「明るい未来について話そう」
クロの攻撃に怯んだリリィ。そんな彼女の隙を逃さず、クロは杖を構えて標準を合わせる。相手との距離、大気のエネルギー、魔法に必要なエネルギー、それらを事細かにダイヤルで調整する。そして、口を開く。
「『ウィンダム』!」
それは風の刃を生み出す魔法。だが、『ウィンド』とは違う。単純に大きさが違うのだ。その分、調整が必要なのだがリリィの隙ができたおかげで『ウィンダム』の使用が可能となった。
「っ!」
リリィは巨大な風の刃で刻まれる。咄嗟に腕で受け止めようとしたが、叶わず。防御に使用した腕は血に濡れる。魔物の影響でヒレと鱗のついた腕が、ダメージにより流れる血とともに剥がれていく。
「『アンダーフィッシュ』ちゃん…!」
彼女の叫びを気にせず、クロは攻撃の手を緩めない。
「『ソメラックボム』!」
それと同時にリリィの足元が爆発する。抉れたドラゴンの背。
視界が良好になった頃、クロは目前のリリィを見た。そこにいたのはただの少女。馬のような足も、魚のようなヒレも、強靭な角も無かった。
「あ…『マリアラコーン』ちゃん…『牙散土竜』ちゃん…。」
リリィは座り込んで、呆然と失った魔物の名を呼ぶ。
「い、いや…!しにたく、ない!いやだ…!」
「………殺さないよ。ただ、止めるだけ。」
そう言ってクロはリリィに近づく。しかし、当の彼女は取り乱し続ける。
「うそ、うそです!あなたも、あたちの生命を奪おうとしてるんです!」
「奪わないよ。それに、言ったでしょ。僕たちは生命よりも大切にするものがあるって。」
「ふざけないで下さい!生命よりも大切なものなんて、あるわけありません!それは、本当に生命の重さを知らないから、死の恐怖を知らないから言えるんです!」
「………本当に、そう思ってるの…?」
「は?」
クロは決してリリィに共感など出来ないと思っていた。しかし、ボロボロになってまで生命へ固執する姿や魔物を取り込む姿を見て、ほんの少しシンパシーを感じてしまった。
彼女は、過去のクロだ。ただ生きることだけを考えていたクロだ。明日、ただ生きることだけを考えてクロだ。他者の生命を奪ってでも生きていたクロだ。だが、そんな彼が本当に望んでいたのは明日を生きるためだけの命ではなかった。それは家族であり、友人であり、気を許せるような温かな居場所だった。
「僕も、生きることこそが大事だって思ってた。というより、思いたかった。」
リリィへゆっくり近付く。彼女へ語りかけるだけでなく、それは過去の自身との決別でもある。
「でも、ある時気付いたんだ。羨ましいと思ったんだ。家族みたいな笑いあえる存在が。」
「それが生命より大切だと…?馬鹿馬鹿しい。」
「…きっと、君もそう思っているんじゃないかな。君は僕と同じだと思うんだ。寂しいんだよ。多分。だから、魔物といっしょになって紛らわそうとした。」
「違います!それは、より強く、より長く生きるためで、」
「それじゃあ、どうしてゴブと一緒にいたの?どうして言葉なんて教えてししょーだなんて呼ばせたの?」
クロの脳裏に浮かぶのは一匹のゴブリン。彼はリリィを師匠と慕っていた。師というのだから、沢山のことを教わったのだろう。他者に物を教えるのは容易ではない。だというのに、その方法を取ったのは何故か。それが、リリィの生きるためだけの方法だとは思えなかった。
恐らく、どこかでこの孤独を紛らわせたかったのだろう。一人で迎える明日ではなく、誰かと笑いあって迎える明日が欲しかったのだろう。
クロもそうだ。以前のように、ただ生きるだけのことはしたくない。世話になった人、仲間、助けた人々、皆に顔向け出来るような生き方をしたい。他でもない、皆といる為に。
「昔、僕を助けてくれた人が言ったんだ。お前には未来があるって。そう言って助けてもらったとき、僕の明日がすごく眩しいものに思えたんだ。………僕らが迎えるべき未来はさ、一人きりの暗いものじゃないよ。明るくて、皆で迎えられるものだよ。」
クロはしゃがみ込み、リリィへ手を伸ばす。
「あたちは…もう…ひとりには…。」
「ならないよ。大丈夫。」
伸ばした手が重なる。その時、突如彼らを乗せたドラゴンの背が揺れた。
「!?なに、が…。」
「誰かがドラゴンちゃんの体に何かしたんです…!」
「こ、このままじゃ、落ちる…!?」
「いえ。そんなこと、させません。あたちが何とかしますから。だから、任せてください。」
「…………うん。分かった。ありがとう…!」
クロはリリィへ背を向け、走る。それは魔術師をとめるため、仲間をとめるため、そして、目を細めるほどの眩しい未来のためであった。




