「融解」
セイジと別れた後、クロはただ一人でアマルンガムを探していた。探すと言っても、周囲は見晴らしがよく遮蔽物のない場所である。
ざっと見渡すだけでもアマルンガムなど居ないことははっきりしていた。
そのためクロは集落の周辺だけでなく、少し足を伸ばすことにする。彼が訪れたのは痩せた土地から続く岩肌の露出した場所であった。
そこには魔石が取れる洞窟があり、そこかしこにこびりついた苔が陰鬱な空気を形成している。
灰色の岩に手をつきながら、クロはアマルンガムを探す。今はそれしか出来ない。
兎にも角にもアマルンガムを倒して、困っている村人を助けなければ。頭の中はそれだけを考えようと励んでいる。
ただ一心に依頼をこなす。そう思っていても、無駄なことばかりが頭をよぎって仕方ない。
何故セイジは魔物を警戒しないのだろう。魔物は害でしかないのに。その害を取り払うことで、クロはまた善き人間に近づけるのだ。
故に彼は困っている人を救うのは勿論、傍迷惑な魔物と仲良くだなんて御免だ。
そんな彼の考えや、願いはセイジとて知っているはず。それでも彼が魔物を庇ったのは、甘さが由縁してか。
「………………僕が変わるのを手伝うって、言ったのに…………。」
クロはセイジの言葉を思い出して呟く。どんよりとした雲に覆われた空間では、小さなぼやきは生まれてすぐ消える。
だが、クロの中では確固たるものとして残っていた。確かにセイジは言ったのだ。クロが変わるのを、善き人間となるのを手伝うと。
だからこそ、クロは魔物を倒して人々を助けることに精を出そうと再起したのだ。
それなのに。それなのに、セイジはあろうことか魔物を庇った。彼にとっては耐え難い真実。
裏切られたような心地のまま、クロはアマルンガム探しを続ける。
小石を蹴りつつ周囲の探索を終えたクロは、何の収穫も得ることが出来なかった。そのため一度集落へ戻るのだった。
―――――――――――――――――――――――
「おかえりなさい。おや、他の坊やはどうしたんだい?」
「えと、今は別々に行動してます。」
「そうかいそうかい。まぁ、疲れただろうし休憩といこうじゃないか。うちにおいで。」
集落へ赴いたクロは、老婆に促されるまま彼女の家へついて行く。
腰は曲がっているものの、中々のパワフルさを背後から感じた。
「はい、お茶。」
「ありがとうございます。」
「いえいえ。」
彼が通された家は煤か土埃か不明な汚れがこびりついていた。薄汚れた外装と同様の、赤茶の壁がクロの座る空間を囲む。
中はシンプルであり平凡な机と椅子、そして暖炉が設置されていた。
「どうだい、味は?」
「美味しいです。とても。」
「それは良かった。このお茶、あの子と摘んだからねぇ。」
「………………あの子って、」
「坊や達についてったゴブさ。」
ゴブ。今一番耳にしたくない名前である。姿を思い起こしたくない魔物である。
だというのに、目前の老婆は嬉々としてゴブと名を呼び話をする。
クロは不思議でならない。どうして老人は魔物を難なく受け入れているのか。やろうと思えば、魔物はその強靭な力で老人を傷付けてしまうというのに。
いや。そこで、クロの思考は止まる。何か認め難い考えに至ってしまいそうだったからだ。
「坊やはもしかしてゴブと仲良しではないのかい?」
「そう、ですね。あまり受け入れられないというか。」
「まぁ、あの子は魔物だからね。仕方ないのかもしれない。でもね、これだけは知っていて欲しいんだ。」
老婆は一瞬カップの中を覗いて、それからクロへ視線を移す。そして温和な笑みと共に言う。
「たとえ魔物でも一緒にお茶摘みが出来て、その上美味しいお茶が作れるってことを。」
もしや、この老婆はクロの考えを見抜いているのかもしれない。そう思わせるほど彼女の発言はクロにとって大きなものだった。
魔物であっても共存している。その事実が形となって、言葉となって、クロに証明されたのだ。
彼は先の自身の考えを終わりまで導く。
どうして老人は魔物を受け入れているのか。それは力のある魔物が、わざわざか弱い老人との共存の姿勢を見せているからに違いない。
彼女達の共存の形は、クロが既に目にしたのだ。だから、この結論に偽りはない。
「その、実はゴブさんが何処かへ行ってしまって。心当たりとかはありませんか?」
「そうねぇ。あぁ、師匠に会いに行ったのかもしれないわぁ。場所を教えるわね。」
「ありがとうございます。」
「いえいえ。仲直り、出来ると良いわねぇ。」
「はい。きっとします。」
ゴブと会って話をして、その後セイジへ謝ろう。
凝り固まった彼の思想は、一杯のお茶に溶かされ新たな決心の礎となるのであった。




