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星渡る揺り籠 ―辺境星域開拓記―  作者: ハノン
第一章 宇宙漂流編

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第19話 - 繋ぎ留める糸

 ヘリオンの青灰色の雲海を背に、その艦は静かに漂っていた。接近するにつれ、その全容が少しずつ明らかになっていく。


 遠目には軽微な損害に見えた船体も、近付けば損傷の激しさが分かった。


 船体各所には巨大な裂け目が走り、外装は無数に剥離している。艦中央部に至っては装甲ごと抉り取られたような痕跡が残されていた。


 それでもなお、艦としての輪郭は失われていない。


 鋭く突き出した艦首。船体上部に並ぶ砲塔群。後部に集中配置された推進ブロック。損傷しながらも、その姿は紛れもなく軍艦だった。


「改めて見ると大きいな」


 私が呟くと、クレイが視線を向ける。


「全長約五百八十メートル。長距離航宙艦としては標準的なサイズです」


「護衛艦だったな」


「はい。護衛艦ラウルディエル。第四十三開拓移民船団に編入されていた護衛艦の一隻です。所属は中枢星域巡察艦隊ですね」


『中枢星域ですか……移民船団の護衛にしては、随分と格が高いですね』


「そうなのか?」


『ええ。中央艦隊司令官が地方の警備艦隊の指揮を執る様なものですよ』


 ベルの軽口に堪えきれず苦笑した。クレイは端末を操作しながら説明を続ける。


「当時の記録にも、ラウルディエルが船団へ配属された理由は残されていません。ただ、艦隊編成表には『特務により合流』との記載が存在します」


「特務、か……」


 気にはなるが、今考えたところで答えは出ない。記録を探れば何か見つかるかもしれないが、それはラウルディエルを回収できてからの話だ。


 その時、ブリッジにオペレーターの声が響いた。


「目標まで五十キロメートル。詳細探査可能距離に到達します」


 球体レーダーの表示が切り替わる。ラウルディエルの立体映像が中央空間へ展開され、その表面を無数の光線が舐めるように走った。


 損傷箇所が次々と赤く染まり、船体内部の推定構造が薄青い線となって浮かび上がる。外観からは分からなかった内部フレームの一部が露出し、各部の損傷状況が詳細な数値として表示され始めた。


「クロム、どうだ。曳航できそうか?」


 クロムは腕を組み、立体映像を見つめる。数秒の沈黙。視線だけが損傷箇所を追っていた。


「まだ判断できません。詳細を確認する必要があります」


 窓の向こうでは、ラウルディエルが沈黙したまま漂っている。


「つまり、もっと近付く必要があると」


「はい」


 クロムの眉が僅かに動く。


「ですが艦長。一つ問題があります」


 立体映像が縮小され、周辺宙域の表示へ切り替わった。次の瞬間、レーダー上に無数の白点が現れる。まるで夜空に散る星々だった。だが、その一つ一つが艦体を容易く貫く質量を持っている。


