「別れ」
『ブラッドバッド』の囮になったゴブとクロを信じ、セイジは生命の魔術師リリィのもとへと走る。
「これでお前の前には何もない!!」
「………!」
セイジは斧を強く持ち、リリィの懐へ潜り込む。そして、彼女へ振るう。リリィは防御することなく、体を地面へ打ちつけ転がった。
「あぐっ…。」
痛みか驚きか、何れにせよその衝撃でリリィの魔術が解除され、彼女の体は『ブラッドバッド』のような黒から人の肌へと戻る。
ようやく生命の魔術師をとめられる。そう思ったセイジはリリィの捕縛に入ろうとした。が。
その瞬間。セイジの視界が揺れる。目前にいた筈のリリィが消えた。
彼女が動いたのではない。セイジ自身が動いたのだ。だが、当の本人がその場から動くはずがない。敵を倒せる機会に、突然何処かへ行くだなんてことはあり得ない。ならば、どうして。
セイジが状況を理解する前に、体から激痛が走った。
「!?俺、は…、」
そうしてようやく気づく。自分は地面に横たわっているのだと。斧はない。少し先に投げ出されていた。
痛みと体勢から、何者かに襲われたのだと知る。だが、誰に。
視線を上にやる。そこには依然として生命の魔術師リリィがいた。だけではない。その前には、フードを被った長身の人間がいたのだ。
「ごほっ。………良いタイミングですね。もしかして……ソシルちゃんの回収、終わったのですか。」
「………………。」
「?きょ、今日はシャイですね。…………あぁ。なるほど。」
リリィはセイジに目をやり、ひとりでに納得する。当の本人、セイジは未だ状況が掴めずにいた。しかし、2人は待たない。フードの男とリリィは彼に背を向ける。
「ま、待て…!!」
「ごめんなさい。セイジちゃん。あたち達には大義があるんです。暇はないんですよ。」
「大義…?魔術師にか…?」
「そうです。あたち達は、人を救わなければいけないんです。」
「救うだと…。人様に迷惑をかけておいて随分な物言いだな……。」
セイジは地面に伏しながらも怒りで身を震わせる。魔術師らの勝手な行いでどれだけの人が迷惑を被っているのか。
「迷惑ですか…。それは視野が狭いですよ。最後には人類皆が救済されますから。………お話しは終わりにしましょう。それじゃあさようなら。セイジちゃん。」
セイジは去りゆく背中に手を伸ばす。だが、届くはずもない。
男とリリィは立ち去る。倒れたセイジの後ろからはクロとゴブが急いで駆け寄ってきた。
「「セイジ!」」
「すまない…ふたりとも。リリィを取り逃してしまった…。……フードを被った男が、突然現れたんだ…。」
「気に病むナ。ししょーの魔術は解除されたみたいダ。とりあえず村は安全になっタ。」
ゴブの気遣いにセイジは強く手を握る。彼は為すすべもなくフードの男にしてやられたのだ。あと少し自分が強ければ、ふたりの頑張りを無駄にすることがなかったのに。
「セイジ。一旦村に戻ろう。リリィの魔術は解除されたみたいだから。」
「あぁ。………すまない。」
セイジは差し出されたクロの手をとり、立ち上がる。
ふたりと一匹は集落への道を歩く。道は痩せこけている。少し歩くとぽつりぽつり家々の屋根が見えてきた。
「………………オレ、ここまデ。」
ゴブは立ち止まる。クロも足を止めた。急がせることはない。
ゴブは魔物。彼が彼である限り、人を襲いたい衝動は消えることはない。故に、ゴブがこれ以上進むことはない。それは彼の想うばぁばの為である。クロは彼を見る。声をかけることは出来なかった。親しい人と離れなければならない時、どう声をかけるべきなのだろう。
「ゴブ………。」
「大丈夫ダ。ばぁばの為にも、オレはもう村には行かなイ。」
「なにか、伝えることはあるか。」
「アァ。ばぁばに、元気でっテ。」
「分かった。必ず伝えるよ。」
ゴブは集落に行く2人を見送る。悲しい顔はしたくない。そう思い、笑顔をつくる。不自然でないか、少し不安だがきっと大丈夫だ。
2人の姿が消えるまで見送ったゴブは背を向け、歩き始める。行く先はない。それでも、大切に想うばぁばが幸せでいることを願い、歩みを進める。




