「怨嗟の先」
刀を構えたケイヤを前にトリルもまた手をかざす。そこからは真っ赤な礫が生み出され、ケイヤを真っ直ぐに狙う。
強度はそこまでらしく、ひとふりで両断できた。だが、数が数だ。トリルの周囲を取り囲むように生み出された礫は10や20はくだらない。
「ちっ。鬱陶しいな!」
舌打ちをするが、頭ではこの状況を打開すべく案を捻っていた。
以前、トリルとは戦闘の経験がある。その時は確か、空中の水分を凝結させて使用する魔法を使っていたはずだ。
だが、今彼が操るのはみずみずしさなどない、赤々とした礫や壁だ。それらにそっと触れると温度のないひんやりとした感覚が手に伝わる。手触りは硬い。凝結しているのは間違いなさそうだ。
「考え事?随分余裕だね!!」
トリルはケイヤの顔を眺め、挑発する。
「俺はおめぇみたいな考えなしじゃねぇからな!」
「考えなし?俺が?まさか!考えてるよ!今は、お前に仕返しすることを目一杯ね!」
「ガキだな!おめぇは!」
飛来する礫を払い、時には避ける。囲まれた壁を蹴り移動する彼はここら一帯に馴染んでいるかのように見えた。
が。ケイヤの右足が壁に触れ、押し返した瞬間、その壁から赤い氷柱が生み出された。
「!?」
当然、ケイヤの右足に鋭い氷柱が突き刺さる。咄嗟に上へ飛び、退避する。
「ははっ!いい顔!驚いてるみたいだね!でも、よく考えれば当然でしょ?壁や礫を好きなとこに作れるんなら、相手の足を狙う方が賢い!!」
「おめぇにしちゃ考えたみてぇだな。」
「強がりもそこまでいくと感動ものだね。」
ケイヤは足から血を流しながら地面へ着地する。未だトリルの魔法の種が分からない。
「なぁ、おめぇよ。なんだってこんなとこいんだ?」
「…………?なんでって、言ったでしょ。俺はお前に仕返しを…。」
「そういうことじゃねぇ。おめぇはそもそも何のために戦ってたんだ?草波族として差別されんのが許せなくて戦ってたんじゃねえのか。それを忘れて仕返しばっか頭にあんのかよ?えぇ?」
「……………………。」
トリルはケイヤを睨みつける。だが、ケイヤは怯まずに、むしろ好機だとばかりに畳み掛けることにした。相手の魔法のタネを、何とかして解き明かすための時間稼ぎをするのだ。
「図星か?」
「…………うるさいな。俺が何を思って何をしようと勝手でしょ!」
怒号と共に、再び真っ赤な柱が生える。鋭く生み出された柱は再びケイヤの足を貫こうとした。だが、それを間一髪で避ける。
彼の周囲は赤一色。それらすべてはトリルの思うがまま。このままではジリ貧である。しかし、決して焦らない。焦ることなく、状況の判断を行う。
状況とは何も視覚情報からなるわけではない。嗅覚、触覚、感覚、その全てがケイヤの勝利への鍵となる。
壁や柱の触り心地、圧迫感、匂い。ケイヤは相手を挑発しつつも状況の把握にかかる。そして、彼の鼻がある情報を掴む。思えば、壁や柱が生まれる度に周囲には鉄のような匂いが充満していることに。
毒々しい赤色と鉄のような匂い。この2つから導かれる答えはひとつ。トリルは血を操っている、ということだ。だが、誰の血だろう。彼自身の血か。
いや。そんなはずはない。人間であれば致死量とも考えられる血の量だ。だとすると、この血の源は自ずと分かる。
ケイヤはその場から離れようと跳躍する。無論、トリルの生み出す血の柱は伸びて、彼を追いかけた。
「だいたい、お前だって草波族でしょ。なのに、なんでのうのうとしてるわけ?草波族を襲った認定ギルドを潰そうだとか、考えないの!?」
トリルの言葉を受けながらも、ケイヤは剣を地面に刺す。そして、勢いよくドラゴンの体表を抉った。
「!?なに、を…。」
捲れた皮膚。その先には空間が広がっていた。空洞、というわけではない。一応は生き物の形を保っているらしく、骨組みの体内には僅かに血が通っていた。
ケイヤはドラゴンの体内に降り立つ。続いてトリルの柱が彼の脇腹を狙い、飛んでくる。
それを避けながらも、進む。目指すはドラゴンの心臓部分。そこを止めればトリルの操る血は止まり、彼の攻撃手段は無くなる。
「!ちょこまかと!」
「へっ。甘ぇよ!」
隆起する柱をものともせず、むしろ足場にして心臓部分へと行く。
骨ばった先に、大切そうに包まれる赤い心臓。ドクドクと脈打ち、血液を送り続ける心臓。ケイヤは目標をはっきりと見定める。
「おめぇ、俺が認定ギルドを潰さねぇのかって言ったな。」
「そ、それが、なにさ。」
「答えはイエス。潰さねぇよ。」
「草波族のクセに?同胞が悲しんでるんじゃない?」
「そんな奴らじゃねぇよ。それにな。」
ケイヤは迫りくる柱を折り、2本目の剣とする。そして、骨に守られる心臓へと駆け寄った。
「ギルド潰しなんてしようもんなら、俺の仲間が止めるさ。」
そう言い、己の剣、そして折った柱で心臓を包む骨を強引に剥がした。それからは目にも止まらぬ早さで、心臓をひとさし、ふたさし。
衝撃で血が噴き出る。
「あ…。」
「呆気に取られてる場合か!?」
「!」
トリルはここでようやく自身の選択を悔いた。ケイヤに乗せられ、ここまで来てしまったことを。
だが懺悔には遅い。ケイヤは心臓から噴き出る血を浴びながらも踵を返してトリルの元へと飛ぶ。刹那とも思わせぬ早さで彼の剣がトリルの首元へと当てられた。
「おめぇの負けだ。いくらガキでもそんぐらいは認めんだな。」
顔に付着した血を拭いながら、ケイヤは自身の勝利を宣言する。そこには怨嗟すら超えた剣士が、確かに存在した。




