「魔物のダンス」
「早く、みんなと合流しよう…!」
ドラゴンの背の上。血の壁に囲まれた黒魔導士クロはひとりでに呟く。
壁により仲間と分断された彼だったが、不安はない。仲間の中で誰ひとりだって心もとない人間などいないからだ。
そう思い、杖を握りしめながら進む。すると、待ちわびていたかのように小さな少女が声をかけてきた。
「ようこそ。あたちのドラゴンちゃんへ。」
太い三つ編みを片側へ纏めた少女。彼女こそ、魔物を操る生命の魔術師リリィであった。
「………言っておくけど、手加減はしないよ。」
クロは鋭い視線と共に杖を構える。そしてすぐに、ダイヤルを回して詠唱を行う。
「『ウィンド』!!」
まずは風の刃を生み出しての攻撃。だが、リリィはにやりと笑い言う。
「怖いですねぇ。まぁ、良いですよ。これぐらい。」
「?どういう…。」
風の刃は容赦なくリリィの身体を刻む。だが、刻まれた箇所はすぐさま再生される。それも、元通りというわけではない。クロが狙ったのは足だったが、刻まれたリリィの足は2本でなく4本へと変貌を遂げたのだ。
にょきにょきと生えた四本脚。それは、以前クロが対峙した『マリアラコーン』という馬状の魔物に酷似していた。
「驚きました?でも、まだこんなものじゃありませんよ。」
「!『フローズン』!!」
魔術を使わせる前に、リリィを凍らせようとする。しかし、リリィは右手を前にかざして囮にする。顔、または喉を狙った魔法は右手に集中してしまった。そして、リリィは小さな口を開く。
「主よ、ここに歓びと享楽を。乾いた悲劇を偉大なる存在へ。『ティアストーリー』。」
「っ!遅かったか…!」
リリィの使用した魔術は、よく知っている。従属した魔物と融合する魔術だ。以前は各地で魔物の討伐が進んでいたのでそれほど脅威ではなかったが、今はどうだ。
日が暮れきったこの時間。各地で魔物の対応はしているだろうが、空飛ぶドラゴンへの対処も練っているところだろう。こんな時、大きな組織では致命的に初動が遅い。つまりは、魔物討伐に手が回らない、ということだ。
歯噛みするクロの気も知らず、リリィの体は変化を遂げていく。
まずは腕。そこからは魚のような鱗が生えて人としてある筈もないヒレが産まれていく。次に耳。そこはゴブリンのように細長く、より遠くの音を拾うために変化する。最後に頭。そこからは牙散土竜のような何者もを貫かんとする角が生えてきた。
「これが、あたちの、いえ。あたち達の真価!この前のとは比にもなりません!!降参するなら今ですよ?生命は大切ですからね。見逃してあげます。」
リリィは本気だった。しかし、そんな甘い誘惑に乗るクロではない。彼は強く首を振る。
「まさか。降参なんてしないよ。僕は、君を倒す。」
「…………本当、愚かです。生命を大切にしないなんて。」
「以前、セイジも言っていたけど。僕たちは生命を粗末にしているんじゃない。それよりも大切にしたい、守りたいものがあるだけだよ。」
「ふん。理解できませんね。」
分かり合うことなどできやしない。そう思ったクロは臨戦態勢に入る。杖に付随するダイヤルを回して、詠唱を行う。
「『ソメラックボム』!」
策は浮かばないまま、魔法で前方の地面を爆発させる。だが、彼の魔法が効果を発揮する前にリリィは馬を思わせる四本脚でクロの方へと駆け出していた。
その脚力は凄まじく、あっという間に彼の間際へと迫る。接近したリリィは首を振り、頭に生える角でクロの頬を傷付ける。咄嗟に体を捻り、再び攻撃へとうつろうとした。しかし、リリィの角の猛攻が攻撃の再開を邪魔する。
「っ。」
リリィはクロを狙い、頭を振り続ける。時にはドラゴンの背をえぐり、血を吹き上げながらも。
「『フローズン』!」
吹き上がった血を咄嗟に固め、即席の武器にする。少しでもリリィと距離をつくるために光円錐の形の固めた物体を投げる。
「悪あがき、ですね!」
そう言いながらもリリィはバックステップで飛来する物体を避ける。避けられた物体は当然ドラゴンの背に刺さった。リリィはそれを気にもとめない様子。恐らく、このドラゴンは彼女が使役していはずだというのに。生命を大切にというリリィの考えとその態度は、ちぐはぐさを感じさせた。
しかし。そんな齟齬は、彼女がそうすることしか出来なかった結果だとしたら。
クロは知っていた。世の中には満足な選択すらできず、またそのことにすら気付けない人間がいることを。何を隠そう、彼自身がそうであったのだ。
「考え事ですか。余裕ですね!!」
リリィは依然としてクロへ敵意を持っていた。向かってくる彼女を迎撃しようと、クロはまた杖を構える。
「『ウィンド』!」
「またソレですか。芸がないですね。」
「どうかな。今のはただの『ウィンド』じゃないよ!」
「…?」
理解できないリリィ。しかし、クロの言葉の意味はすぐに知ることとなる。
クロが使用した『ウィンド』。風の刃を生み出す魔法。だが、今、生み出されたのはただの風の刃では無かった。丁度刃の真ん中とも表現できる部分。そこが小さな渦の集合体になっていたのだ。そして、風の渦巻く場所には、先ほど『フローズン』で凍らせた氷柱のような物体が内包されている。
氷柱を含んだ風の刃はリリィへと迫る。彼女はその足で難なく避けたが、それで終わりではない。リリィのそばを風の刃が過った瞬間、内部にあった氷柱が四方八方へ飛び散ったのだ。
無論、避けられるはずもなく。リリィの顔には一筋の傷がつく。
「なっ!?」
「びっくりしてる場合?随分、余裕があるんだね!」
クロは畳み掛けるように、リリィへの攻撃を続けるのだった。




