第12話 - 役目を与える者
ミーシャをはじめとした管理個体を再起動してから、三ヶ月が経過していた。
廊下を歩けば、艦内のあちこちで以前は聞こえなかった作業音が耳に入る。資材を運ぶ台車の駆動音。工具が金属を叩く乾いた音。区画ごとに鳴る作業開始のブザー。そして規則正しく行き交う無数の足音。
静寂に慣れきっていた私の耳には、十分過ぎるほど世界が変わったように感じられる。
再起動した管理個体達は、ベルの触れ込みに違わぬ能力を発揮していた。
彼ら自身が直接作業する時間は決して多くない。工程を組み立て、人員を配置し、資材を融通し、各区画の進捗を調整する。それだけで、数百体の作業効率が大きく変わる。
私はミーシャと共に目覚めた他の二体のバイオロイドにも、同様に名前を与えていた。それは語呂合わせのような物だったが、意外にもしっくりときていた。
結果から言えば、ベルの思い付きで始まった管理型バイオロイド計画は予想以上の成果を上げていた。クレイへ集中していた管理業務も、大幅に分散されている。
ベルには、他のバイオロイド達の感情抑制プログラムの修正を指示している。時間が経つに連れて、クレイドルはどんどん賑やかになっていくだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
居住区画に満ちていた乾いた空調の匂いに代わり、潤滑油と焼けた金属の臭気が鼻を突く。
壁の奥からは、高圧配管を流れる流体の唸りが絶え間なく響き、遠方では大型プレスが厚い金属板を打ち抜くたび、腹の底へ届くような重低音が通路を震わせていた。
今も、天井照明の大部分は復旧されていない。代わりに、通路や作業区画の至る所へ仮設照明が吊り下げられ、その青白い光の下で無数のバイオロイド達が働いていた。
資材を満載した運搬車両が、警告灯を明滅させながら通路を進み。頭上に敷設された搬送レールでは、部品や回収資材を収めたコンテナが、一定の間隔を保って途切れることなく流れていた。
トラムリフトが工業区を奥へ進むにつれ、喧騒が更に大きくなっていく。その中心にあるのが、ドッキングベイと直接接続された解体区画だった。
元々この一帯には、船体部品や資材を製造するための工場設備が配置されていた。
それらは核融合発電施設を修復する際に部品取りのために解体され、発電施設の修復が終わった後も、稼働は止まらなかった。
利用価値の無くなったモジュールブロック。破損した作業艇。復旧の見込みがない生産設備。用途を失った外装材や構造材。
そうした不要物を解体し、利用可能な部品と資材を回収するため、この場所は今も解体場として使われ続けている。
短い警告音が鳴り響いた。
作業区画の正面を塞いでいた巨大な搬入ゲートが、低い駆動音と共に左右へ開いていく。隔壁の向こう側にはドッキングベイがあり、複数の作業艇に牽引されたブロックモジュールがゆっくりと姿を現した。
外装は広い範囲で焼け焦げ、片側は衝突によって大きく潰れている。露出した内部構造からは、切断された配管やケーブルが無数に垂れ下がっていた。
モジュールが所定の位置まで運び込まれると、床面と天井から複数の固定アームが伸びる。磁気クランプが構造材を挟み込み、巨大な船体部品を解体台の中央へ固定した。
「搬入モジュールの固定完了。気密隔壁、閉鎖します」
無機質な声が場内へ流れる。背後でゲートが閉まり、表示灯が赤から緑へ切り替わった。
「周辺圧力、正常。固定状態、異常なし。解体作業を開始します」
その報告を合図に、待機していたバイオロイド達が一斉に動き出した。
大型マニピュレーターがモジュールの外板を押さえ、切断装置が接合部に沿って走る。溶接線だけを正確になぞった光が消えると、切り離された外装板がアームによってゆっくりと持ち上げられた。
内部構造が露出した瞬間、数十体のバイオロイドが足場を越えてモジュールへ取り付く。
