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星渡る揺り籠 ―辺境星域開拓記―  作者: ハノン
第一章 宇宙漂流編

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第21話 - 生きた証

 艦内通路に何かを切断するような火花が走る。


 円を描くように流れた火花はやがて繋がり、赤熱した真円を形作った。飛び散る火花の一粒一粒が、真空の中でゆっくりと弧を描きながら消えていく。


 その後、切り抜かれた円形隔壁へ破砕具が打ち込まれる。


 衝撃が繰り返され、やがて最後の一撃と共に隔壁が内側へ崩れ落ちた。残されていた空気が侵入口から勢いよく吸い出される。


 次の瞬間には、そこは完全な静寂に包まれていた。


 やがて開いた侵入口から、一人、また一人と人影が入り込んでくる。調査隊に所属する十数名の隊員たちは、無重力の通路へ身を滑り込ませた。


 ブーツ底部のマグネットグリップが金属床を捉える。カチリ、と微かな振動だけが装備を通して伝わった。ヘルメット越しに聞こえる自分自身の呼吸音だけが、やけに大きく感じられる。


 沈黙を守り続けてきた軍艦――ラウルディエル。調査隊は、その内部へと足を踏み入れた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 薄暗い通路を、隊員達が迷いのない動きで進む。


 通路を浮遊する瓦礫をかき分けながら前進するその動きには、長年の経験に裏打ちされた無駄のなさがあった。


 壁面に刻まれた無数の擦過痕が、照明の光を受けてぼんやりと浮かび上がっては、通り過ぎる隊員達の背後へと消えていく。


 隊員達が手にしている銃からは白い光が伸びていた。周囲を照らすその様子だけを見れば、照明機器の類だと思う者もいるだろう。


 しかし、それは紛れもない武器であった。


「隔壁が降りているな……前衛は下がれ」


 指示と共に先頭を進んでいた隊員達が後退する。閉ざされた隔壁の前に空間が作られ、白い照明光だけが金属壁を照らした。


「後衛、集光銃の出力を上げろ。障害物を除去する」


 呼応するように後方の隊員達が前へ出る。彼らは手元の操作パネルを操作し、集光銃の設定を切り替えた。


 銃口が隔壁へ押し当てられる。


 次の瞬間、眩い光が迸った。集束された光が金属を焼き切り、赤熱した切断痕が隔壁の表面を走っていく。切り離された金属片が、床へ落ちることなくゆっくりと漂う。


「進路クリア。前進する」


 隊列が再び動き出す。


 照らす視界の先に、ひと際大きなものが見えた。千切れ飛んだ腕が通路を漂っている。その先では胴体を断ち切られた男が壁際に引っ掛かり、さらに奥には顔の判別もできないほど焼け爛れた遺体が浮かんでいた。


 かつての乗組員達の亡骸が、無重力の船内を静かに漂っている。この船が最期を迎えた瞬間のまま。まるで時間だけが取り残されたかのように。照明の光が横切るたびに、それらの影が壁面を這うように揺れ動いた。


 だが、その多くは厳密には人間ではなかった。腕に装着された端末が、隊員達のものと同じ型式だったからだ。それは、当時広く用いられていた労働用バイオロイドである証だった。


「……死者に敬意を払え。端末の回収を忘れるな。貴重な証人だ」


 隊員達は一斉に敬礼すると、周囲へ散開した。散らばる亡骸から端末を回収していく。ぼろ屑のように損壊した亡骸とは対照的に、腕に装着された端末は今なお朽ちることなく存在していた。無機質な金属の光沢だけが、この場に残された唯一の生きた証だった。


 隊員達は、亡骸の漂う船内を黙々と進む。誰一人として無駄口を叩く者はいない。ただ淡々と、しかし確かな敬意を込めた手つきで、一つひとつの回収作業をこなしていった。


 遺体に装着された端末は例外なく回収された。識別番号を記録し、それらを丁寧に回収箱へ収めると、転移端末を用いてクレイドルへ転送していく。


 彼らが携行する転移端末は、小型物資であればその場からクレイドルへ転送することができた。回収品は転送室を経由し、担当部署へと引き渡される。今頃クレイドルでは、各班から送られてくる回収品の解析が始まっている事だろう。


