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第十二話 未来への尽きない希望

 呉花花とその女官は、流罪となった。

 その罪状は、皇后への反逆罪。

 人形は女官が用意した偽物だったが、本当に呪具になりえるものを作ったことで罪は重くなった。女官は、器用に桂麗の筆蹟を真似たと自白した。

 本来なら死刑でもおかしくないが、桂麗が武徳に嘆願したのだ。

 皇帝の妃ともあろう者が、ああいう邪心を抱くのは、自分の不徳とするところであり、また罪であると。

 だが、命が繋がったとはいえど、流された先での生活は、彼女らにとっては酷なものとなるだろう。

 なお、協力した自分の女官は追放処分となった。あくまで屑籠の中身を渡しただけ、ということになったのだ。

 とはいえ、後宮から罰によって追放された女が、実家でどんな目で見られるかは、想像に難くない。

(いっそ、助命しないほうがよかったのかしら。死ぬよりも辛いかもしれないから)

 彼女達の処遇が決まって半年が経った今でも、色々と考えてしまう。

 後悔がないとはいえない。

 だが、やはり罪は罪なのだ。そしてまた、自分自身もそうした者を生み出してしまった。このことは絶対に忘れない。

「また夢中になって詩作か」

 四阿から池を眺めながら筆を走らせていると、いつの間にか夫がそばにいた。

「まぁっ、陛下。まずは声をかけてください!」

「声は散々かけた。だが、お前には届いていなかったようだ」

 丹はというと、四阿の外側にいて「私もお声をかけたのですけども」と言ってきた。

「どれ、今日はどんなのを書いているんだ」

「ああっ、ダメです! まだ途中なので、見ないでください!」

 桂麗は慌てて木簡を袖で隠した。墨で汚れることなど気にしていられない。

「これは、今度後宮の皆でやる詩会用なんです。だから、当日まで誰にも見せないんです」

 今では、桂麗が春暁麗人であることを知らぬ者はいない。

 女でも自由に詩を詠んでもいいと、皇后が示したことで、反発がなかったわけではない。

 しかしそれ以上に、女性達からの支持を得た。

 後宮にも、后妃・女官を問わず、詩作に興味がある者が何人もいた。

 基礎は桂麗も教えられるが、さらなる応用は自身も学ぶ身。ともに学べるような場も作ったうえで、自由に参加できる詩会も行うことにした。

 その開催が、三日後に迫っている。

「何を悩んでいるのだ。春暁麗人ともあろう名人が」

「いえいえ、とんでもありません。何より私は長考する質ですよ」

「謙遜するな。お前は、皇帝の心さえも動かした詩人だ。皇后としてだけでなく、詩人としても歴史に名を残す」

 畏れ多いことだ、と思いつつ、桂麗は「ありがとうございます」と頭を下げた。

 だが最近は、一礼するのも腹がつかえそうになる。

「とはいえ、無理はするなよ。お前は、一人の身体ではないのだ」

 武徳は桂麗の隣に腰を下ろし、「ん」と言って腕を広げた。

「へ、陛下。こんなところでなど」

「構わん。それに、誰もいない。お前が人払いをしていたおかげでな」

 後宮には、彼の側近も許しがなければ入ってはこれない。武徳は、一人でやってきたのだ。

 桂麗は丹に視線を向けるも、彼女は素知らぬふりをしている。

 観念して、桂麗は武徳の膝の上に座った。

「重うございますでしょう」

「いいや。たとえ子がお前と同じぐらいの背丈になったとて、こんなのは余裕だ」

 笑い出した武徳につられて、桂麗も笑った。

「どうです? 陛下もお詠みになりませんか?」

「何度か挑んだが、やはり上手くいかん」

「詩には型と、あとはコツがありますのよ。私がお教えしますと言っても、陛下は聞き入れてくださいませんから」

「……どうせなら、お前を驚かせたいのだ。それをお前から教わっては、意味がない」

 武徳が照れくさそうに言った。

「あら。驚かせたいと今言ってしまっては、それこそ意味がないのでは」

「あ……」

 本気で気づかなかったようだ。

「ふふ。いつでもお教えしますけど、陛下のお気持ちがとても嬉しいです。ですから、待ちますわ。いつまでも」

 もう充分、その気持ちそのものが宝物なのだ。桂麗は、胸が熱くなった。

「……お前からは、教えられ、与えられてばかりだ。詩も、生き方も、そしてこの子も」

 武徳の大きな手が、腹を優しく撫でる。

「俺に似るなよ、母の素晴らしい詩の才を受け継ぐように」

「私は陛下そっくりな御子がいいです」

「苦労するぞ」

「あら、ご自身でおっしゃるの」

 また笑い合う。

 そして、見つめ合い──二人は静かに、唇を重ねた。

 もうじき、秋が深まる。

 やがて冬を越えて、また春が来る。

 未来への尽きない希望を感じ、桂麗の頭のなかで、最高の詩が今、できあがった。




【終】

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