電力線、通信線、冷却管、燃料供給管などの構造部品はもちろん、偏向フィールド発生器や重力素子の制御ユニットなどの重要基幹部品がモジュールには取り付けられている。
それぞれの個体が割り当てられた対象へ向かい、接続部を確認してから工具を差し込んでいく。取り外された部品は、識別用のタグが貼り付けられ、種類ごとの搬送コンテナへ収められていった。
作業は実に効率的だった。
誰一人として迷わず、手順を飛ばさない。必要最低限の報告だけが交わされ、同じ動作が寸分違わぬ精度で繰り返される。
巨大なモジュールは、まるで無数の蟻に群がられた生物のように、外装を剥がされ、配管を抜かれ、少しずつ骨組みだけの姿へ変わっていった。
ただし、その整然とした作業風景の中に、一つだけ明らかに異質な存在があった。
「おい! そこのモジュールフレームは切るな!」
解体場全体へ響き渡る大声。
金属を叩く音も、切断装置の高い駆動音も、その一声に押し退けられた。反射的に視線を向けると、作業床の中央に顎髭を蓄えた大柄な男が立っていた。
周囲のバイオロイド達が一斉に手を止める。驚いた様子はない。ただ、命令を受け取った機械のように動作を停止し、次の指示を待っていた。
「それは補助エンジンの支持架に転用する! 切断を中止しろ!」
「対象部材は現行設計の規格外です」
フレームの傍らにいたバイオロイドが即座に答えた。
「そのまま使えとは言っとらん! 接合部を落として再加工する!」
男は腰の端末を引き抜くと、表示された構造図へ太い指を走らせる。
「ここと、ここを切断。中央部は残せ。補強板を二枚追加して、支持点の間隔を詰める。加工後の図面を送った。これに従え!」
「図面を受領しました。強度計算を実行します」
わずかな間の後、端末を確認するバイオロイドが続けた。
「要求強度を満たします。解体手順を変更します」
「よし!」
大柄な男は満足そうに頷いた。バイオロイド達は即座に配置を変え、廃棄予定だったフレームの回収作業へ移る。
男はその結果を見届ける間もなく、今度は離れた位置で配管を取り外していた集団へ向かって声を張り上げた。
「そっちの冷却ダクトも捨てるな!」
「対象ダクトの損傷率は三十二パーセントです。標準手順では再資源化対象となります」
「逆に言えば、七割近くが無事ってことだ!」
男は大股で近づき、取り外されたダクトの亀裂を覗き込む。
「損傷箇所はこの継ぎ目から先だ。潰れた部分だけ切り落とせ。残りは二系統に分割して工作機械の排熱管へ回す!」
「了解しました。回収対象へ変更します」
淡々とした返答に対し、男は大きく頷いた。どうやら、彼の辞書に廃棄という言葉は存在しないらしい。
【D-4300-CRS-362】ザルツ。
採鉱、製造、機関整備を担当する管理個体である。
工業区画とドッキングベイの復旧作業は、現在その大半が彼の管理下に置かれていた。回収資材の選別から、生産設備の復旧、工作機械の稼働計画、機関部の部品製造まで、既に数百体のD-4300を指揮している。
彼が現場で指揮を執り始めてから、資材の再利用率は大きく向上していた。
ザルツは標準手順では捨てられる部材を一つずつ確認し、用途を変え、加工方法を考え、別の場所へ回していた。
管理個体として与えられた知識だけではない。使える物は徹底的に使う。その執念にも似た性格が、今の工業区を支えている。
解体場の奥には、選別された部材が種類ごとに整然と積み上げられていた。
切り揃えられた合金板の山。くすんだ配管の束。大きさごとに分類された電動機。再調整を待つ油圧シリンダー。制御基板やセンサー類を収めた密閉コンテナ。
まだ用途の決まっていない雑多な部品さえ、一つとして無秩序に置かれてはいない。
