「戦士よどこまでも」
テレッソの両手が空く。もはや、彼に抗う術はない。対面するセイジはそう確信した。だが。
「主よ、ここに歓びと享楽を。乾いた悲劇を偉大なる存在へ。『ティアストーリー』。」
「!?」
セイジはすっかり忘れていたのだ。テレッソが魔術師を率いていることを。
魔術師を率いているのならば、当然考えるべきだった。テレッソもまた魔術を使える可能性を。
「今のは生命の魔術師リリィが使っていた詠唱だ!セイジ!離れ、」
クロの声も構わず、魔術は発動される。
彼が詠唱したのは生命の魔術師リリィのもの。効果は魔物と自身との融合だった。だが、リリィと融合していた魔物はクロに倒されたはず。
ならばテレッソは何と融合するのだろう。そう思った矢先、皆の足元、ドラゴンが揺れる。
「!まずい…!」
突然の動きにクロやハクエ、ケイヤは体勢を崩して振り落とされてしまう。
「「「セイジ!!」」」
3人は咄嗟にドラゴンの背にしがみついたセイジの名を呼ぶ。
当の本人は必死になりながらも顔を上げた。
「俺なら問題ない!必ず兄をとめる!必ずだ!」
仲間を安心させるように声を張る。虚勢ではない。今のセイジには自信と固い意志があった。兄を止められると、止めてみせると。
それは彼自身の為でもあり、仲間の為でもあり、今まで出会った全ての人々の為でもある。人とのつながりを得たからこそ、導き出せた答えだ。
彼を見た3人は空に投げ出されながらも願う。セイジが、きっと兄を止めることを。
そんな中、暴れ出すドラゴンもといテレッソは身を大きく震わせながらも空を飛び続ける。
気が付けば元いた焼きの町から離れた草原の上空に移動していた。
「くっ。そろそろ限界か…。」
ドラゴンのゴツゴツした背骨から手を離す。既にセイジは限界だった。
落下する最中、斧を握りしめる。
地面に叩きつけられる前に、ダイヤルを回して唱えた。
「『リキッド・フラー』!」
その拍子に彼の浮遊魔法が発動する。しかし、やや遅い。
セイジの体がふわりと浮いたのは右肩を地面に強打してからのことだった。
「っ。」
なんとか着地に成功し、空を見上げる。それと同時に飛行していたテレッソ、もといドラゴンが脚で土塊を飛ばし、空から地上へ降り立つ。
「ガァァァァァァァッ!」
もはや人の言葉を話さなくなったテレッソ。対話の意思はない。ならば見せるしかあるまい。証明するほかあるまい。
「………………兄様。」
セイジは膝を畳み、瞬時に前方へ飛ぶ。瞬間、テレッソもまた前方へと歩みを進めた。
巨体から繰り出される進行は地面を抉る。そして、彼は強靭な牙でセイジの身体を噛み砕かんとしていた。
咄嗟に斧を突き刺す。それを軸にセイジは高く跳躍した。
間一髪。襲いかかる牙から逃れる。
それから彼の背へと斧を伝わす。
「『ヒート』!」
強化した斧の切れ味は抜群だ。
「グ、ギャアァァァ…!」
耳をつんざくほどの咆哮が響く。セイジは咄嗟に耳を塞ごうとしたが、叶わず。キーンと耳鳴りが木霊する。
「っ、」
体勢を整えようとしたものの、耳の痛みに反応が遅れる。
旋回したテレッソの背骨に身体が打ちつけられた。
周囲は砂ぼこりが舞う。
痛む耳、そして乾く瞳を擦りながら立ち上がる。
だが、再びテレッソの咆哮。
「…………すぅ。すぅ。」
セイジは怯むことなく、心を鎮めるために深呼吸をした。
その時、胸に浮かぶのはクロやハクエ、ケイヤの顔。今まで出会った全ての人の顔。
彼らとの出会いが無駄だったとは思わない。故にセイジは人として戦う。
再びテレッソが前進を始めた。
斧を構え、僅かに屈む。
テレッソとすれ違う瞬間、その巨体の下に潜り込んだ。
「『エッフル』!」
