「決断」
「ししょー。オレ、聞きたいこと、ある。」
ゴブは集落を離れて近くにある洞窟へ来ていた。そこにゴブのししょーが居たのだ。神出鬼没の彼女は何故か、ゴブが会いたいと思った時にタイミングよく現れる。
今回だってそうだ。そもそも、ゴブは彼女のことをよく知らない。魔物として家族と共に暮らしていたら、ある日突然出会ったのだ。
「ゴブちゃん。聞きたいことって何ですか?」
「村の人間、様子が、変。アマルンガム倒しても、治らない。」
「わぁ。それは大変ですね。」
ししょーははぐらかすように答える。ゴブは真剣に聞いているというのに、彼女は飄々とした顔を貼り付けてそこに居る。
「ししょー、オレ、真剣に聞いてる。」
「知ってますよ。でも、聞きたいのはもっと違うことじゃないですか?」
「………いや、オレは、村の人間を助けたい。他のことなんか、」
「ゴブちゃん。君は今、何かに恐れていませんか?」
ししょーがそう言ってゴブに近寄る。小さな体だというのに、そこから出る言葉がゴブ自身をその場に縫いつける。
「君は魔物です。どれだけ人間を想っても、一緒にいられることはありません。」
「ち、ちがう!だってオレは、ばぁば達と一緒に暮らしてた!」
「一時に過ぎません。君も気付いているはずです。うちに秘める加虐性を。」
「か、ぎゃく…?」
「人間を八つ裂きにしたい。粉々にしたい。すり潰したい。こんなふうに感じますよね?」
ゴブの体温が急速に冷えるのを感じる。彼女の言う通りだ。心の内でそんなことを考えなかったときは無かった。
その度に、自身が魔物だということを思い知らされた。それでも、そんな衝動はいつか消え去るのではないかと。人間と共に心から笑い合えるのではないかと、思っていたのだ。
なんて甘い考えだろうか。都合の良すぎる話だ。あるはずもない幻想だ。
「でもね、ゴブちゃん。大丈夫。君は人間になれます。」
「人間に…?」
「そうです。あたちは今、人間と魔物の魂を入れ替える実験をしています。それが成功すれば、ゴブちゃんは晴れて人間になれるんですよ。…………どうです?」
ししょーの言葉にどう答えれば良いか分からない。彼女が何を言ってるのかさえもよく理解できない。
人間と魔物の魂を入れ替える。そんな事が本当に可能なのか。可能だとして、入れ替わった先の人間はどうなる。
ゴブの頭の中は絡まった毛糸のようにごちゃごちゃと散乱してしまう。それを見かねたのか、ししょーは柔らかな声音で告げる。
「今すぐ答えは聞きません。ゴブちゃん、君の意思が固まったらあたちに教えてくださいね。」
魔物として生きるか人として生きるか、選択が迫る。それは一瞬で下せる判断ではない。迷いながらもゴブの足は自ずと村へ向かうのだった。
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ゴブがししょーを訪ねている間も、セイジらは変わらず村で調査を進めていた。しかし、村人の様子を調べても分かることは微々たるもの。村を襲う異変の原因自体は未だ不明だった。
「はぁ。ひと通り回ったけど、何で無気力になっちゃうのか分からないね…。」
クロはセイジの隣で肩を落とす。
「そうだな…。ん?あっちが騒がしいぞ。」
「ほんとだ。嫌な予感がする。行こう!」
2人は村の中で騒ぎのある方へと向かった。するとそこでは村人が他の村人をおそっていた。そのどちらもセイジらは見覚えがあった。
「爺ちゃん、いきなりどうしたんだよ!?なぁ!」
それは青年と老人だった。老人の方は無気力になる症状が見られていたので、セイジらも訪ねたのだがその時とは様子がまるで違う。
青年の抑止も気に留めず、老人は他の村人の腕へ噛み付いていた。