それぞれの保管場所には、材質、寸法、損傷率、想定用途まで細かく記されたラベルが貼られている。恐らく分類基準を決めたのも、保管場所を割り振ったのもザルツ自身だろう。
ザルツは解体場の中を絶えず歩き回っていた。
バイオロイドの端末を覗き込み、回収部品を手に取り、時には自ら工具を使って損傷箇所を確認する。上手く作業を終えた個体の肩を豪快に叩いているが、叩かれた側は反応を示すことなく、次の工程へ移っていった。
その一方通行なやり取りさえ、ザルツは気にしていないようだった。監督官というより現場監督。いや、熟練工達を束ねる親方と言った方が近い。
少なくとも、私が管理個体という言葉から想像していた存在とは随分違っていた。
「ここにいたのか、ザルツ」
声を掛けると、ザルツの肩が大きく動いた。
「これは艦長! よく来てくださいました!」
大仰な様子で振り返ったザルツは、解体場中に聞こえるような声で歓迎の言葉を上げた。そのまま今にも駆け出しそうな勢いで、こちらへ向かってくる。
管理個体三体には、ベルによって感情抑制機構の一部緩和が施されている。しかし、同じ処置を受けたミーシャや、もう一体の管理個体と比べても、ザルツの感情表現は際立って大きかった。
抑制が緩和された影響なのか。それとも、元々そうした性質を持っていたのか。少なくとも彼は、私が想像していた管理個体像から最も遠い場所にいる。
今にも飛び掛からんばかりの勢いで迫ってくる姿は、まるで久し振りに飼い主を見つけた大型犬のようだった。
「あ、ああ。手は止めなくていいから。というか、近い、近い」
顎髭を蓄えた大男が、満面の笑みを浮かべながら迫る姿に、慌てて制止の声を上げる。
しかし、既に遅かった。目の前には、小山のような男が屹立していた。
二メートル近い体躯。短く刈り込まれた灰褐色の髪。作業着の袖から伸びた腕は太く、幾度も重作業に従事してきたことを思わせる細かな傷跡が刻まれている。
手の甲は油と金属粉で黒く汚れ、腰には工具と測定器が所狭しと吊り下げられていた。管理端末を手に監督所へ座っている姿よりも、工具箱を担いで機関部を歩き回る姿の方が遥かに似合う男だった。
「失礼しました!」
大声で謝罪する。そう言いながらも、一歩も下がる気配はない。どうやら距離感という概念を、感情抑制機構と一緒に何処かへ置いてきたらしい。
「それで、こんな汚い所まで何の御用で?」
「監督所にいないから探しに来たんだが……何か問題でも起きたのか?」
一歩、二歩と距離を取りながら尋ねた。作業全体を統括するザルツが、本来いるべき監督所ではなく、作業員達と同じ最前線で指揮を執っている。予定外の問題が発生したのではないかと考えたのだ。
「なるほど! わざわざ探していただけるとは、ありがたいことです!」
ザルツは嬉しそうに笑った後、胸を張った。
「ですが、これといった問題は発生しておりません!」
「本当にか?」
「所定の工程は三十パーセント前倒しで消化! 仕事は順調、事故はゼロ。これ以上ないとはこのことですな!」
実際、その言葉に嘘はなさそうだった。
先程から眺めていた限りでも、解体場の作業効率は目に見えて高い。搬入されたモジュールは滞ることなく解体され、回収された部材は即座に分類され、再利用できない部分だけが溶解設備へ送られている。
「それなら、監督所にいてもいいんじゃないか?」
私がそう言うと、ザルツは露骨に眉を下げた。
「艦長もお人が悪い。私に高い所に座り、数字だけ眺めていろと仰る」
ザルツはそう言って、周囲を見回した。バイオロイド達が決められた動線を行き交い、切断装置が光を放ち、巨大なモジュールが少しずつ解体されていく。
その光景を眺めるザルツの表情は、実に楽しそうだった。
「現場を見ておらねば、分からんことがあります」
先程までとは違い、落ち着いた声音だった。
「報告書の数字だけでは、その部材を何処で切れば使えるのか、別の設備へ回せるのか、隣の部品と組み合わせれば何になるのか分かりません」
