幕間 - アヴァンダール宙域防衛戦
統合暦4295年7月9日(カツラギ・ユウイチの漂流から1年と64日)
人類統合連邦勢力圏、北部方面――アヴァンダール宙域
恒星間中継補給基地〈アンヴィール〉は、最前線の一角、人類勢力圏の外縁の広域防御宙域に点在する中継補給基地の一つだった。
数多くの艦艇が、〝アトラム〟――その全身を覆う漆黒の外殻から、人類がそう名付けた敵性勢力――の勢力圏へと侵入する際に、この〈アンヴィール〉で羽を休めていく。
今もまた、傷ついて戻った偵察艦隊を収容し整備や補給が行われていた。
中央の大型の小惑星に、中型の小惑星七つを索状の連結アームで繋ぎ合わせた基地は、遠目には腕に嵌められた巨大な数珠のように見える。
各小惑星の内部は、そのまま巨大な砲郭へと造り替えられていた。
戦艦の主砲に匹敵する大口径電磁投射砲が、七基。いずれも小惑星そのものの質量を利用して固定された、動くことのない砲台だった。
動けない代わりに、艦載型では到底積めない規模の融合炉と加速用コイルを抱え、理論上、弾切れというものが存在しない。
基地司令、グスタフ・レンナー大佐は、司令区画の立体投影を睨みながら、届いたばかりの警報を読み返していた。
「アトラム艦隊、確認。偵察艦隊が補足された模様。――小規模な編成としては、最大級ですね」
参謀のひとりが、抑揚を欠いた声で報告する。
「後をつけられたか……」
戦域図に浮かぶ赤い光点は、大小の塊に分かれていた。
「識別コード、戦艦相当ベヒモス級、三。巡航艦相当プレデター級、六。駆逐艦相当ハウンド級、十二を確認」
参謀は一拍置いて続けた。
「現時点で確認できる小型反応は、僅かです」
「僅か、か」
レンナーは眉を寄せた。西部方面からの報告書と同規模の編成だったが、小型反応の少なさに、僅かな違和感が残った。
「基地全周、迎撃態勢へ。艦隊は所定の哨戒陣形から、防衛陣形へ移行しろ」
基地を囲むように展開していた巡航艦十隻、駆逐艦二十隻が、それぞれの持ち場へと散開していく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最初に交錯したのは、遠距離砲撃だった。
七つの小惑星内部で、巨大な融合炉が一斉に出力を跳ね上げた。加速コイルが白熱し、砲口に青白い放電が走る。
次の瞬間、小惑星そのものを震わせる轟音とともに、七発の大型質量弾が超高速で放たれた。
少しの間、戦場には奇妙な沈黙が残った。
その後、光をまとった弾体が数百キロの虚空を貫き、ベヒモス級の防御フィールドへ激突する。
青白い光膜が激しく波打ち、巨大な船体全体へ稲妻のような放電が駆け巡った。
「敵、ベヒモス級、防御フィールド減衰確認!」
「効いている。撃ち続けろ」
対するベヒモス、プレデター級もまた、遠隔攻撃手段を有していた。高出力レーザー砲による光条が、基地と護衛艦隊へ幾筋も降り注ぐ。
人類側の主力艦も同じくレーザー砲による一斉射で応じ、数百キロという距離を貫いた光条が互いに交差し、防御フィールドへ命中するたび巨大な閃光を咲かせる。
その時、立体映像の青い光点が激しく明滅した。集中砲火を受けた巡航艦〈エルスタ〉の防御フィールドが砕け散り、船体中央へ一本の光が突き刺さる。
「巡航艦〈エルスタ〉、被弾! 防御フィールド喪失、後退します!」
「駆逐艦〈ヴォーグ〉、機関部損傷!」
「予備艦艇を出せ! 〈エルスタ〉の穴を埋めろ!」
人類側の巡航艦、駆逐艦もまた、応射を続けながら被害を重ねていく。数の上では敵の主力艦艇と拮抗していたが、動かぬ〈アンヴィール〉の砲台とは違い、機動を強いられる艦艇側の消耗は速かった。
戦闘開始から二十分。宇宙空間には、砕け散った装甲板や冷却材の白い噴流が幾筋も漂い始めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
異変が起きたのは、その直後だった。
「――ベヒモス級、及びプレデター級、外殻に変形反応!」
観測班の声が、上擦った。
立体映像に映し出された敵主力艦。その表面が、まるで呼吸するように隆起し、幾つもの亀裂を刻んでいく。
「なんだ、あれは……」
レンナーが呟いた直後、亀裂の一つが弾けるようにして開いた。中から溢れ出したのは、無数の小さな光点だった。
「外殻から、小型反応が分離! 数、急速に増加しています!」
「いくつだ」
「――現在、五十。まだ増えます!」
ベヒモス級、プレデター級それぞれの船体が、まるで卵嚢のようにして、内側に抱えていた小型個体を次々と虚空へ解き放っていく。分離した小型反応は、二種類に分かれていた。
一つは、単独で機動する小さな戦闘用個体――ラーヴァ級。
もう一つは、瓦礫にも似た不定形の輪郭を持つ、より小さな個体――コクーン級。
その正体を、レンナーは既に報告書で知っていた。あの中には、ストライカー級と呼ばれる四脚の黒い蜘蛛のような個体が、繭に包まれるようにして格納されている。
「小型反応、百に到達!」
「くそ……過去の交戦記録に無いぞ! あれではまるでキャリアー級ではないか! 主力艦艇そのものが、奴らの巣の一部だということか」
