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星渡る揺り籠 ―辺境星域開拓記―  作者: ハノン
第一章 宇宙漂流編

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第41話 - 残骸に潜む影

「新たな軌道変化を確認」


 観測席から上がった声に、私は再び顔を上げた。


「またデブリか?」


「はい。ただし、先ほどのものとは規模が異なります」


 中央の映像に、新たな落下軌道が重ねて表示される。先ほどの細い線とは違い、今度の軌道は警告を示す赤色で強調されていた。


「推定質量、約八十六万トン。全長、約四百二十メートル。複数の構造体が結合した大型デブリと考えられます」


「落下地点は?」


 オペレーターが数秒間、軌道計算の結果を確認する。


「北半球中緯度。旧都市区画への落下が予測されます」


 映像が地表へ切り替わった。深い森林の中に、幾何学的な街路が浮かび上がる。植物に覆われながらも、都市の輪郭は今も明瞭に残されていた。


「被害予測は?」


「直撃した場合、都市中央部を含む広範囲が消失します」


 惑星全体から見れば、取るに足らない衝突なのだろう。だが、あの場所に残されているものまで、取るに足らないとは言い切れない。


「回避させることはできるか?」


「現在の距離からでは軌道変更は間に合いません」


「なら、破壊はどうだ?」


 その一言に、ブリッジの視線が私へ集まった。


「クロム。電磁投射砲で破砕できるか、計算してくれ」


「承知しました」


 クロムが即座に端末へ向き直る。


 中央の立体映像に、大型デブリの推定構造が表示された。幾つもの構造体が絡み合い、一つの巨大な塊を形成している。その内部には空洞や歪みが多く、各部の密度にも大きな差があった。


