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星渡る揺り籠 ―辺境星域開拓記―  作者: ハノン
第一章 宇宙漂流編

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第20話 - 沈黙を破る者たち

 ラウルディエルの曳航を開始してから十数時間後、ようやく一連の軌道修正作業が完了した。


 ヘリオンの青灰色の雲海は既に下方へと遠ざかり、二隻の船は安定した周回軌道上を航行している。


「軌道安定を確認」


「曳航索全基正常。船体応力も許容範囲内です」


 次々と上がる報告と共に、ブリッジ中央に表示された立体図が更新される。


 そこには複数の曳航索によって接続されたクレイドルとラウルディエルの姿が映し出されていた。


「各部安全確認完了。異常はありません」


 クロムの報告に、私は小さく頷いた。降下阻止は成功し、ラウルディエルが失われる危険も去っている。


 ブリッジ内を飛び交っていた報告は次第に減り、各コンソールでは軌道維持、曳航索の監視、作業記録の整理へと処理項目が切り替えられていった。


 オペレーター達の動きに変化はない。ただ、一連の緊急作業が終了したことだけは、更新されていく表示内容から読み取ることができた。


「さて……それじゃあ中身を調べるとしようか。ベル」


『わっかりましたー!』


 ベルが指を鳴らすような仕草をすると、球体レーダーの表示が切り替わった。


 ブリッジ中央に浮かんでいた二隻の船影がゆっくりと拡大される。やがてラウルディエルだけが切り離されるように表示され、船体を覆っていた外殻が半透明へと変化した。


 青白い光の線が内部を縦横に走り、甲板や隔壁、主通路の位置が次々と描き出されていく。


『艦級は第十四世代長距離航宙艦。艦内レイアウトは同世代艦と大差ないとすると――』


 ベルが示すたびに立体図の各所が発光した。目の奥に鈍い重さを感じながらも、私は表示から視線を外せなかった。


『こんな感じですかねぇ』


「随分と詳細に分かるんだな」


『統一規格ですから! んー、多少違いはありますが、このタイプは艦首付近が指揮中枢区画、その後ろに居住区画と各種生産施設、後部に機関部があるはずです』


「ドライブコアが残されていればいいんだが」


 ドライブコアは主機関に接続された、恒星間航行を実現する為の装置だ。船の心臓部とも言える設備であり、その価値は艦そのものに匹敵する。


『んーそうですねぇ。損傷が大きすぎますから、期待しすぎない方がいいんでしょうけど』


 赤く染まった船体中央部を見ながらベルが肩を竦める。するとクレイが補足した。


「まずは情報収集を優先すべきかと。稼働している艦内端末や記録媒体が確保できれば、以降の調査効率が向上します」


「闇雲に探すより効率的か」


「はい」


 クロムも頷いた。


「侵入候補地点を選定しました。こちらの区画から調査隊を投入可能です」


 クロムが操作卓に指を走らせる。すると立体図上に三つの黄色い光点が現れた。


 最初の光点は艦首側。続いて中央部。最後に後部機関区画の外縁。三つの光点から伸びた細い光の線は、血管のように船内を走り、各区画を結んでいる。それは調査隊が実際に辿ることになる道筋を示していた。