「周辺宙域に高密度デブリ帯を確認しています。加えて複数の重力異常反応を検出しています」


「重力異常?」


「ラウルディエルの重力制御系統が破壊された際に放出された重力素子でしょう。局所的な重力場の乱れが発生しています」


 赤い警戒表示が次々と浮かび上がる。ラウルディエルを取り囲むように広がるそれは、まるで見えない機雷原だった。


『んー、接近自体は可能ですね。ただ、自動航行では対応できませんけど』


 ベルは頬杖をつきながら言う。その瞳は楽しそうにレーダー表示を追っている。


「やれそうか?」


 その問い掛けに、クロムは即答した。


「問題ありません。進路上のデブリを排除しながら前進します」


「分かった。任せる」


「了解しました」


 直後、艦橋の空気が変わった。矢継ぎ早に指示が飛ぶ。


「射撃管制起動。前部集光砲を展開。進路上のデブリを優先目標に設定」


「重力異常マップ更新。航路を再計算します」


 やがて足元から微かな振動が伝わった。艦首に展開された砲塔群がゆっくりと旋回し、ラウルディエルへと続く進路上の障害物に照準を合わせていく。


 次の瞬間、窓の外を幾筋もの白い光が駆け抜けた。


 集光砲から放たれた光束が進路上の残骸を貫き、砕かれた金属片が火花のように四散する。四散した大きい破片にも光束が殺到し、更に細かく砕かれる。


 球体レーダー上では無数の光点が次々と消え、閉ざされていた航路が少しずつ切り開かれていった。


 それでもラウルディエル周辺には、なお夥しい数の反応が残り、進入経路は細い糸のように限られている。


 艦内には発射の度に冷却機構が働く低い振動が伝わり、飛び散った残骸を補足したオペレーター達は絶えず航路情報を書き換えていく。


 そうしてクレイドルは危険な残骸帯を切り開きながら、ラウルディエルへと慎重に近づいていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 残骸帯を抜けた先、目標まで残り五キロメートルを切った地点で、クレイドルは一旦、その歩みを止めた。


 これ以上の接近は、精密なスキャンによる裏付けなしには危険が伴う。姿勢制御と軌道維持の為のスラスターの噴射音と振動が、断続的に響き続けている。


「構造解析を開始します」


 クレイの声と共に、球体レーダーに投影されていたラウルディエルの立体映像が、更に細かな解像度で再構築されていく。


 船体表面を無数の走査光線が舐めるように這い回り、外殻の一枚一枚、フレームの継ぎ目一つに至るまでが、克明に描き出されていった。


「フレーム応力解析を並行して実行」


 クロムの指示に応じ、立体映像の内部構造が透過表示に切り替わる。青白い骨格の中に、赤や黄色の斑点が点々と浮かび上がった。損傷箇所を示す表示だ。


『うわぁ……内部まで随分とやられていますねぇ』


 ベルが引き攣った笑みを浮かべながら眉を寄せた。その視線は、球体レーダーから離れる事はなく、むしろ興味深そうな様子で眺めている。


 構造解析によって得られた情報からは、艦内の構造が想定よりも脆くなっている事が読み取れた。まるで艦内で何かが這いまわったと言わんばかりに隔壁が寸断されている。


「――強度が足りない箇所には打てない、ということか」


「はい」


 誰にともなく漏らした私の言葉に、クレイが即答した。


「本来、曳航索を用いた曳航では、船体の複数箇所に曳航索を打ち込み、その張力によって艦全体を牽引します。しかし当該艦は、フレーム自体が広範囲にわたって脆化しています。強度が不足した箇所へ曳航索を打ち込めば――」


「船体が折れる、か」


「はい。最悪の場合、艦全体のバランスが崩壊し、そのままヘリオンの重力に引かれて落下する可能性があります」


 窓の外、青灰色の雲海を纏った巨大な惑星が、静かにこちらを見下ろしている。あの深淵に呑まれれば、二度と引き上げることはできない。


『――船外活動でフレームを直接補強すれば行けるとは思うんですけど』


 ベルが立体映像を指先でなぞる。


『ただ、重力場の乱れが残る宙域で、姿勢も安定していない船へ作業員を送り込むのは危険ですからね』


「つまり、外から慎重に打ち込む場所を選ぶしかない、ということだな」


「その通りです」


 クロムが頷いた。


「現在、フレーム強度の高い箇所を四十七か所抽出しました。この中から、艦全体の重心バランスを崩さない組み合わせを選定します」


『こういう計算は朝飯前ですよ。まあ、私には朝食の機能なんてありませんけど』


 そう言って端末に潜り込んだベルは立体映像の上に立ち、演算を始める。


 緑色の光点が点々と灯り、抽出された候補の中から、残存強度の高い箇所を選び出していく。艦首側に六点、中央部に八点、後部の損傷区画を避けるように配置された数点。それぞれの光点を結ぶ線が、複雑な多角形を描き出していった。


『できましたよー!! んー流石は超天才艦載AIのベルちゃんです! この組み合わせなら、曳航索を打ち込んでも応力集中は起きませんよ!』


「わかった。クロム、だが、それでも慎重にな」


「無論です」


 クロムが即座に答えた。


「打ち込みは一点ずつ、段階的に実施します。各索の張力を都度確認しながら、異常があれば即座に中断します」


 私は頷きかけて、ふと動きを止めた。頭の奥で、一つの懸念が形を成していく。


「――待て。もし打ち込みの途中でラウルディエルの船体が崩壊し始めたら、どうなる?」


 クロムが僅かに視線を上げた。


「船体崩壊時、曳航索を介して伝わる牽引力は本艦にも作用します。索を切り離さなければ、崩壊するラウルディエルに引かれる形で本艦もヘリオンの重力圏へ引き込まれる可能性があります」