「対象の構造強度を推定。電磁投射砲による破砕効果を算出します」


 立体映像上に、複数の射線が次々と描き出される。正面から撃ち抜くもの。側面へ衝撃を加えるもの。回転軸を崩し、構造全体を捻じ切るようなもの。


 その一つひとつに、着弾後の破片軌道が重ねて表示されていく。


「単純に破壊すればいいわけではないんだな」


「はい。破砕位置を誤れば、複数の大型破片が同一地域へ落下し、被害を拡大させる可能性があります」


 クロムの言葉に、私は表示された予測結果へ目を向けた。都市への直撃を避けられたとしても、その周辺へ巨大な破片が集中して落ちれば、結果は大きく変わらない。


 数秒後、無数に表示されていた射線の大半が消え、一本だけが残った。


「対象の進行方向に対し、左側面から約十九度の角度で着弾させます。構造上の脆弱部を貫通させ、回転運動を加えることで、少なくとも七つの主要破片へ分割可能です」


「落下地点は?」


 地表映像に、複数の光点が表示される。


「旧都市区画への直撃は回避できます。最大の破片は北西約三百二十キロメートルの山岳地帯へ落下。その他は海上、森林地帯、及び無人と推定される平原へ分散します」


「被害は完全には避けられないか」


「はい。しかし、現状では最も被害を抑えられる案です」


 私は、都市遺構の映像を見つめた。


 単なる廃墟かもしれない。既に価値のあるものなど、何一つ残っていない可能性もある。それでも、何も確認しないまま消し飛ばされるのを見過ごすことはできなかった。


「砲撃準備だ」


 私が告げると、ブリッジの空気が一変した。


「電磁投射砲、発射準備」


 クロムの命令が飛ぶ。


「進路変更。諸元入力。航行速度は現行を維持。姿勢制御を砲撃補正へ移行」


「了解。姿勢制御、砲撃補正へ移行します」


「対象までの距離、再計測」


「距離、八千四百二十キロメートル。相対速度、毎秒十一・八キロメートル」


 中央映像に、照準を示す複数の円が重なる。クレイドルの船体が僅かに姿勢を変えた。慣性制御が働いているとはいえ、艦内にはごく弱い振動が伝わってくる。


「砲身展開を確認。射線、目標と連動」


「弾体、装填完了」


「射撃可能まで、四十秒」


 秒読みが始まる。大型デブリは今も落下を続けている。その表面は既に大気との摩擦によって熱を帯び始め、黒かった外殻の一部が、鈍い赤色へと変わりつつあった。


「射撃後の再計算も準備しておけ。予測から外れた破片があれば、追加射撃を行う」


「承知しました」


 クロムは正面を見据えたまま答える。


「射撃可能まで、十秒」


 ブリッジが静まり返る。


「九、八、七――」


 中央映像の照準が、デブリの脆弱部へ収束していく。


「三、二、一」


「撃て」


 次の瞬間、クレイドルの船体を、低く重い振動が走り抜けた。放たれた質量弾は、光となって闇を引き裂いた。


 着弾までの時間は、数十秒。中央の観測映像に映る大型デブリへ、白い光点が凄まじい速度で接近していく。


「着弾まで、三秒」


 誰も言葉を発しない。


「二、一、――弾着、今」


 光点が、デブリと重なった。一瞬、何も起こらなかった。


 外れたのか。そう思った直後、巨大な構造物の側面から、無数の破片が勢いよく噴き出した。


 質量弾はデブリの外殻を貫通し、その内部へと深く食い込んでいた。


 衝撃は複雑に絡み合った構造体の内部を伝わり、各所を繋ぎ止めていた部材を次々と引き千切っていく。


 巨大なデブリが、ゆっくりと歪んだ。中央部分に亀裂が走る。それは瞬く間に全体へと広がり、やがて耐え切れなくなった構造体が、大きく二つに折れた。


「対象、崩壊を確認!」


 さらに分断は続く。二つに割れた構造体が回転しながら互いに衝突し、そこから新たな破片が弾け飛ぶ。


「主要構造、七つに分離!」


「破片軌道を計算!」


 中央映像に、崩壊したデブリから伸びる無数の軌道線が描き出される。計算が進むにつれ、危険を示す赤い軌道が一つ、また一つと消えていった。


「主要破片、各地へ分散。都市区画への直撃軌道、消失しました」


 その報告に、ブリッジの空気が僅かに緩んだ。


「成功、か」


「はい。予測上、都市遺構への直接的な被害は回避されました」


 クロムの返答に、私は小さく息を吐いた。


 少々大袈裟なことをした気もする。弾薬にも限りがある。電磁投射砲とて、気軽に撃っていい兵器ではない。


 それでも、あの都市に何が残されているのか分からない以上、見過ごすという選択はしたくなかった。


 表示された軌道の一つひとつを目で追う。


 七つに分かれた主要破片は、それぞれ大きく距離を広げながら、異なる方角へと落下していく。最も大きなものは山岳地帯へ。二つは海上へ向かい、残りも都市から十分に離れた森林や平原へと軌道を変えていた。


 少なくとも、私たちの砲撃によって新たな被害が拡大することはなさそうだった。


 ブリッジの各所から、張り詰めていた息を吐き出すような気配が伝わってくる。歓声こそ上がらなかったが、オペレーターたちの表情には僅かな安堵が浮かんでいた。


 私もまた、都市区画を示す映像へ視線を戻した。


 深い緑に呑み込まれながらも、そこには今なお、人が築いた街の形が残されている。住む者を失い、長い年月を放置されてもなお消えずに残った、人類の痕跡だった。


 それが消滅するのを防げたのなら、撃った意味はあった。


「艦長」


「何だ?」


「第五破片に異常を確認」


 観測席から上がった声に、私は顔を向ける。


「異常?」


「はい。破片内部で構造変化が発生しています」


「構造変化?」


 中央映像が切り替わった。大気圏へ向けて落下を続ける、一つの破片。全長は百メートルを超えている。元のデブリから切り離されたことで激しく回転し、その表面では既に大気との摩擦による発光が始まっていた。


