「ひとりじゃない」
「くっ。」
「先までの勢いはどうした!セイジ!」
空を飛ぶドラゴンの背の上では激しい金属音と声がした。
一方は魔術師の頭領テレッソ。もう一方、押されつつ斧で応戦しているセイジ。
彼は何も体力が尽きかけている、というわけではなかった。だというのに押されているのにはわけがある。
というのも、テレッソの使う武器は斧、剣、魔導書、杖と多岐にわたるのだ。斧は先ほど弾き飛ばしたので、残るは今振るわれている剣、そして魔導書と杖。
それらがいつ使われるのか、警戒をしながら戦わなければならない。
神経を研ぎ澄ましながらも、やって来る刃先を斧で凌ぐ。
「…っ。」
流れる汗。あがる息。
いつ来るか分からない魔導書と杖の攻撃。
決して見落とさぬよう、些細なテレッソの動きに気を使う。
だが、緊張の糸を張り詰め続けるのは不可能だった。
「はっ、はぁ、はぁ。」
肩で息をしながら相手の攻撃をいなす。
そして、ふと息をついた時、目前からテレッソが消えていた。
一体どこに。
焦りの中、右に左にと目を動かす。
その時。真後ろから風を切る音がした。背後を取られてしまったのだ。
「あ……。」
ここまでかと、諦めそうになる。
だが、そんな甘えを一喝する声がした。
「おいセイジ!ぼさっとしてんなよ!」
声と共に、金属のぶつかる高い音がした。
誰の声か。
セイジは勿論、分かりきっていた。振り向き、声の主を確認する。
「……ケイヤ!」
そこには赤髪を猛々しく揺らす青年、剣士のケイヤの姿があった。
後ろには白魔導士のハクエと黒魔導士のクロの姿もある。彼らは他でもないセイジの仲間だ。
「遅くなっちまったな。……あの男が魔術師のボスってわけか。」
「…………あぁ。そして、俺の兄だ。」
セイジの頷きに3人は驚く。それを察知し、言葉を続ける。
「だが、戦わないなんてことはしない。俺は、あの人の弟として、必ず兄様を止める。」
「へっ。そうか。それだけ聞けりゃあ充分だ。」
満足気に笑うケイヤは長い刀を構える。対するテレッソは眉一つ動かさない。
「セイジ。お前の仲間が増えようと結果は変わらん。」
「いえ!私の仲間をみくびらないで下さい!」
胸を張って宣言できる。自身の仲間とならば、たとえ兄相手であっても勝利をもぎ取れると。
そして早速、ケイヤが先んじてテレッソの方へと飛び込む。決して懐へは入らないが、刀は届く距離。
「壱心流『禍げ楼』!」
テレッソの手前数メートル。そこでケイヤは己の剣先を持ち、しなやかな動きで剣を振るった。
まるで軟体動物のようにうごめくケイヤの剣。残像が重なり、相手は正確に距離を測ることが出来なくなる。
「『禍げ楼』か…。確かに並の人間であれば惑わされよう。だが、俺の前では無意味だ。」
そう言ってテレッソは瞳を閉じる。
「へぇ。随分詳しいじゃねぇか。」
彼の対応にケイヤは感心する。
『禍げ楼』はあくまで視界を惑わすもの。つまり、それ以外の感覚を用いれば対策は可能なのだ。
瞳を閉じたテレッソは視界以外の感覚を研ぎ澄ます。刀が振るわれ、空を切る音。そこから位置を割り出す。
いくらケイヤの剣から残像が生じても振るわれる刀はひとふり。避けることは容易い。
しかし、これで終わりではない。
「わざわざチャンスを作ってくれてありがとよ!いくぜセイジ!」
「あぁ!」
後方からセイジが走ってくる。減速することなくケイヤの側を通過。
その瞬間、ケイヤは剣を振るうのを止めて両手で剣を水平に構える。セイジはそれを見て僅かに飛んだ。着地先はケイヤの持つ剣。
幅の広い刃の上へ飛び乗る。
セイジの重さを感じたケイヤは目一杯剣を上へ上げた。
「壱心流!『麻渡り』!」
剣を足場にしての跳躍。それによりセイジはテレッソの頭上へと移動する。
無論、ケイヤもここぞとばかりにテレッソとの距離を詰める。
前方、そして頭上からの攻撃。
テレッソは2人の攻撃を察知し、目を開ける。
だが、些か遅い。
まず上からの攻撃を弾く。しかし、前方からのケイヤの攻撃には手が回らなかった。故に。ガギンッという音と共にテレッソの剣が手から離れる。
「これでっ……!ッ!?」
2度目の勝利の確信。
そんなセイジの希望も呆気なく砕かれる。
空中から着地するセイジの足首を、テレッソが掴む。そして、ケイヤのいる方向へと投げた。
ケイヤは難なくキャッチしたが、その隙にテレッソは再び距離をとり、懐へ手を入れる。
