々に出てきた」
ブリッジから音が消えたように感じた。私は、ゆっくりと正面の映像を見上げる。
巨大な造船ドック。資材保管区画。高度な生産設備。そして、それら全てを稼働させるために用意された、莫大なエネルギー。
目の前にある施設が、先ほどまでとはまるで違うものに見えた。