セイジとクロはすぐさま近づき、老人を引き剥がそうとした。が、老人はかなりの抵抗を見せる。
ようやく老人を引き剥がして、落ち着かせるように手足を適当な縄で縛る。
「セイジ、他の脱力してた村人の様子を見に行こう。同じように暴れるかもしれない。」
「あぁ。」
クロの言葉通り、村中の人間は突然暴れ出した。共通点と言えば、先日まで意識がはっきりとしていなかったことぐらい。
だが判明しているのはそれぐらいだ。あとはししょーの元へ向かったというゴブを待つしかない。
日が暮れて、セイジらは今日もばぁばの家に泊まることとなった。2人は一日中暴れる村人を止めることしか出来なかった。原因は未だ分からず、歯がゆい思いをするだけだ。
「ゴブ、何かししょーとやらから聞けたか?」
帰ってきたゴブにセイジは質問をする。しかし、当のゴブは様子がおかしかった。思えば前からゴブは隠し事をしているように感じた。
だが、彼が悪意をもって何かを隠しているとは思えない。 何せ、アマルンガムに襲われた時、身を挺して助けてくれたのだ。見てくれは魔物であっても、セイジはゴブを信じる。
「………オレ、………。」
「言いにくいことなら、お前が言える時で構わない。」
「でも、村、たいへん…。」
「そうだな。だがそれは俺とクロが何とかしてみせるさ。」
「そうそう!それに僕たちの仲間も居るから!2人とも賢いんだよ!」
2人は真っすぐゴブを見る。その瞳に捕らえられたゴブは自身を恥じた。少しでも、ししょーの言葉に惑わされた自分は、何て小さいのだろう。2人はこんなにも信じてくれているのに。
「………村の人が、ぼーっとするのは、多分ししょーのせいダ。ししょーは人間と魔物の魂を交換する実験してるって言ってタ。」
「そうか…。ならば、俺達はお前のししょーを倒さなければならない。」
「ウン。オレも手伝う。」
「大丈夫?」
クロは本当に自身のししょーを倒すのかと、ゴブへ聞く。村のために倒さないわけにはいかないが、何もゴブが辛い思いをしてまで倒す必要はない。自分とセイジだけでも倒すと、暗に言う。
しかし、ゴブは決めていた。
「平気だ。それと、オレはししょーを倒したらもう村には来ない。」
「…………それは、坊やが魔物だからかい?」
今まで口を閉ざしていたばぁばが、ゴブの方を向く。その視線から逃れようともせずに、ゴブは強く頷いた。
「ウン。ししょーが言ってた。魔物は、どうしたって人間と一緒にいれない。いつか、人を襲うッテ。」
だから、自身は村を去る。それがゴブの下した決断だった。
「………その、魔物の性質というのは変えられないのか…。」
「少なくとも、僕はそんな例を知らないかな。……でも探せばある可能性だってある。」
セイジとクロはゴブの選択を受け止められずに居た。だが、そんな2人の様子を見たゴブは言葉を続ける。
「ほかの方法考えてる間に、人を襲うかもしれなイ。それはいやだ。」
「だ、だが…。」
「セイジ、クロ。オレは人間が好きダ。好きだからこそ、離れて暮らス。これは、悲しいことじゃなイ。好きなもののために頑張れるの、嬉しいから。」
2人は顔を合わせる。ゴブの意志は曲がりそうもない。強い言葉と意志に口を出してしまうのは野暮だ。
「坊や、おいで。」
ばぁばがゴブへ手招きする。それに従いゴブはばぁばの元へ近付いた。すると、温かな体に抱き寄せられた。
「それが坊やの選択なら私は口を出さないさ。でもね、これだけは覚えていておくれ。私も、坊やのことが好きさ。どこへ行ったって、我が子のように想ってる。」
一人と一匹は静かに抱き合う。その姿によって、セイジとクロはゴブの選択を認めざるを得なかった。そして、今はただ穏やかな時間を見守る。