「映像、拡大します」


 映像が拡大される。最初は、何が異常なのか分からなかった。折れ曲がった構造材。剥がれ落ちた外壁。その隙間に広がる、黒い影――。


「……待て」


 私は思わず身を乗り出した。影が、動いた。


「今のを戻せ」


「はい」


 映像が数秒巻き戻される。再生。黒い影が、僅かに位置を変える。


「もう一度」


 再び映像が戻される。今度は見間違えなかった。構造物の隙間から、細長い何かが伸びている。それは周囲の残骸を押し退けるように動き、やがて外側へと姿を現した。


 黒い脚。


 関節部分が不自然な角度に折れ曲がり、先端がデブリの外殻へ深く突き刺さる。私は、その形を知っていた。


「……あいつだ」


 ブリッジの空気が凍り付く。


「解析情報との照合!」


 クロムの声が飛ぶ。


「照合中――」


 映像の中で、二本目の脚が現れる。続いて三本目。黒い外殻に覆われた身体が、崩れた構造物の奥からゆっくりと這い出してきた。


「外殻形状、一致率九十六・七パーセント」


 オペレーターが息を呑む。


「ラウルディエルで遭遇した黒蜘蛛と、同系統の存在と判断されます」


「なぜだ……」


 私は映像を見つめた。何故、見つけられなかった。あれだけの時間をかけて、周辺宙域を観測していたにもかかわらず。


 光学情報。熱源。外殻の反射特性。回収した脚部から得られた情報を使い、可能な限りの捜索を行ったはずだ。


「別の破片にも動体反応!」


 新たな声が上がる。


「第三破片です!」


 映像が分割される。海へ向けて落下する巨大な残骸。その内部からも、黒い影が這い出していた。


「第七破片にも確認!」


「同一形状です!」


 一体ではない。


 複数。


 私は中央に映し出された破片の映像を見つめた。第五破片だけではない。離れた場所へ落下している残骸から、同じ形状を持つ存在が次々と姿を現している。


「……デブリに潜んでいたのか。だから、見つけられなかった……」


 奴らは存在しなかったのではない。


 クレイドルの観測網は、確かにその姿を捉えていた。ただ、それを敵だと認識できなかっただけだ。


 残骸の一部。動かない金属塊。無数に漂うデブリの一つ。私たちは最初から、奴らを見ていたのだ。


「崩壊前の観測映像を表示しろ」


「はい」


 中央映像が切り替わる。電磁投射砲が着弾する直前の大型デブリが、再び立体映像として浮かび上がった。


 複数の構造体が絡み合った、全長四百二十メートルの巨大な残骸。その内部には、外部から確認できない空洞が幾つも存在している。


 奴らは、そのどこかに身を潜めていた。


「他の破片も全て再走査しろ。内部空間を優先して確認!」


「了解!」


 立体映像上に表示された七つの主要破片が、それぞれ異なる色の枠で囲まれる。光学観測だけでなく、熱源、電磁反応、構造振動。利用可能な全ての観測手段が、落下を続ける残骸へと集中した。


「第一破片、反応なし」


「第二破片、内部に不明な構造体を確認。動体反応はありません」


「第四破片、熱源反応なし」


 報告が次々と上がる。しかし、安堵するには早かった。


「第六破片内部に動体反応!」


「形状照合を急げ!」


「照合率九十四・二パーセント。同系統と判断されます!」


 中央映像に四つ目の警告表示が浮かび上がる。


 第三、第五、第六、第七。


 七つの主要破片のうち、既に四つから黒蜘蛛が確認されていた。


「個体数は」


「現在確認できているのは、第三破片に二体、第五破片に一体、第六破片に三体、第七破片に一体です」


「最低でも七体……」


 ラウルディエルで遭遇したのは、僅か一体だった。


 それだけでも防衛部隊に甚大な被害を与え、クレイドルの内部を破壊しながら、なお逃走を続けた。あれと同じ存在が、少なくとも七体。


 しかも、それが全てだという保証はない。


「小型破片についても確認していますが、数が多すぎます。全てを追跡することは困難です」


 オペレーターの声に焦りが滲む。


 大型デブリの崩壊によって生じた破片は、既に数千を超えていた。大半は大気圏内で燃え尽きる。だが、黒蜘蛛がどの程度の大きさの残骸まで利用できるのか、私たちには分からない。


「追加砲撃は可能か?」


「対象は既に大気圏上層へ進入しています。射撃した場合、破片の落下範囲を予測できません」


 クロムが淡々と答える。


「また、各破片は地表の異なる地域へ向かって落下しています。全てを迎撃することは不可能です」


 私たちは、自分たちの手でデブリを破砕した。都市を守るための判断だった。あの時点では、最善だと思った。


 だが、その結果として、内部に潜んでいた奴らをテロスの各地へ分散させてしまった。


 一瞬、胸の奥が冷たくなる。もし、あのまま砲撃しなければ、奴らは一か所にまとまって落下していたのだろうか。


 いや、今それを考えても意味はない。


「マスター」


 クレイの声に、私は意識を引き戻した。


「今は、判明した情報を基に対処を考えるべきです」


「……そうだな」


 後悔している時間はない。


 落下する個体の位置、数、予想到達地点。今集められる全ての情報を、補足できなくなる前に把握しなければならなかった。


 映像の中で、第五破片に取り付いていた黒い個体が、残骸の外へと完全に姿を現した。


 その直後、周囲を包む炎が一気に勢いを増す。


 黒蜘蛛の外殻が赤熱する。四本の脚をデブリへ食い込ませ、激しい回転と衝撃に耐えるように、その身体を固定していた。


「……何をしている?」


 誰に問いかけたわけでもない。


 黒蜘蛛は残骸から脱出しようとしているのではなかった。むしろ、振り落とされないように脚を深く突き立て、露出した身体を再び構造物の奥へ潜り込ませようとしている。


 まるで――。


「デブリを、盾にしているのか……?」


 私の言葉に、誰も答えなかった。


 炎に包まれた巨大な残骸は、黒い影を内部に抱えたまま、青い惑星へと落ちていく。偶然、残骸に巻き込まれていたのではない。


 奴らは大気圏突入の熱と衝撃を凌ぐため、自らデブリの内部に潜んでいた。


 そして、その残骸と共に――テロスへ降りようとしていたのだ。

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