 立体図を見上げた私は思わず眉をひそめる。予想以上に複雑だ。一隻の軍艦というより、小規模な都市に近い。


「第一候補はこちらです」


 クロムが操作すると、艦首寄りの区画が黄色く発光した。


 立体図が拡大され、複数の通路と区画が青白い線となって浮かび上がる。そこから伸びた経路は艦の中央部へ向かって枝分かれしており、各区画への接続性の高さを示していた。


「居住ブロック外縁部です」


「思ったより奥まで繋がっているな」


「損傷が少ない為です。指揮中枢区画、生産施設、補給区画への到達が見込めます」


『当たりを引けば艦内図や記録媒体も期待できますね』


 ベルが横から口を挟む。


「外れだったら?」


『大昔のベッドの寝心地が確かめられる位でしょうか』


「夢も希望もないな」


『まぁ、軍艦ですからねぇ』


 悪びれる様子もなく肩を竦めたベルは立体図を回転させる。青白い船体がゆっくりと姿勢を変え、内部構造が別の角度から表示された。今度は中央部と後部の区画が発光した。


「第二候補が補助整備区画。第三候補が機関部外周区画です」


 中央部からは整備用通路が蜘蛛の巣のように広がり、後部では複数の機関区画が赤い警告表示に埋もれていた。


「迂回路が複雑だな……機関部へ直接は行けないのか?」


「可能ですが、推奨はできません」


 その言葉に合せる様、後部区画が拡大表示される。赤く染まった構造材。断裂した隔壁。消失した甲板。立体図上では複数の警告表示が明滅を繰り返していた。


 淡々とした口調のままクロムは続ける。


「内部構造の大規模な崩落が予測されています。当該区画への直接投入は、損耗率が上昇します」


『わぁーお……派手に吹っ飛んでますねぇ』


 ベルが感心したような声を漏らした。私は苦笑しながら赤く染まった区画へ視線を向ける。確かに、あの場所へ最初から突っ込ませるのは得策ではなさそうだった。


「よし、まずは居住ブロック外縁部に調査隊を派遣して情報収集に当たらせよう」


 クロムが頷く。


「調査隊の発艦準備を開始します」


 その言葉と共に、ブリッジの空気が再び動き始めた。各コンソールでは侵入経路の最終確認が行われ、調査隊へ送信するデータパッケージの作成が始まる。オペレーター達は短い応答を交わしながら淡々と作業を進めていった。


「侵入経路転送完了」


「調査隊全隊、受領確認」


「艦内通信中継網の展開準備を開始します」


 球体レーダー上、クレイドルの選定部分に小さな光点が複数追加される。発艦準備を進める調査艇を示す表示だった。数は五つ。何れも準備中を示す黄色い表示だった。


「レーダー同期完了。目標までの距離が近い為、マニュアルモードで発艦してください」


「ドッキングベイ、ゲート開放」


 ラウルディエルへ接続された固定索の根元側では、クレイドル側面のドッキングベイがゆっくりと開放されていた。


 重厚な装甲扉が左右へ展開し、その奥に整然と並んだ調査艇の姿が現れる。既に準備中の表示は、緑色に変わっていた。


「調査隊、発艦開始」


 報告と同時に、最前列の調査艇が拘束アームから解放された。機体後部の姿勢制御スラスターが淡く輝き、小型艇が静かに宇宙空間へ押し出されていく。


 続いて二機、三機。調査艇は一定の間隔を保ちながら、次々とドッキングベイを離れていった。


 機体の識別信号灯が闇の中で点滅し、やがて編隊を組みながらラウルディエルへ向けて針路を取る。


 左右へ張り出した翼端のエンジンが青白く輝き、一筋の軌跡を描く。針路上に割り込む残骸を縦横無尽にかわしながら進む姿は、波間を縫う海鳥のようだった。


 球体レーダー上では、小さな光点が巨大な艦影へと近づいていく様子が表示されている。


 それは、永い時を漂流し続ける軍艦――その沈黙を破る最初の訪問者だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「調査隊、目標へ接近中」


「通信正常、周辺宙域のデブリ密度、規定範囲内」


「モニタリングを途絶えさせないように、バックアップは常にまわせ。相互連絡を密に保つ様に気を付けろ」


 次々と上がる報告に、クロムは指示を挟んでいく。それは、本来のバイオロイドが行う業務においては必要性の薄い、細やかな指示だった。


 しかし、クロムは敢えて声に出して指示を行っている。それは恐らく指揮から切り離された私達に現状を共有する為だろう。


 ブリッジに座るオペレーターは、無駄な動きを取る事もなく、淡々とこなすべき仕事を進めていく。全員の意識が球体レーダーと各種モニターへ向けられている事は明らかだった。


