「魔物防衛戦」
幸福の魔術師とフードの男に敗北した3人。そのうち、比較的軽傷だったキサキは腹を刺されたモルスの手当てを行う。清潔な白い布を血が滲む彼の腹へ巻きつける。
「大丈夫ですか。モルスさん。」
「あ、あぁ…。」
キサキ同様、目立った怪我のないトリルもモルスの容態を確認しようとする。が、そんな彼の視界には見知った顔が入る。警察隊を統括する人間だ。その男は魔術に触れたトリルらへ命令を下す立場にある。つまり、彼がここに来たということは次なる仕事が舞い込んだというわけだ。
男と会話を交わしたトリルは溜息をつきながらモルスらに近付く。
「周辺の街々で暴動が起こってるらしい。俺達はそれの鎮圧に向かえってよ。……おっさんは伸びてるし、留守番にしとく?」
「いや…私も向かうとしよう。」
「………気を付けてくださいねモルスさん…。」
心配をするキサキはモルスの顔を見る。キサキの覗いたその表情が、不意に己の息子と重なる。似ても似つかない容姿だというのに、不思議と。追想は僅かな沈黙を生み出す。しかし、状況はモルスらを待ちはしない。白い顔で彼は平静を装う。
「魔術師に一杯食わされたのだ。お返しをしなくてはな。」
立ち上がる。それにつられて2人も暴動を抑えるために、行動を開始するのだった。
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ディランド領の一角。一年中雨が降る『涙の谷』では激しい交戦が続いていた。魔物とそれに付き添う人。対するは一人の少年と猫耳がついた少女だった。
「ホーリー!魔物を上に登らせるなよ!」
「勿論ですにゃ!ご主人様!」
それはレアンとホーリーであった。彼らは己が領地を守るため、暴走している人間と魔物を相手取っているのだ。2人の上部には民間人のいる居住地。敵対している魔物どもを通すわけにはいかない。谷中の狭い道で、2人は雨に足を取られながら武器を振るう。
「ちっ!魚風情が!『フローズン!』」
悪態をつきながら、レアンは杖で魔法を行使する。対象を凍らせる魔法。それを食らったのはアンダーフィッシュと呼ばれる魔物だった。しかし、その姿は従来のものとは違う。青緑に覆われた胴体の下。魚にはあるはずも無い足が、それも人の形をした足が、生えているのだ。数多あるアンダーフィッシュの目玉と相まって、不気味な雰囲気を演出する。
「ナイスですにゃ!『散華鞭』!」
凍ったアンダーフィッシュをホーリーが蔓で粉々にする。一体、また一体と蔓を鞭のように振り回して人々を脅かす彫像をこの世から消し去っていく。だが、ヌメついた魚の大群はとどまることを知らない。人間を襲おうと本能のまま進軍する。
「『フローズン』!『フローズン』!」
「『フローズン』以外使えにゃいんですか!?」
「悪かったね!あいにく使えないよ!でも、俺達が止めないと!」
「ですね!」
レアンはディランド家の跡継ぎとして、ホーリーは仕える人間として、そして何より人々の笑顔を守るため魔物の前に立つ。
2人の固い意志とは裏腹に、状況は芳しくない。圧倒的な数に押されているのだ。無論、退くつもりはない。無慈悲な魔物どもは変わらず鋭い歯をチラチラと見せつける。
「は、はぁ、はぁ。『フロー』、っ!?」
一匹も逃すまいとした意識の糸が、ふと緩む。その隙を狙った一匹のアンダーフィッシュがレアンの肩に食いつく。重力に従って右腕へ血が流れる。顎の力が強いためか、アンダーフィッシュは容易に獲物から離れようとはしなかった。むしろ、離そうとすればするほど白い凶器が肉を侵食していく。
「ご主人様!『散華陣』!」
悲鳴とともに、ホーリーは手にしていた蔓を使ってアンダーフィッシュの体を締め付ける。そのまま息の根を止めようとしてのことだ。
出っ張った岩肌や魔物に巻き付いた蔓を握りしめる。目一杯の力を以て、アンダーフィッシュの首元を絞めた。だというのに、レアンへ食いついた歯は抜けることがない。それに加えて、レアンを襲ったのとは別の魔物が膠着状態にある2人へ飛びかかる。
もはやここまでか。レアンもホーリーも、心の隅では諦めが広がるのを感じた。が、それが中心にまで届くことはなかった。
群がるアンダーフィッシュが光る剣さばきによって欠片となる。一体誰が。口にしようとする直前になって、レアンは該当する人物を目にする。
「とお、さま…?」
細身で上背のある男。丸眼鏡をして神経質そうな顔をした男。見間違えようがない。レアンの父、モルス本人だ。
彼は背後の息子を見ることなく告げる。
「あとは私ひとりで充分だ。下がっていろレアン。」
突き放すような文言。されど、レアン本人は食ってかかった。
「嫌です。俺も、まだ戦います。」
アンダーフィッシュから解放されたレアンは、父であるモルスの腕を引く。そこでようやく、モルスは己が息子の顔をまじまじと見た。我が子の表情は雲に隠れる星などではなく、照りつける日のように力強い。
初めて息子が自身の言葉に首を振った。その事実に呆気にとられつつも、モルスは理解する。彼は既に手を引かなければならないほど幼子ではないということを。
モルス・ディランドの人生はいつだって順風満帆だった。予想外のことなど起こることなく、目の前の現実は彼の夢想と変わらなかったのだ。だが、今はどうだ。想定とは遠く、レアンは自らの意思でこの場に立っているではないか。
瞳を閉じて短く息をつく。
「……………好きにするといい。」
「はい!」
父の答えに満足したのか、レアンは顔を明るくして返事をする。
親子並んでの攻防戦が始まった。