斧を増やし、ドラゴンの下、胸の辺り目掛けて振るう。胸は白い骨で覆われていた。
『エッフル』で増やした斧により肋骨のような骨は砕けたが、あと一押し足りない。
「っ!『ヒート』!!」
既に力も尽きかけ、脱力する手で斧を目一杯握る。
強化した斧を両手で心臓へと突き立てた。
「はっ、あぁぁぁぁぁぁっ!」
己を鼓舞する為にも全ての力を込める。
ぶつっ。と。確かな手応えを感じた。かと思うと、ドラゴンの心臓から大量の血が流れてきた。
「グ、ガ、アァァァッ、」
うめきをあげ、巨体が傾く。
「は、はぁ、はぁ…。」
セイジは肩で息をして、ドラゴンの下敷きにならないよう移動する。
パタリと、呆気なくそして静かにドラゴンは倒れた。
「………………セイジ。強く、なったな………。」
「………はい。皆のおかげです。色んな人に会いましたから。それに、すごい仲間も持ちました。」
しゃがれた声で答える。舞う砂が鼻をかすり、むずがゆかった。
「兄様。きっと、人は兄様に救われずとも大丈夫です。……人としてしがらみがあっても、それが新しい出会いにつながります。」
「………………そうか………。」
ドラゴンの身体から溶け出すように分離したテレッソは空を仰ぐ。
砂ぼこりは収まり、空は夜明けを告げていた。
地平線がぼやけ、オレンジ色が黒を押しのけて太陽が顔を出そうとしている。
「夜が明けますね。」
「あぁ。そうだな。」
2人はただ、来たる朝日を待つ。
そこに言葉は必要なかった。
***
テレッソら魔術師の暴動から数年後。
焼き(キュイ)の町では今日も新たな冒険者が誕生していた。
そのうちの一人、俯く内気な少年はひとつの依頼を受ける。内容は付近の草原でのスライム討伐だ。
「……………………僕に出来るかなぁ……。」
背格好に合わない大きな斧を持ち、草原へ向かう。
目的のスライムはすぐに見つかった。
斧を振るい、討伐しようとする。
「え、えい…!………!?わぁ!?」
しかし、弾力性のある身体が斧を吸い取ってしまう。武器を失った少年は尻もちをつき、混乱した。
こんな時、どうすれば良かったか。
学校で学んだことはちっとも頭を掠めない。
そうしているとスライムのうち、一匹が少年の手足へと侵食しようとする。
「……………あ、あ………。」
もう駄目だと、そう思った矢先。スライムへ斧が振るわれる。少年のものではない。
「怪我はないか?」
瞬く間にスライムを倒した人物はしゃがんで少年に手を伸ばす。
「あ、ありがとうございます。」
何もできなかったことへ恥ずかしさを覚え、俯く。やはり、自分には冒険者など向いていなかったのだと。
「?どこか悪いのか?」
「い、いえ。そういうわけじゃなありません。………ただ、その……ぼくには冒険者なんて向いてないなぁって……。こんなに弱くちゃ無理ですよね。」
まくしたてるように言う。
目尻からはほんのり涙が溢れる。だが、そんな少年の姿に青年は首を振った。
「そんなことはないさ。弱いのならば、強くなればいい。」
「む、むりですよ…。だってぼく、スライムにすら負けるんです……。」
青年は優しく笑う。
ブラウン色の髪が風に揺れた。
「それこそ問題ない。………俺もはじめはスライムに負けるほど弱かった。だが、ドラゴンを倒せるほど強くなったんだ。」
「ほ、ほんとうですか…!?」
「あぁ。嘘なんかつかないさ。……不安なら俺の入っているギルドへ来るといい。仲間も歓迎するはずだ。」
「はい!ぜひ!」
少年は顔を上げる。
視線を交わした青年は斧を持つ手とは逆の手で握手を求めた。
「俺はセイジ。戦士をしている。これからよろしくな。」
そう言って青年、戦士セイジは微笑むのだった。




