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第十一話 初めての喝采

「ですが、この人形も削りカスも、あなたのものという証拠は、たくさんありますわ」

 花花が立ち上がる。礼を尽くすつもりは、一切ないのは明白だ。

 これはもはや、挑発と受け取っていい。

「人形という木像には見覚えがありません。筆蹟も、きっと私のを真似たのでしょう」

 だが桂麗はその手に乗らず、身一つ動かさずに返した。

「では、削りカスのほうは自身のものだと認めると?」

「認めます。しかし、それは別のものを書いたときに出たものです。遷殿」

 桂麗は、武徳の腹心に声をかけた。

「本当にその削りカスが、人形の削られている部分と本当に合致しているか。しっかりと調べてください」

 たとえ材質が同じだとしても、完全に一致することはないはずだ。

 それは、桂麗自身がわかっている。

 遷は「承知しました」と、慎重な手つきで削りカスと人形を包んだ。

 すると、花花の表情がやや険しくなった。

(もしかして、私が反論できないと思っていた?)

 侮られても仕方ない。

 多少の衝突や、彼女を諫める意味で強めに言うことはあっても、基本的に事なかれ主義でいた。波風を立たさないために。

 それが、皇后として正しい──と、思い込んでいたのだ。

「では、桂麗様は何を書いていたというのでしょう?」

 そう唐突に訊ねたのは、花花ではなく、彼女の隣にいた白髪の女官だった。花花と同様に、跪くことなく立ち上がっていた。

「それは……」

「仮にその人形が、桂麗様のものではないとして、削りカスに残っていた文字は同じ。ならば別のもので、桂麗様は陛下を呪詛したとも考えられるのでは?」

 その言葉に、再び周囲が騒がしくなった。

「そ、そうね。一理あるわ」

「木像は誰が作ったかは別として、同じ文字を書いていたのは事実だもの」

「まさか、李后様のもこの庭園に埋められているのでは」

 后妃だけでなく、女官たちもひそひそと話し始めた。

(──どうしよう)

 木簡はないが、清書したものはあるのだ。どこを推敲したかは、まだ覚えている。

 それをもとにして、最初の詩でこう詠んだのだと主張するしかない。

(だけど、そうすると、私が艶歌……それも、春暁麗人であることを公表しないといけない)

 勝手に筆名を使ったなら、それはそれで問題があると言われる。

 すると、肘置きに置いていた手に、武徳がそっと己の手を重ねてきた。

「……我が伴侶よ」

 その重い声に、再び場が静まる。

 桂麗は、夫のほうを見た。

 文字を妻のものだと証言してから、沈黙していた夫は、その表情に怒りも悲しみも滲ませていない。

「俺は、お前に様々なことを教わった」

「陛下……」

「だから、お前のすることに間違いはない」

 誰も口を挟もうとはしなかった。

 それだけ、皇帝の言葉は重い。

「お前が間違っているならば、俺もまた過ちを犯している──ゆえに()も、誠実であることを誓おう」

 それはつまり、今から桂麗のいうことを全て信じるということ。

 何を言ったとしても、その責任を負う。

 普通ならば、皇帝からそこまで言われればむしろ、何も言えなくなるだろう。

 だが桂麗は唇を結び、再び花花と白髪の女官のほうへと向き直った。

 二人はさすがに、少しばかり怯んだ様子だった。

「……黄は、黄梅。呪は、我が身を呪う」

「はい? いったい何を言っているの」

 花花が、ぶしつけに聞き返す。だが、桂麗は気に留めなかった。

「最初の詩に、そう書きました。黄梅の堂々たる美しさに惹かれ、愛を謳いたいのに、何一つ語れぬ我が身を呪う、と」

 桂麗は、お守りとして胸元に入れていた紙を取り出した。

「私のもう一つの名は、春暁麗人。知らぬ者も多いでしょうが、一介の詩人でございました。どうか苦心の末に生まれたこの詩に、耳を傾けていただけますでしょうか」

 実をいうと、誰かの前で堂々と自作の詩を詠みあげるのは初めてだった。

 震えそうになるのを堪えながら、桂麗は(うた)った。

「これは……艶歌?」

「男が詠むものですよ! なぜ皇后ともあろう方が」

「しっ! 静かにしましょう」


 春の喜びと、恋の切なさ。

 でも決して我が身を嘆きはしない。

 輝く未来は、これからなのだから──。


 詠み終えたときには、誰一人として声を出さなかった。花花と女官さえも、静かに聞き入っていたようだった。

 パチ、パチ。

 控えめな拍手が、やがて大音響となった。

 李桂麗こと春暁麗人は、初めての喝采を受け止めると、全身から力が抜けたのだった。

次の更新は、5/6 19:00を予定しています。

次回で完結いたします。

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