「己の戦い」
「はぁ。ここに来るのも久々だなぁ。」
トリルは感慨深そうに言う。彼が足を踏み入れたのは金色のもやが漂う『金雲街』だった。視界の悪い中、人々の叫び声が聞こえる。街の中に入った魔物のせいだろう。
じゃらじゃらと鎖の音をたてながら街を歩く。彼は人助けに精を出す人間ではない。魔物の侵攻を止めるというのも、別段乗り気にはならない。
気怠げな彼の視線の先には角の生えた馬のような魔物、『マリアラコーン』がいた。トリルは以前、この魔物を使役していたが、どうにも様子がおかしい。『マリアラコーン』の胴体には明らかに人のものと思える腕が四本生えていたのだ。左右に生えた腕は魔物の首を守るように巻き付いている。
人の要素を含む魔物というのは、如何せん不気味に見えた。
「早く終わらせよ。腹も減ったし。」
金色の靄の中、トリルは『マリアラコーン』へ手をかざす。すると、奇妙な鳴き声を発してさらなる霧を発生させた。
「あー、またその攻撃。前に見たっての。」
ため息をつきながら動揺することなく魔法の発動をさせる。開いた手のひらの先から氷の礫が出現した。それを意のままに操り、『マリアラコーン』へと放つ。
が、突如現れた炎の壁により礫は水蒸気を発して消滅する。
炎は揺らめき、やがて消えた。そこから現れたのは上裸の男であった。トリルの知り合いかどうか、そんなことは忘れてしまった。しかし、一つだけ分かることがある。上裸の男がトリルと同じ草波族だということだ。
彼の背中から生える植物がそれを証明している。
現れたのはひとりの男だけではない。ほかにも女子供老人、皆背から植物を生やした人間がトリルへ視線を向けていた。
瞳があるはずの場所は窪んでいるだけであった。不気味な顔のまま、草波族のひとりが口を開く。
「我が同胞よ。何故我らを攻撃する。」
「…………………なんでって、敵だからだけど?」
「敵?そんなはずはない。我らは同志。草波の民ではないか。思い出せ。今こそ我ら、力を合わせる時。不当に迫害をしてきた輩へ天罰を与えてもらうのだ。」
声高々に叫ぶ男。トリルは僅かな沈黙の後、ぽつりと呟く。
「与えてもらう?」
「あぁ。そうだ。分かるだろう。『マリアラコーン』なる魔物は偉大な力を持つ。この霧があれば、どんな者でも敵ではない。」
「で、魔物風情に従うってわけ。従わせるんじゃなくて。」
「そうだとも。……絶対的な力に従う。それの何がおかしい?」
「おかしいよ。何もかもね。」
ため息をつき、同胞である人々へ憐れみの情を覚える。
迫害されたことへの憐れみではない。自身ではない何者かへ媚びへつらうような様子に対しての憐憫だった。
「絶対的な力に従う、ね。その理論なら、俺達は大人しく迫害されとくべきってことになるよ。だって、草波の迫害は国の力が関与してたんだから。」
「………………。」
「そもそも、俺は誰かに従うのなんて嫌だね。そりゃあ今は従ってるけどこのままじゃ腹の虫が治まらないし。」
「そうか。……つまりは、貴様は同胞ではない、ということか。」
「やだな。同胞だよ。唯一無二のね。」
役者のように大げさに肩をすくめる。残念がってはいない。何せ、彼はこの世の全てを忌み嫌っていたからだ。迫害をしてきた人々も、そんな状況に甘んじてきた人々も。そして、奴隷のようにただ従うことのみに意識を向ける人々も。
「ふんっ。貴様は同胞などではない!」
男はそう言い、魔法を使った。炎がトリルを包む。 空気を燃やす炎は、その勢いのままトリルの身を丸焦げにする。前に、手をかざす。その先からは槍の穂先と等しい氷が飛び出す。
それはそのまま男の胸へと吸い寄せられるように飛んでいく。男は目で追うことも叶わず、トリルの攻撃をまんまと受ける。男だけではない。彼の後ろにいた人々へも飛んでいった。軽々と刺さる氷。その直後、トリルの目の前にいた人間は霧散する。まるでもとより存在していなかったかのように。
再び瞬きをした彼の前にはマリアラコーンが依然として立っていた。
「試練ってやつは、案外つまらないし簡単だね。」
マリアラコーンは鳴き声を発さない。だが、端から期待していないトリルはただ無感情に氷を飛ばす。
先の人々と同じように、マリアラコーンはトリルの攻撃に敗北したのだ。
「はぁ。呆気ないな。まぁS級の魔物じゃないしこんなもんか。あとは…他に魔物が暴れてないか確認…。まぁ、いても雑魚しかいないだろうけど。」
トリルはやや不満を漏らしながら金雲街を歩く。町中は魔物が暴れた余波に襲われ、建物や木々に傷がついていた。また傷を負い倒れる住民や、それを運ばんと抱える人間が道を行き交う。
それらを気にもとめずに進む。トリルは決して善人ではない。いつどこで他人が傷ついていようが手を差し伸べる道理はないと考えているのだ。
しかし、そんな彼はふとあるものを目にして足を止める。
「………何してんの。こんなとこで。」
彼は道の端にいた少年に声をかける。珍妙な人形と共に倒れる人の手当てをしている少年は、紛うことなきカシルだった。
「!トリルさん…!?ど、どうしてこんなところに…。警察隊に収容されたんじゃ…。」
「非常時だから叩き出されたんだよ。で、お前は何してんの?戦えないくせになんでここにいるわけ?」
「それは…ひ、人を助けるためです!」
カシルはおどけながらも、真っ直ぐに答える。その様子を見て、トリルは妙な感覚に囚われた。彼の記憶の中では、カシルはいつだって項垂れて他者から同情を誘うような素振りばかりを見せていたからだ。それがどうにも気に食わず、眺めていたのを覚えている。
「人助けねぇ。お前の出来ることなんて限りあると思うけど。」
「で、でも、何もしないのは嫌なんです。ぼくを助けてくれた人達のように、ぼくもぼくの戦いをしたいんです。もう、誰かの後ろで縮こまっているのは嫌だから…。」
「……………ふぅん。あっそう。」
トリルはその言葉を聞き、カシルへ背を向ける。
「あっ!トリルさん。どこへ…。」
「魔物がいないかの確認。ちゃあんとしなきゃ、あとで文句言われるからね。それじゃ。」
「…………あ、あの。お気をつけて…!」
もう会うことはないだろうと思いながらも、トリルは最後にカシルへ視線を送り、引き続き魔物討伐へと向かう。