 しばらく後、資材の回収作業を続ける隊員の端末が、小さな電子音と共に明滅した。


「止まれ。総員傾注」


 作業中だった隊員達が動きを止める。視線は隊長へ向けられた。


「こちら調査隊第三班。送れ」


『こちらクレイドル管制。複数の端末に残されていた区画情報を照合した結果、艦内図の再構築が完了しました』


 バイザーに表示されていた艦内図が更新される。


『重点回収目標を送信します』


 バイザー上の艦内図に再び変化が生じた。これまで空白だった区画が次々と埋まり、その上に複数の光点が浮かび上がる。艦内各所に点在する重要回収目標だった。


「確認した」


『第三班へ。クロム管制官からの指示を伝達します』


『本艦のドライブコアを最優先回収目標に指定』


 バイザー上の艦内図に新たな経路が表示される。艦中央後部。複数の装甲隔壁に守られた区画が赤く明滅していた。だが、表示された経路はそこで終わっていない。光る誘導線はさらに奥へと伸びていた。


『併せて生体研究施設を重点調査対象に指定します』


 隊長が僅かに眉を動かす。


「理由は?」


『回収端末の解析結果から、艦内ネットワークの最終アクセス先が同施設であることを確認しました』


『クレイ統括管理官並びにクロム管制官は、当該施設に重要情報が残されている可能性が高いと判断しました』


「了解した」


 通信を終えた隊長は端末から顔を上げた。


「第三班はドライブコアへ向かう。移動を開始しろ」


「了解」


 短い返答と共に、探査隊は再びラウルディエルの内部を進み始めた。艦内図によって正規の経路は判明している。しかし、長期間放棄された艦内が当時のまま保たれている保証はなかった。そして、その懸念は程なく現実となった。


 先頭を進んでいた隊員が足を止める。


 照明の先では通路の一部が大きく崩落し、歪んだ隔壁や剥き出しになった配管が大量の瓦礫と共に行く手を塞いでいた。


 崩れた瓦礫の隙間からは、今なお微かに空気が漏れ出しているのか、細かな塵がゆっくりと渦を巻いている。


 かつてはこの通路を、何人もの乗員が行き交っていたのだろう。今ではその面影すら残されていなかった。


「隊長、瓦礫の内部で微弱な軋み音を検知。まだ構造が安定していない可能性があります」


 隊員の一人が報告する。長期間にわたり張力のかかったままの構造材は、わずかな衝撃で崩落を再開しかねない。


 無重力下での崩落は、地上のそれとは異なる厄介さを持っていた。飛散した破片は重力に引かれて落ちることなく、いつまでも漂い続け、不用意に触れれば思わぬ方向へ弾き飛ばされる。


 迂闊に踏み込めば、隊列そのものが瓦礫の渦に巻き込まれかねない。


 隊長はバイザーに表示された艦内図へ視線を向けた。幸いにも迂回路は存在する。だが一つではない。複数の通路が枝分かれするように伸び、それぞれが最終的にドライブコア区画付近へと繋がっていた。


 わずかな間、艦内図を見つめた後、隊長は結論を下す。長期間の放棄によって環境がどう変化しているか、艦内図だけでは全てを把握しきれない。それでも、立ち止まったままでは何も進まない。


「経路を分割する」


 隊長が端末を操作すると、隊員達のバイザーへ新たな指示が送信された。表示内容を確認した隊員達は即座に動く。淀みない動作で隊列を組み替え、三つの分隊へと分かれていった。


「第一分隊は右舷ルート、第二分隊は中央通路を使用しろ。我々は左舷だ。目的地付近で合流する。途中で行き止まりに当たった場合は、有効なルートへ移動しろ」


「了解」


 作業機械の荷台に固定されていた収納箱が開かれ、中から球体状の機械が姿を現す。鈍い起動音と共に浮上したそれは、転送された艦内図を受信すると機体各所の照明を明滅させながら前進を始めた。無音の通路を漂うように進むその姿は、まるで小さな星が迷い込んだかのようだった。


 探査プローブ。


 狭隘区画や危険区域の先行調査を担う自律探査機だった。


 長期間放棄された宇宙船には、崩落した構造物や真空区画、誤作動を起こした設備など様々な危険が潜んでいる。その危険を発見し、安全な経路を確保すること。それこそが探査プローブの役目だった。別ルートを担当する隊員達も同様にプローブを展開している。


 球体は次々と通路の奥へ消えていく。その後を追うように、第三班もまたラウルディエルの更なる深部へと歩みを進めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 いくつもの分岐を越え、崩落した区画を避けながら進んだ末、第三班が辿り着いたのは――ラウルディエルの中央後部に位置する機関部の中枢だった。


 その場所を仕切る壁は、他の隔壁とは明らかに異なっていた。数倍もの厚みを持つ装甲隔壁が通路を塞ぎ、その周囲には補助電源や冷却設備と思われる機器が並んでいた。ここまでの道のりで見てきたどの区画よりも、明確な"格"の違いを感じさせる造りだった。