ザルツは足元に置かれていた短い配管を拾い上げた。
「こいつも元は推進剤の供給管でしたが、内部の耐食被膜が傷んでおり推進剤系統には戻せません。ですが、洗浄して両端を加工すれば、冷却設備の保護管に使える」
配管を軽く叩き、乾いた金属音を響かせる。ザルツは配管を作業台へ戻した。
「物には寿命があります。しかし、役目まで同時に死ぬとは限りません」
ザルツは当然のことを口にするように言った。
「今の我々には、補給を待つという選択肢がありません。ならば、船の中に残っている物を使い切る。それが私の仕事ということです」
豪快な言動ばかりが目立つ男だが、決して勢いだけで現場を動かしているわけではない。
限られた資源の中で、クレイドルを再び動かす。その目的に対して、彼は誰よりも忠実なのだ。
「分かった。監督所に戻れとは言わない。好きにやってくれ」
「ご理解、感謝します!」
途端に声量が戻る。沈みかけていた表情も、一瞬で機嫌の良い笑顔へ変わった。本当に分かりやすい男だった。
「そうだ、艦長」
ザルツが何かを思い出したように声を上げた。
「補助エンジンの件ですが」
口元を大きく歪める。その表情だけで、良い報告であることが分かった。
「既に修復を完了しております」
「本当か?」
「ええ。現在は念のため支持架の補強を行っているところです。先程のモジュールフレームも、そのために回収させました」
「修復だけじゃなく、試験の準備もできているのか?」
「無論ですとも」
ザルツは腰の端末を操作し、補助エンジンの構造図を表示した。
「推力発生部、燃料供給系統、冷却系統の気密試験は完了。推力偏向ノズルの作動誤差も許容範囲内です。制御系統は交換した部品に合わせて再調整しております」
「予定より随分早いじゃないか」
私が感心して言うと、ザルツは解体場を見渡した。自分が褒められた時以上に、誇らしそうな表情だった。
「モジュール船も捨てたものではありません。接続部や制御規格に共通性がありました。推力制御弁、耐熱材、冷却ポンプ。予定していた部材の大半を、破損モジュールから回収できております」
「現在は残る破損モジュールの回収を進める一方で、クロムの依頼を受け、資源採掘用の岩石試料も集めております」
「採掘設備も動かせるのか?」
「まだ完全ではありません。ですが、小型採掘艇を二隻、試験運用まで戻しました。精錬設備も一系統なら稼働できます」
たった三ヶ月。
その間に、この男は停止していた工業区を立ち上げ、解体場を整備し、補助エンジンを直し、採掘設備にまで手を伸ばしていた。
ベルの思い付きが、ここまでうまく作用するとは、思っても見なかった。
「きっと今頃、クロムの奴が、その件で首を長くして艦長を待っておりますな」
「クロムが?」
「補助エンジンが使えるとなれば、今後の航行計画を見直せますからな。報告を送った途端、試験予定の確認が三度も届きました」
クロムが同じ確認を三度送る姿を想像し、思わず苦笑した。
補助エンジンの試験運転となれば、次は航法と管制を担当するクロムの仕事になる。今すぐ試験を始めるわけではないだろうが、ザルツの様子を見る限り、向こうも既に準備を整えているのだろう。
少なくとも、進捗は確認しておくべきだ。
その時、背後で低い警告音が鳴った。次のモジュールを搬入するため、巨大なゲートの固定装置が解除されていく。
重い駆動音を耳にした途端、ザルツの視線が私から搬入ゲートへ移った。先程まで名残惜しそうに話していたにもかかわらず、その意識は既に次の作業へ向いている。
「では艦長、私はこれで!」
「ああ。邪魔したな」
「何を仰います! いつでも歓迎いたしますぞ!」
そう言い残すと、ザルツは大股で作業区画へ戻っていった。その後ろ姿を見送った私は、クロムの待つ管制室へ向かうため、工業区を後にした。




