「望む言葉と結果」
セイジらと別れたゴブはひたすらに走っていた。目的地もなく、ただただ走っていた。
そうして息が切れて膝をつくと、元いた場所からだいぶ離れてしまったようである。
彼はクロの言葉を、顔を、反芻する。
魔物であるゴブは害しかなさないという言葉。拒絶を孕んだあの表情。フラッシュバックする度に、ゴブの鼓動が早くなるのを感じる。
「オレ…迷惑…。でも、ばぁば達は、いつも笑っていっしょにいてくれて、」
けれど。もし彼女達の微笑みが嘘だとしたら。魔物に害されないようにする防衛だとしたら。
今のゴブにはあり得ないと断定は出来ない。何故なら彼は魔物で、本来人とは共存できない生物だから。
ならばこのまま集落へ戻らずに、同じ魔物の家族と過ごすべきなのかもしれない。
しかし、心の何処かでそれは嫌だと訴えかけていた。いつも叱られてばかりのゴブが、初めて誰かを笑顔に出来たのだ。
食事の用意を手伝った時、畑仕事を手伝った時、お茶摘みを手伝った時。その時確かにばぁばや村の人々から褒められ、認められたのだ。
「オレ…どうしよう…。どうすればいいんだろう…。」
「あれ?ゴブちゃん?どうしたんですかぁ?」
「ししょー!」
ゴブにししょーと呼ばれた人間は幼い少女の形をしていた。黄緑の髪を三つ編みに結っている少女は屈んでゴブに話しかける。
「ししょー、オレ、魔物だから、めいわく?」
「うーん。人間ちゃんにそう言われたんですか?」
「そう。人間にとって、オレはジャマだから。いっしょに居られないって。」
「ゴブちゃんはどうしたいんですか?」
「オレは…皆といたい!でも、」
それでも、自身がいることでばぁば達の迷惑になってしまうのなら。それなら、やはり魔物として集落を離れようと考える。
己の考えを言い切らないゴブに対して、見透かしたように少女は話しかけた。
「ゴブちゃん。取り敢えず、人間ちゃんともう一回話してきませんか?せっかくお話出来るんですし。ね?」
彼女の答えを、ゴブは何処か期待していたのかもしれない。だが、欲しかった返答を受け取っても、彼は動けずにいた。
確かに、少女の言う通り話をしに行けば解決策が出る可能性はある。
しかし、再び拒絶される可能性だってあるのだ。今一度、魔物は害だと切り捨てられたら立ち直れるか分からない。
失敗と拒絶への恐怖が、ゴブの行動を妨げる。幸か不幸か、こんな悩みを持つのは人間と対話が出来るからだ。
「…………し、ししょーが代わりに話をして欲しい…。」
「それは駄目ですよ。」
「な、なんで。」
「だって、一緒にいたいっていうのはゴブちゃんの気持ちなんですよね?なら、ゴブちゃん自身が自分の言葉で話に行かなきゃ駄目です。あたちは応援ぐらいしかしません。」
ぴしゃりと言い切った少女は、宣言通り折れる気配がない。どうあっても、ゴブはその身一つで話をつけにいかなければならないようだ。
「ゴブちゃん。君の人間ちゃんと一緒に居たいっていう気持ちはその程度なんですか?」
「え、」
「本当に人間ちゃんと一緒に居たいなら、少しの恐怖だって打ち消せますよ。ほら、人間ちゃんと一緒にいて楽しかった時を思い出して下さい。」
促されるまま、人間と共に居た時間を思い出す。魔石の採掘場で倒れた村人を介抱した時、依頼でやって来たセイジが自身を信じると言ってくれた時、魔物である自分にばぁばが言葉を教えてくれた時。
そのどれもがゴブにとっては未知で、楽しかった記憶である。波乱はあれど、彼の中では大切な経験だ。
これからも、そうして人間と共に歩みたい。温かな記憶から勇気を受け取ったゴブは再起する。
拒絶されるのを恐れている場合ではないのだ。
「ししょー!オレ、話してくる!」
「そうですか。いってらっしゃいゴブちゃん。」
走り去るゴブを見送る少女。結果として彼の背を押した彼女だったが、母親のような慈愛を由縁とした行動ではなかった。
彼女にとって、ゴブが傷つこうとつかまいとどうだって良い。
「さてと!ゴブちゃんはどんな結果を持ち帰ってくれますかね。」
ご機嫌な調子の少女は、ある種研究者のような眼差しをゴブへ向けるのであった。




