「生きるものの意思」
コウモリの魔物『ブラッドバッド』と合体した生命の魔術師リリィ。彼女は黒く染まった手をかざす。すると、脈打つ皮膚の中から『ブラッドバッド』が皮を食い破り飛んでくる。
「!『フローズン!』」
クロは咄嗟に杖を振り魔法を使う。それに伴い飛んできた『ブラッドバッド』が氷漬けになる。
動きが止まり安心したのも束の間。『ブラッドバッド』に纏わりついた氷は、ジュウと音を立てて蒸発してしまう。
「!?どうして!?」
「ふふっ。知らないんですか。『ブラッドバッド』の体温はとてつもなく高いんです。その呼吸でさえも熱を持つ。やわな氷なんてすぐ溶けます。」
リリィは勝ち気に言う。相当な余裕を見せていた。
彼女の言うとおり、氷から脱した『ブラッドバッド』はその鋭い牙をもって目前の人間を喰らおうとしていた。
飛んでくる魔物。だが、そのままやられるセイジ達ではない。彼はまずクロの前に立つ。魔導師はなるべく敵と近付けさせないのがセオリーだからだ。
そして飛来する数多の『ブラッドバッド』を斧で叩き切っていく。だが、それだけでは足りない。
「『エッフル』!!」
セイジは斧に付随するダイヤルを回し、魔法を使う。『エッフル』は物を増やす魔法。勿論、対象は彼の振るう斧だ。
『エッフル』により増えた斧は弧を描き、次々飛来する『ブラッドバッド』を両断する。セイジのみならずらゴブも前へ出て己の棍棒で一匹ずつ魔物を相手する。だが、それでも足りない。圧倒的な数の前では焼き石に水だった。
「『ウィンド』!」
彼らの後方にいるクロもまた、風の刃を生み出し応戦。それもまた無意味だが。
やはり、本体であるリリィを叩くべきなのだろう。しかし、こうも魔物の数が多いと行く先が阻まれてしまう。
「ちっ。どうしたものか。」
セイジは考える。こんな時、他の仲間だったらどうする。どんな案を出す。必死に頭を回すが、逆転の一手は一向に浮かばない。
「セイジ!焦る必要はなイ!確実に、いこウ!」
「………!あぁ。そうだな。」
ふと、ゴブの声に我に返る。そうだ。彼の言うとおり焦る必要はない。リリィによって各地に放たれた魔物は、きっと他の仲間が対処しているのだから。今は落ち着き、こうきを待つのみだ。
そう思っていると、違和感に気付く。何故か、『ブラッドバッド』の数に偏りがあるのだ。比率にして6対4ほど。前者がゴブへと向かっていた。
それはどうしてか。理由を考える。自身とゴブとの違いを考える。種族か。身長か。体重か。魔法の有無か。いや。そこで思考をとめる。圧倒的な違いがあるではないか。それは、ゴブは怪我をしており、セイジは無傷ということだった。
『ブラッドバッド』。名の通り、血を好むというわけなのだろう。
「ゴブ!気をつけろ!『ブラッドバッド』は恐らく、流れる血に引き寄せられている!」
「……!分かっタ!」
セイジの言葉に頷くゴブ。それと共に、彼の頭には妙案が浮かんだ。目の前の鬱陶しい魔物を一掃し、リリィへの道を開く妙案が。
彼は即座に後ろへ下がり、そこへいたクロに耳打ちする。
「クロ。頼みがあル。」
クロはゴブの言う通りしゃがみ、彼の意見を聞く。
「!それ、は…。」
「オレは平気ダ。だから、頼ム。ししょーを倒すために。ばぁばたちを守るためにモ。」
「……………分かった。必ず、僕が仕留めるよ。だから、任せて。」
「アァ。」
ゴブはある決心をし、再び前に出る。かと思えば突然、手にしていた棍棒を真っ二つにした。そして、折れた鋭い切っ先で自身の腕を傷つける。
「!?ゴブちゃん、なにを…!?」
リリィは驚くが遅い。彼女の反応の前に、放った『ブラッドバッド』は一目散に血を流すゴブへと飛び込む。リリィの静止など聞かずに、本能のまま目前の血を吸わんとする。
『ブラッドバッド』の大群を見て、セイジは立ち止まる。道は拓けたものの、このままではゴブが魔物の餌食だ。しかし、そんなセイジをクロが制する。
「セイジ!止まらないで!!ゴブに集まった魔物は、必ず僕が倒すから!だから君はリリィを!!」
「…………あぁ。分かった!!」
そうしてセイジは前に進む。
ゴブは血を流しながらも『ブラッドバッド』を折れた棍棒ではたき落とす。彼の限界が来る前に、クロは杖のダイヤルを細かく調整し始める。魔法の調整は時間をかければかけるほど精密に、そして膨大な威力を発するのだ。
自身とゴブとの距離。ゴブと『ブラッドバッド』との距離。『ブラッドバッド』の数。あくまでも冷静に、クロは状況を見てダイヤルを回す。それが終わればあとは詠唱だけ。
「お待たせ!ゴブ!行くよ!!『ウィンダム』!!」
途端、風が吹く。それはクロやゴブにとってはささやかな温風。しかし、『ブラッドバッド』達にとっては強靭で巨大な風の刃。
ゴブに集まっていた『ブラッドバッド』が大きな風の刃で一網打尽にされる。本能に従った魔物は、生きとし生けるものの意志の前で散っていったのだ。