取り出したのは薄い本。それをめくり、唱える。
「『ヒール』。」
その瞬間、テレッソの周囲が光に包まれる。彼の顔はみるみる紅潮し、血の色を取り戻す。
だがらヒールを使えるのはテレッソだけではない。
「セイジ!クロ!回復をします!動かないでください!」
そう言うのは白魔導士のハクエだった。彼女もまた自身の魔導書を開いて『ヒール』を唱える。ハクエの長い白髪が風に揺れた。
「助かったハクエ。………それとひとつ頼みがある。『ヒールレタリット』をかけてくれないか。」
「………………なるほど。分かりました。」
セイジの意図を察したハクエが頷き、『ヒールレタリット』をかける。オマケに激励を兼ねて小さく背を叩いた。
布石を終えたセイジは再び相手の元へと走り出す。テレッソは未だ片手に魔導書を抱えたままだ。
「『ヒート』!」
斧を強化し、テレッソ目掛けて振るう。しかし彼は避けることなく片手で斧を受け止めた。
当然、刃に裂かれた手のひらには鮮血が滴る。が、それも瞬きする間に消えていた。
「『ヒール』。」
片手では回復魔法を。もう一方では攻撃を受け止めていた。
テレッソはいま一度斧の刃を強く握り、上へあげる。
その拍子に浮かんだセイジを後方へと飛ばす。今度は蹴りを食らわせ、勢いを更に増させた。
「ぐっ。」
痛みに顔を歪ませるが、セイジとて何度も同じ手は食わない。
空中で体をひっくり返しながら、自身の手首を斧で掻っ切る。刃を通した手首からは容易く血が流れた。
テレッソは彼がやけになったのかと眉を寄せる。それが、仇となった。
タイミングを見計らったセイジは血が流れる手首を強く振る。赤い液体が宙を舞い、テレッソの顔へと飛ぶ。
視界を確保するために避けたものの、その動作こそがセイジの狙いでもあった。
彼の血の源、傷口がみるみる塞がる。痛みはない。
「…………回復魔法か。」
驚きを孕んだ声が不意に出る。
テレッソの言うとおり、セイジは回復魔法で自らつけた傷を癒して貰っていた。そうすることで痛みを感じることなく、その上相手の目眩ましを可能としたのだ。
結果として目眩ましの効果は無かった。が、テレッソに余分な動きを強いたのは無駄ではない。
飛び散る血液を避け、赤いベールが視界から外れる。
その瞬間、ひらけた先からセイジが飛び出す。
弧を描く斧がテレッソを傷付けんとする。
それに気付き、強く地面を蹴り、大きく後退。間一髪、セイジの攻撃を避けた。
「………………ふぅ。」
テレッソの息があがり始める。疲れは確実に身体へと蓄積しているのだ。
「セイジ!一気に畳み掛けましょう!」
「あぁ!」
ハクエのひと声に頷き走る。ひらかれた距離は詰めればいい。
「そうはさせん。……『フローズン』!」
咄嗟に懐から杖を取り出し詠唱を行う。そうして生み出されたのは氷の礫。周囲一帯を覆うほどのソレは一斉に射出された。
「っ!」
「大丈夫!僕に任せて!」
後方から声がする。黒魔導士クロのものだ。
「魔法は僕だって使えるからね!『フローズン』!」
声の方向からも氷の礫がやって来る。
それは決してセイジを傷付けるためのものではない。
前方からの氷とぶつかり、砕け散る。
「助かった!クロ!」
「お安い御用だよ!」
ひたすら前へと進む。
「俺の『フローズン』がこれしきで止まると?」
「そうだね。確かに魔法ひとつだけじゃムリだけど…僕にはこれもある!『ウィンド』!」
圧倒的な量の礫に押されぬよう、杖を振る。そうして発動されたのは風の刃を生み出す魔法。
魔法を2つ同時に使うのは決して容易ではない。必要なエネルギー量や相手との距離を測り、調整の必要があるからだ。自ずとクロの頭に負担がかかる。
「っ。」
鈍い痛み。まるで脳みそをスプーンですくわれたような無遠慮な感覚。しかし、それもまたすぐにやむ。
「『ヒール』!」
傍にいたハクエが回復魔法を使う。
これにより氷の礫への対策は完了した。脅威はない。
「ここまでです!兄様!!」
セイジとテレッソの距離は目と鼻の先。再び離れてしまう前に、大きく一歩を踏み込む。
「『ヒート』!」
刃毀れをした斧を強化し、切れ味を戻す。
そうして放つ一撃は、テレッソの手にしていた杖をはたき落とした。
「はぁ、はぁ、はぁっ。これで、もう、貴方の武器はありません…!!」
これにてセイジの勝利が確信を超え、絶対へとなった。
彼の宣言は確かに周囲にいた皆に届く。