 やがて調査艇はラウルディエル艦首側の外殻付近へ到達し、ゆっくりと速度を落としていく。


「調査隊、接舷開始します」


 調査隊は指定座標付近の外殻へ取り付き、携行端末を接触させた。


「内部圧力を検出。標準気圧の約一八パーセント。気体組成を採取します」


 外殻へ細い穿孔針が打ち込まれた。採取された気体の分析値がボディカメラ映像の脇へ表示され、酸素、窒素、二酸化炭素、複数の揮発性物質の比率が順に更新されていく。


「生命維持環境としては不適。減圧を開始します」


 小孔から残留気体が噴き出し、含まれていた水分が白い霧となって周囲へ広がった。周囲に漂っていた微細な金属片が押し流され、暗い宇宙空間へ散っていく。


 数分後、内外の圧力差が消失したことを確認すると、隊員の一人が切断ユニットを起動した。


 薄紫色の光が外装をなぞり、融解した金属が細かな粒となって真空中へ放出される。切断線が一周すると、外装の一部が保持アームによってゆっくりと引き抜かれた。


「侵入口確保。内部に浮遊物なし。切断面温度、許容範囲内」


 先頭の隊員が侵入口へ身体を滑り込ませる。続いて二人目、三人目。最後の隊員が内部へ入ると、外部カメラには黒く口を開けた侵入口だけが残された。


「調査隊各班、所定の位置から内部に侵入しました」


「各班共に、指定目標までの調査を開始」


 第一班に続き、別の侵入口を確保していた各班からも侵入完了の報告が上がる。


 球体レーダー上で五つの光点がゆっくりと船内へ進み始める。長い間、沈黙を守り続けた軍艦。その内部へ、今まさに最初の一歩が踏み込まれたのだ。


『おおー……何だか冒険って感じですねぇ』


 ベルが身を乗り出す。


『優先目標変更! 秘匿研究施設を探してください!』


「勝手に指示を捏造するな。それはお前の願望だろう」


『秘匿研究施設はロマンなんですよ!』


「艦載AIの語るロマンとは一体……?」


 呆れたように言う私を余所に、ベルは楽しそうに立体図を拡大していた。調査班の足取りを、事細かに追いかけているらしい。


「調査隊第一班、予定通り進行中」


「第二班、通路の一部に崩落を確認。迂回します」


 既に調査は始まっている。


 モニターへ流れ込む情報量は増え続け、ブリッジ内の処理は調査支援へと集中していった。長時間モニターを見続けたせいか、目の奥には鈍い重さが残っている。


 思えば既にほぼ一日は起きている。ナノマシンの補助を受けていても、集中力はそろそろ限界だった。


 私は椅子から立ち上がる。


「後は結果を待つだけだな……私は少し横になる。クレイ、後は任せていいか?」


「承知いたしました。マスター」


 クレイは小さく頷きながら、既に次々と送られてくる調査隊の情報へ視線を向けていた。


「クロム、クレイを補佐してくれ」


「はっ」


 クロムも短く応じると、調査隊の進行状況を示すモニターへ視線を戻す。


「ベルは……まぁ邪魔しないようにな」


 一瞬だけブリッジが静まり返った。


『ちょっと艦長さん! 最近、私の扱いが雑じゃないですかねぇ!?』


 ベルの抗議が即座に飛んでくる。


「気のせいだ」


『絶対気のせいじゃないですよね!? 私、今回かなり働いてますよ!?』


「確かに働いてはいるな」


 ぱっと表情を明るくするベル。


「ただ……少し静かにして欲しい」


『それは関係ないじゃないですか!』


 ベルが抗議の声を上げる。その様子を見ていたクロムが小さく頷いた。


「艦長の評価は妥当かと」


『クロムさんまで!? ちょっとは庇ってくださいよ!』


「事実ですので」


 あまりにも即答だった。


『この艦、私の味方が少なくないですかねぇ!?』


 するとクレイが端末から顔を上げ、僅かに首を傾げる。


「ベル。私は味方ですよ」


『管理官さん……!』


 ベルの表情が一瞬で明るくなる。しかしクレイは表情を変えない。


「ですが、今は静かにしていただけると助かります」


『管理官さんまで!? ひどいですよー!』


 ブリッジの一角に小さな叫び声が響く。私は自身の口が弧を描くのを自覚しながら、ブリッジを後にする。


 目を覚ます頃には、艦内の状況もある程度明らかになっているだろう。


 ラウルディエルに何が残されているのか。そして、この艦がなぜこの姿でヘリオンを周回していたのか。


 今の私にできるのは、調査隊が持ち帰る情報を待つことだけだった。

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