「兄と弟」
セイジは走る。いち早く、仲間と合流するためでもあり、魔術師をとめる為でもある。今の彼には迷いがない。何故なら、信じる道が、進むべき道が明確だからだ。今は魔術師をとめる。ただ、それだけを考えていた。
彼がいるのは巨大な空飛ぶドラゴンの上。肉のない、骨ばったドラゴンのうえは足場として中々不安定だった。しかし、セイジにとっては問題ない。これまでの鍛錬や冒険のおかげなのだろう。
そうして駆けていくと、謎の後ろ姿が視界の隅をかすった。咄嗟に立ち止まる。はっきりと分かるのは、フードを被った人間だということ。それだけだった。
フードを深く被っているため、顔はよく分からない。得られる情報は背格好だけだ。だが、それだけの情報がセイジに嫌な予感をはしらせた。
斧を構えることも忘れて口を開く。
「魔術師を従えていた奴だな。……何者だ。」
「名か。知りたければ教えてやる。」
「!!」
フードの男の声が響く。それと同時に、セイジは理解してしまった。男の正体も。知りたくもない正体を。
「俺の名はテレッソ・フォン・レアーヌ。レアーヌ家の長男だ。」
「…………兄、様……。」
そう。フードの男は他ならぬセイジの兄、テレッソであった。
彼はセイジにとって何より敬うべき存在。憧れであった。故に、分からない。そんな兄がなぜ魔術師を率いているのか。
「兄様。どうしてですか。どうして、魔術師と一緒に…。」
テレッソはひと呼吸おき答える。
「セイジ。以前、話したことを覚えているか。」
「……?何の話ですか。私には、分かりません。」
「………そうか。………いつか話した魔物の話だ。………セイジ。俺は、人間というものは不幸だと思えてならない。しがらみに囚われ、迷い、悩む。……だからこそ、新しい世界を創るのだ。魔物だけの、人間の作るシステムの無い世界へと。それが人間を救う道だ。」
セイジは思い出す。確かに、兄が以前そんなことを話していたと。だが、こうして実際に行動へ移すとは夢にも思わなかった。
いくら尊敬する兄といえど、その考えには頷けない。
「…………私はそれが救いだとは思えません。だって、獣になってしまえば兄様や仲間と今のようには話せないではないですか。」
「些細なことだ。」
「ささいじゃありません!俺は兄様とも仲間とも一緒にいたいです!」
「…………そうか。」
目前の男はため息をつき、手にしていた斧を構える。セイジは驚く。まさか、本当に兄と戦わなければならないのかと。
考え直してはくれないか。縋るような、願いを含んだセイジの瞳だったが、テレッソの固い意志は揺らがない。負の感情が見て取れる訳では無い。ただ、心の底から人類を救ってやろうと、獣への回帰を目指すべきだと信じてやまない意志がそこにあるだけ。
「俺を否定するのなら止めてみせろ。………お前にできるか分からないがな。」
「……………止めます。必ず………!」
兄に勝てるという自負は無かった。しかし、ここで退くという選択肢は以ての外だ。故に、彼もまたテレッソ同様に斧を構える。
先に仕掛けたのはテレッソであった。膝を曲げたかと思うと、すぐさま伸ばし、跳ぶような身軽さでセイジの懐に入る。
不意を突かれたセイジだったが呆気なくやられはしない。彼は斧に付随するダイヤルを回し唱えた。
「『エッフル』!」
それは物を増やす魔法。セイジの振るった斧を真似て、増えた斧は軌跡を描く。テレッソはあくまで冷静に後ろへ飛び、斧を回避する。2人の距離が離れる。セイジは敢えてそこを詰めていく。
「『花片裂き』!」
斧を握る力を緩め、持ち手から刃に近い部分へと手を移動させる。息つく間もない攻撃に、流石のテレッソも反応が遅れた。彼の頬にセイジの斧が届く。
「……………少しは成長したようだな。」
「いつまでも弱いままじゃありませんから。」
テレッソはその言葉に眉を上げ、攻撃へと移る。彼は己の斧を無駄なくセイジの急所目掛けて、縦に斜めに振るい続けた。
セイジは時に避け、時には斧で弾きながら攻撃をいなす。
ガキンッと、金属のぶつかる音が響く。1度、2度、3度。片手で数え切れなくなった頃。セイジの斧がテレッソに弾かれるようになった。
「っ。」
「どうしたセイジ。その程度では俺を止められないぞ。」
「分かっています!」
相手の言葉に耳を傾けながら考える。何故急に、攻撃が弾かれるようになったのか。
テレッソの力が増したのか。
いや。そんなはずはない。
それとも逆に、セイジの力が弱まったのか。
いや。そんなはずもない。
かつてのセイジであればとっくにバテていただろうが、今は違うのだ。ならば何故。
そうして思案するセイジの視線の先には、自身の斧。その刃先へと向かう。刃をよく見ると形がポロポロと崩れているのが分かった。刃毀れをしているのだ。
手入れを怠ったことへの後悔がよぎる。しかし、今はそんなことに気を取られている場合ではない。
頭を振る。余計な考えをうちから追い出す。ただ、兄に勝つための策を練る。
刃毀れをした攻撃では弾かれてしまう。ならばどうするか。答えはしっかりとセイジの中に存在した。そして、再びテレッソへ斧を振るう。
「何度攻撃しても同じこと。………お前の斧では俺に弾かれるだけだ。」
「それは、どうでしょうか…!」
強がりではない。確固たる自信と共に、ダイヤルを回して唱える。
「『ヒート』!」
途端に、弾かれるだけだった斧が拮抗するようになった。『ヒート』は武器を強化する魔法。セイジの使うものは中でも切れ味を鋭くさせるものだった。
攻撃が弾けなくなったテレッソは眉をひそめる。彼はセイジを見誤っていたようだ。
それもそのはず。テレッソの脳裏には未だ幼く無知で真っ白なセイジの姿のみがあるのだ。だからこそ、目前のセイジの姿との齟齬が生じる。
そこにいるのはかつてのかつての弟ではない。多くの戦いと冒険、そして出会いを通じて変化した戦士の姿があった。
僅か、感慨に耽っていたテレッソ。セイジは構わず猛攻を続ける。耐えかねたテレッソの手からは、遂に斧が離れてしまう。
「!」
その瞬間、セイジは勝利を確信した。
武器を失えば、テレッソにはもはや戦う術はないと。だが。
「舐められたものだな。…………俺の武器が斧だけだと勘違いしていないか。」
「!?」
セイジは忘れていた。テレッソは何も斧だけを扱える訳では無い。剣、魔導書、杖、その全てに適性がある。それはつまり、
「っ、」
答えが導かれる前に。テレッソのコートの下、隠れていた腰に刺されていた刀が振るわれる。
咄嗟に後ろへ飛ぶが、長い刀はセイジの髪を撫で、服を裂いた。
じくじくと、小さな痛みが腹部に広がる。
「続けるぞ。」
テレッソの息は依然として静かで、落ち着き払った様子だった。