レンナーは吐き捨てた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「迎撃機、全機発艦。弾種、貫通弾に切り替えろ」
「了解! 全機、貫通弾装填!」
高出力のレーザー砲や集光砲は、この規模の小型機同士の乱戦には不向きだった。散布界が広く、命中精度を要する近接戦闘では、質量そのものをぶつける実体弾の方が、単純に効果が高い。
加えて、ラーヴァ級、コクーン級のいずれも、自己修復を行う外殻を持つ以上、貫通力を持った実体弾でなければ確実な効果を発揮しない。
迎撃機隊が、群れへ突入していく。
「実体弾、効果良好! ラーヴァ級、撃墜多数!」
乱戦の中、人類側の迎撃機は着実に数を減らしていく敵編隊を確認していた。
西部方面から回ってきた運用データ通りだった。自己修復機能を持ったラーヴァ級であろうと、質量兵器の前では大差ない。
問題は、コクーン級だった。
「――報告。コクーン級、約二十。駆逐艦隊への接近を確認。移乗攻撃が予測されます」
瓦礫にしか見えない小さな艦影が、静かに駆逐艦隊へと近づいていた。
「――来たか」
レンナーは短く息を吐いた。
「各駆逐艦、近接防御火器、実体弾へ切り替え。接近前に撃破しろ。取りつかせるな」
命令が全艦へ伝わる。駆逐艦それぞれに搭載された近接防御用の速射砲が、次々と実体弾を撃ち出していく。
コクーン級の大半は、船体へ触れる前に粉砕された。だが、全てを防ぎきれたわけではなかった。
「駆逐艦〈バラクーダ〉、〈シェイド〉、船体外殻に接触反応! 取りつかれました!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
駆逐艦〈バラクーダ〉艦内。
艦長、トビアス・クレイン少佐は、外殻の一角から響いた金属を引き裂くような音に、即座に振り向いた。
「装甲、貫通されます!」
叫び声と同時に、通路の壁面が内側へ向けて突き破られる。
急激に減圧された艦内の水分が凍り付いて薄靄を広げるその向こう、コクーン級の殻を破り、黒く艶めいた肢体を持つストライカー級が、狭い通路へと這い出してきた。
「近接防御班、配置につけ! 狙いは頭部にある中枢、それと関節だ! 貫通弾頭で撃ち抜け! 光学兵器は使うなよ、自己修復を促進するからな!」
クレインの指示は、平時から幾度となく叩き込まれてきた対処法そのものだった。
実体弾を連射する防御班の前で、黒い個体は身をよじり、装甲の一部を撃ち抜かれながらも前進を続けた。だが、関節部への集中射撃を受けた片脚が、根元から千切れ飛ぶ。
体勢を崩した個体へ、追撃の一斉射が浴びせられる。穴の開いた中枢部から、黒い体液のようなものが飛び散り、動きが止まった。
「――撃破、確認!」
「〈シェイド〉はどうだ!」
通信の向こうから、僅かに息を切らした返答が返ってくる。
『こちらも、撃破しました。損傷は――装甲外殻に穴が二か所。負傷者三名。いずれも軽傷です』
クレインは詰めていた息を、静かに吐き出した。
取りつかれたのは、二隻。だが、そのいずれも、艦を失うには至らなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから更に二時間、〈アンヴィール〉を巡る攻防は続いた。
基地の固定電磁投射砲は、着実にベヒモス級を削り続けていた。継戦能力に勝る〈アンヴィール〉の砲撃は、機動を強いられる敵艦にとって、次第に無視できない脅威となっていく。
ベヒモス級三隻のうち二隻が、大破の末に戦線を離脱。残る一隻も、大破に近い損傷を負ったところで、護衛のプレデター級とともに後退を開始した。
「敵艦隊、後退します!」
その報告に、司令区画の空気が僅かに緩む。だが、レンナーの表情は晴れなかった。
「被害状況をまとめろ」
届いた報告は、決して軽いものではなかった。
護衛にあたっていた巡航艦十隻のうち、六隻が撃沈、あるいは修復不能なまでの損傷。駆逐艦二十隻のうち、十二隻が同様の損害を受けていた。
「敵主力を沈められず……半数を失ったか」
レンナーは、戦域図に残る味方の光点を見つめた。開戦当初、整然と並んでいた青い光点は、今や数えるほどしか残っていない。
「〈アンヴィール〉本体、並びに固定砲台七基は、健在です。移乗攻撃を受けた駆逐艦二隻も、いずれも撃退に成功しています」
参謀の報告に、レンナーは小さく頷いた。
基地は守り抜いた。ストライカー級の脅威に対する備えも、確かに機能した。だが、それらとは別に、正面からアトラムの火力を受け止めるだけで、護衛艦隊の半数近くを失うことになった。
「戦訓として、記録に残せ」
レンナーは、静かにそう告げた。
「ベヒモス級とプレデター級は、単なる戦闘艦ではない。ラーヴァ級とコクーン級を内包する、移動式の巣そのものだとな。西部方面にも、必ず共有しろ」
西部で確認される個体は、いずれも初期の遭遇記録に近い、比較的御しやすい性質を保っている。
だが北部方面で相対する敵はここ数十年、戦うたびに、その練度と規模を増しているように思えてならなかった。
まるで、戦った分だけ、何かを学び取っているかのように。
それらの違いが何に起因するのか、この日、〈アンヴィール〉に詰めていた誰ひとりとして、その答えを持ち合わせてはいなかった。




