「剣士」
収容所から離れたキサキは七林へと向かっていた。そこに生命の魔術師が暴走させた魔物が発生したという情報を受けてのことだった。
鮮やかな植物に囲まれた七林は普段と様子を変え、凶悪な牙を来訪者に向けるかのような雰囲気を醸し出していた。
「暴走した魔物はどの辺りにいるんでしょうかね…。」
辺りを見渡す。何処を見ても何者かが殺気を放っているように思えてならない。首筋が無防備にさらさへていることへ危機感が募る。
警戒をしつつ進むキサキ。その耳に、大きな轟音が届く。地面が破裂したような音。
「今のは…魔物、でしょうか。」
何かあったと考え、音の方向へと走り出す。足に絡まる蔓を押しのけ、森の奥地へと辿り着く。
そこには想像通り、壺のような形をした植物もとい魔物がいた。
「食人植物…C級の魔物ですね。」
キサキは自身の丈ほどの杖を構える。
「汝よ、虚構と共に在れ。空想へ旅立つ門を開きて、存在と等しき夢想を手向けとせん。『フィアンクシィ』!」
彼の唱えた魔術、『フィアンクシィ』は魔物を従属させるものだった。杖を向けた先、食人植物を従わせるために発動させたのだ。これで暴れる魔物を鎮めさせられる。そんなキサキの考えは暴れ続ける魔物に打ち砕かれた。
「!?効かない…!?どうして…。」
驚くキサキは目にする。緑と紫のグラデーションで彩られた食人植物の身体に妙な文様がびっしりとこびりついていることに。
それは食人植物の動きを煽るように蠢く。
「もしかして…あれが生命の魔術師の魔術…。」
予想する間もなく攻撃はやって来る。食人植物から伸びる蔓が素早く命を刈り取るためにキサキめがけて飛んでくる。
「くっ…。」
魔術が使えないとなればキサキに為すすべはない。逃げの一手を取るしかないと理解するまで、キサキは一瞬硬直した。強靭な蔓が彼の腹を貫く直前。それらは何者かに切り捨てられた。
「怪我はねぇか。キサキ!」
その声は、その太刀筋は、キサキの知ったものであった。
「ケイヤさん!!」
猛々しい赤髪を揺らしキサキを助けたのはケイヤだった。彼はキサキの先輩であり、学生時代に剣士科で世話になっていたのだ。
ケイヤはキサキを小脇に抱え、魔物から距離を取る。
「あいつ…なんか妙な術でもかけられてんのか?」
「はい。恐らく。元より気性が荒くなってるみたいです。それに、早さも増してます。」
「へぇ。そうか。そりゃあメンドーだな。」
そう言いつつもケイヤは大胆に笑う。負けるつもりなどないのだろう。
「そうだ。キサキ。そいつ、よこせ。」
「え。この杖…ですか…?」
「そうだ。」
キサキは驚きケイヤを見る。これを渡してしまえばキサキに戦う術はなくなる。それでは困るのだ。まさかケイヤはキサキを戦わせるつもりがないのだろうか。それほどキサキは頼りないのだろうか。
「で、出来ません。だってこれがないと僕は戦えないんです。………確かに、貴方よりはずっと弱いですけど……。」
「俺はオメェが弱いだなんてはおもってねぇよ。ただ、オメェの使う魔術は身体に害だ。だから使うな。」
「でも、そうしたら、僕に出来ることなんて…。」
「あんだろ。ほらよ。」
そう言いケイヤは脇に刺したひとつの刀をキサキへ投げる。自分で持っているのとはまた別の一振りだった。
キサキは驚きつつも、咄嗟にその刀へ手が伸びる。
「おめぇは俺の後輩だろ。剣士科を卒業したんなら、扱えるはずだぜ。」
「…………僕、収容所にいたんです。だから、きっと腕はなまってますよ。」
「いや。体は覚えてるはずだぜ。おめぇは剣士として戦えるだけの力はある。俺はそう信じてる。」
真っ直ぐな物言いに対し、キサキは後ずさる。こんなところが、キサキは嫌いでそして憧憬の念を抱くところでもあった。
才のない自分を、それでも信じて見てくれる。それがどうにも苦手であった。だが嬉しくもあった。
「………………杖、ケイヤさんに預けます。」
「おう。そうしろそうしろ。………覚悟決まったんなら、仕掛けるぞ。」
「はい……!」
キサキは魔術を行使する杖をケイヤへ渡す。そして受け取った刀を抜く。目標はこちらを気にもとめず、ただ周囲を破壊するばかりだ。故に、仕掛けるのも簡単。
ケイヤとキサキは迫りくる蔓を切り、食人植物の本体へと進む。だが、あまりの物量に地上ではマトモに戦えそうもなかった。
あくまで地上では。
「キサキ!飛べ!!」
「は、はい!」
「いくぞ!柳閃流!『麻渡り』!」
それを拍子にケイヤは刀身をキサキの足元へ移動させる。キサキは彼の行動を理解し、刀身へと片足を乗せた。瞬間。ケイヤは刀を思い切り上に振り上げ、刀身に乗ったキサキを空へと跳ね上げる。
「決めろよ!」
「はい…!必ず!!」
空へ舞ったキサキはそのまま自由落下をする。しかし、狙いははっきりとしていた。無論、壺型の食人植物の本体だ。キサキは強く刀を握り、狙いを定める。
対する魔物は為すがままやられるつもりはないようで、膨らんだ上部を揺らしキサキへ体をぶつけた。体当たりを食らい、一瞬、刀を手放してしまう。
「ちょうど良いタイミングです…!」
予期せぬハプニングにもキサキは微笑む。そして、手放した刀を掴む。刀身からかなり近い位置だ。普通であれば、ろくに触れないだろう。だが、今その場にいるのは柳閃流の門下生として学んだキサキだ。
「柳閃流!『花片裂』き!!」
『花片裂き』は持ちての位置を変え、いついかなる時も攻撃を可能とする技。それすなわち、キサキにとっては予想外のことなど問題ないということ。
キサキの刀が食人植物の本体、その硬い場所へと食い込む。重力も加わり、刀はするするとその肉を断つ。
「………………ふぅ。」
動きの止まった魔物を前に、キサキは息をつく。どうやら本当に、体は刀を、剣士としての自分を忘れていなかったようだ。
「やったな。キサキ。」
「はい…。その…ありがとうございました。ケイヤさん。僕を信じてくれて。僕を、見てくれて。」
「おう。まぁ後輩のメンドーみんのは先輩の務めだろ?」
「そうですね。……僕は引き続き七林に暴れている魔物がいないか見て回ります。」
「俺も行く。2人で行ったほうが早いしな。」
キサキは杖を返してもらうつもりはなかった。何故なら、今の彼はもう以前のように剣士として戦うことを決めたから。