 艦内図が示す位置に間違いはない。


 ドライブコア区画。


 恒星間航行船舶の心臓部とも呼ばれるドライブコアユニットを収めた専用区画である。


 隊長は目の前の隔壁を見上げる。永い時を経てもなお、その重厚な構造は健在だった。通常の隔壁であれば集光銃で数秒もあれば切断できる。だが、この隔壁は違う。


 ドライブコアを保護するために設計された防護壁だ。表面に刻まれた警告標識の塗装は色褪せながらも、なお読み取れる程度には残っていた。


「切断開始」


 命令と共に数名の隊員が前へ出る。出力が最大まで引き上げられた集光銃の眩い光が迸る。赤熱した切断線が装甲表面をゆっくりと走り始めた。


 十数分後、いくつものエネルギーパックを消費した難作業はようやく終わり、最後の切断が完了する。


 切り離された装甲板が押し込まれ、その向こうに広大な空間が姿を現した。

 隊員達の照明が一斉に内部を照らす。誰も言葉を発しなかった。そこには巨大な破壊の痕跡が広がっていた。焼け焦げた配管が無数に垂れ下がり、その先端からはいまだ微かな塵が漂い出ていた。


 しかし、その中心だけは違った。ドライブコアユニットの中央部。焼失した支持架の中で、銀色の球体が静かに浮かんでいた。


 直径はおよそ一メートル。表面には無数の制御回路が刻まれ、その周囲を取り巻く支持架は大半が焼失している。


「……ドライブコアだな」


 小さな呟きが通信に入り込む。それは確認というより、半ば信じられないものを見た様な声だった。


 周囲の設備は吹き飛び、隔壁は捻じ曲がり、主機関へ接続されていたはずの構造物は消失している。だが、その中心にあるドライブコアだけが、まるで破壊を拒絶したかのように残されていた。


 隊長は周囲へ視線を巡らせる。


 床材は内側から抉り取られるように失われている。残されたフレームは一方向へ引き千切られたように歪み、焼損痕も同じ方向へ伸びていた。まるで見えない巨人の手が、この一角だけを鷲掴みにして引き裂いたかのような痕跡だった。


 爆発ではない。少なくとも通常の機関事故ではなかった。何かが一点から放たれた。そう考えなければ説明できない破壊痕だった。


 隊長はゆっくりと息を吐く。


「記録しろ」


 短い命令が飛ぶ。隊員達は即座に動き始める。計測装置が展開され、周辺構造物の三次元測量が開始された。照明の光が銀色の球体を照らし続ける。


 やがて簡易的な解析結果を確認した隊長がクレイドルへと通信を繋ぐ。


「クレイドル管制、こちら第三班。ドライブコアを視認。簡易検査結果を送信する」


『こちらクレイドル管制。データを受信しました』


 しばしの沈黙。


『……ドライブコア本体の健全性を確認しました』


「了解」


 隊員の一人が端末へ視線を落とす。


「隊長。コアから微弱な反応を検出」


 その言葉に周囲の視線が集まる。


「出力値は?」


「観測限界付近です。活動状態とは思えません」


「管制、聞こえたな」


『問題ありません』


 即座に返答が返ってきた。


『ドライブコアは常時微細な空間制御場を展開しています』


 隊長は小さく頷いた。


「了解した。回収作業を開始する」


『クロム管制官より修正指示。本作業は後続の第二班が引き継ぎます。到着までは作業を継続。その後生体研究施設へ向かって下さい』


「了解」


 通信を終えた隊長は銀色の球体へと視線を戻す。


 視線の先では、ドライブコア搬出のための下準備が進められていた。隊員達は融解した設備や焼失した支持架を取り除きながら、第二班の到着を待っている。


 ラウルディエル後部上層区画。管制から送られてくるその場所の情報は更新され続けている。しかし、確たる情報は何もなかった。


 判明しているのは一つだけ。そこが、艦内ネットワークが最後に記録を残した場所であるという事だけだった。


 隊長は搬出作業を見届けながら、艦内図に浮かぶ最後の光点へと視線を戻した。ここまでの道のりで見てきたどの区画とも違う、静かな違和感があった。


 ――何かが、まだそこで動いている。


 根拠のない直感だったが、隊長はその感覚を無視しなかった。


「第三班、生体研究施設へ向かう。総員、警戒を怠るな」


 短い命令と共に、隊員達は再び歩き出した。彼らを待つ場所に、何が眠っているのかを知らぬまま。


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