「……つまり、下手をすれば道連れという事か」


「理論上は、そうなります」


 あまりにも淡々とした肯定に、背筋がひやりとした。


『えぇ……それ、結構重要な話じゃないです?』


 ベルが呆れたような声を上げる。


「曳航索の切り離しは、どの様な仕組みで行うんだ?」


 クレイが即座に端末を操作し、曳航索の仕様データを呼び出す。


「現行の曳航索は、ラウルディエル側に打ち込まれた固定機構を遠隔で破砕して解除する方式です」


「なるほど。その構造では、遠隔破砕に失敗した場合、こちら側からは切れなくなる可能性がありそうだな」


「はい」


 それでは意味がない。曳航索の反対側、つまりクレイドル側で異常を検知した瞬間に、こちらの判断で断ち切れるようにしておかなければ、いざという時に何もできず共倒れになる。


「クレイ、ザルツに繋いでくれ」


「かしこまりました」


 程なくして、通信ウィンドウに顎髭を蓄えた大柄な姿が映し出される。


『おお、艦長! どうされましたか!』


「ザルツ、曳航索の固定方式を変更したい。ラウルディエル側での遠隔破砕ではなく、こちら側の根元に緊急切断機構を追加して欲しい。万が一、向こうの船体が崩壊し始めた場合、即座にこちらの判断で切り離せるようにしておきたい」


 通信の向こうで、ザルツが顎髭を撫でながら考え込む様子が見えた。


『……なるほど、道連れは御免ですからな。分かりました、各係留点の根元に爆発式の緊急切断ボルトを仕込みましょう。ブリッジからの遠隔操作で、一秒とかからず切り離せる様にします』


「頼めるか?」


『お任せを! 万が一の時はこちらでも切断できる様にバイパスも通しておきましょう! ただし、取り付けの分だけ余分に時間がかかりますぞ』


「構わない。安全を優先してくれ」


『了解しました!』


 通信が切れると、クロムが小さく頷いた。


『ふー……これで最低限の保険は掛けられましたね!』


「失念しておりました。申し訳ございません」


 クロムにしては、珍しく素直な謝罪だった。


 私は小さく息を吐き、窓の外に漂うラウルディエルへ視線を戻す。あの船を引き上げることは、同時に自分たちの船を危険に晒すことでもある。その天秤を、忘れてはならなかった。


 しばらくして、緊急切断機構の設置完了報告がザルツから届いた。私は改めて頷く。


「始めてくれ」


「了解しました」


 クロムの声と共に、クレイドル下部から細く鋭い曳航索が発射される。真空の中を一直線に伸びたそれは、選定された第一の係留点――艦首寄りの強固なフレーム部分へと、正確に撃ち込まれた。


「第一曳航索、着弾。固定機構の展開を確認。接続部応力――正常範囲内」


 第一係留点の表示が緑へ切り替わる。ブリッジ各所では既に次の打ち込みに向けた確認が始まっていた。


「第二曳航索、発射します」


 同じ手順が、慎重に、一つずつ繰り返されていく。


 曳航索が撃ち込まれるたびに、クレイとベルは船体全体の応力分布やラウルディエルの挙動を再計算する。


 固定機構がフレームへ食い込み、索が僅かに張られるだけでも、赤や黄色に染まった損傷箇所の数値は微細に変動する。


 その変化を追いながら、クロムは次の係留点へ進むか否かを一本ごとに判断していった。


「第五曳航索、固定完了。接続部に異常なし」


「第六曳航索、着弾。船体応力――許容範囲内です」


 予定していた十二か所のうち、半数の固定が完了した。


 ラウルディエルの姿勢に変化はない。曳航索には船体を動かさない程度の予備張力しか与えられておらず、クレイドルとラウルディエルの間に伸びた六本の索だけが、張力制御に応じて微かに揺れていた。


 折れてはいないし崩れてもいない。それでも、曳航作業はまだ半ばに過ぎなかった。


 その光景を見つめながら、私は詰めていた息を、ゆっくりと吐き出した。

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