「君は僕」
キサキは苛立っていた。それは、目前の男のせいに他ならない。
男、即ちクロは言った。自分と同じだと。そんな事があるか、あってたまるか。
強く歯噛みして、己の身長程の杖を構える。相手が構えたのを見て、クロも小さな杖を取り出した。
「汝よ、虚構と共に在れ。空想へ旅立つ門を開きて、存在と等しき夢想を手向けとせん。『フィアンクシィ』!」
両手で杖を握って、キサキは魔術を発動させる。その瞬間、右手の甲に激痛が走る。痛みは右手から、順々に全身へと迸る。
この痛みは代償だ。才のない自身が過ぎた力を求めた代償。キサキとて、理解して魔術を使っている。
『フィアンクシィ』によって、彼は今、魔物を思うがままにできる。キサキの元にやって来たのは妖精ピピアンだ。
つんざく鳴き声を発したピピアンは、体に奇妙な呪文を刻まれながら光の粒と共に現れた。
ピピアンの到来は七林の豊穣を意味する。地中の水分が表象して辺り一帯は浅瀬の湖となった。
光を反射する水面は全てを映している。キサキの不服な顔も、調子を取り戻したピピアンも、キサキへ語りかけたいクロのことも、全て。
そして、影がもう1つ。それはキサキの招いた客。未だクロが気付かぬ客。
客人は地中からクロ目掛けて這い出る。勢いは凄まじく、地面はめくれ上がっていた。
そこから這い出たのは大きな角を持った魔物。牙散土竜と呼ばれる魔物は刺々しい肌を露出させて、クロを襲う。
足場を崩されたクロは、何とか体を落ち着かせようと思い、杖を振るった。
「『フローズン』!」
「無駄ですよ!牙散土竜を凍らせることなんて出来ません!」
「構わないよ。凍らせるのは魔物の方じゃない。」
クロの馬鹿馬鹿しい行動を嘲笑うキサキであったが、彼の思惑は別にあったようだ。
『フローズン』で凍ったのは牙散土竜などではなく、その魔物が撒き散らした岩盤や土の塊。
それらを凍らせることによって、クロの足元は頑丈な足場へと変貌した。
やや滑りやすいものの、空中に投げ出されることはないのだ。ひと息ついて、クロは更に追撃を行う。
まずは体に纏わりついている粘液を取り除からなければ。クロの皮膚には甘い香りが漂う液体が張り付いている。
妖精ピピアンの仕業だ。時間が経てば、液体に体中が侵略されて息もままならないようになるだろう。
「『ソメラック・ボム』!」
クロは腰を屈めて魔法を放つ。『ソメラック・ボム』は地面を爆破することが出来るもの。
その衝撃で彼は自身の身を纏う粘液を吹き飛ばす。近距離で魔法を受けた為、一時的に粘液は彼から剥がれる。
肩が軽くなったクロは次なる手を打つ。
「『フラー』!」
凍ったうえにひときわ大きい岩盤を浮かせる。再び機会を伺っていた牙散土竜は好機とばかりに構えた。
そして岩盤目掛けて脅威的な角を突き出して、勢いのまま破壊する。
無論、クロはそこにはいない。牙散土竜の餌食となったのは浮上した岩盤と妖精ピピアンであった。
うまく岩盤の後ろにピピアンがいるように調整したクロの狙い通り、牙散土竜はピピアンを倒してくれた。
その隙にクロは牙散土竜の間近へと近付く。
極限までわざわざ近づいたのには訳がある。何も無意味に危険へ飛び込んだのではない。
クロは牙散土竜を注視する。魔物の皮膚は固く、恐らく並の攻撃では通らない。
しかし、通す方法はあるのだ。刺々しい皮膚の僅かな隙間。そこが弱点と言える。
「『ウィンド』!」
小さな勝利への糸口を決して見逃さない。彼は杖を振って風の刃を巻き起こす。
棘と棘の間に不可視の刃を滑り込ませた。そして容赦なく魔物の体を切り刻む。
ピピアン、牙散土竜、何れもクロの前で倒れて地面に伏している。
「キサキくん、もう魔物は居ないんでしょ?君の負けだ。」
「ま、まだ、僕は、」
「……………『ウィンド』」
往生際の悪いキサキへクロは再び風の刃を向ける。それは的確に彼の手を傷付けて、杖を手放させた。
武器を失い、力に見放されたキサキはその場に倒れ込む。そこへクロは近寄り己の心情を、シンパシーの所以を語る。
「キサキくん、僕は多分君なんだと思う。」
「どういう意味ですか。貴方には才能があるじゃないですか。貴方が僕であるはず、ないじゃないですか。」
「僕たちの違いは才能の有無じゃないよ。近くに仲間が居るか、救ってくれる人が居るか、その違いだよ。」
クロは人に言えないようなことにも手を染めてしまった。それでも、ハッドラーに拾われてギルドにまで入れてもらった。
そのうえに、仲間にも恵まれた。彼は人に恵まれたのだ。
もし、キサキもハッドラに拾われてセイジ達と過ごしたら魔術に手を染めることもないだろう。
だからこそ、彼はクロなのだ。神に見捨てられた自分なのだ。故に、キサキをこのままにしておきたくはない。
「僕は色んな人に助けられた。だから今度は君の力になりたいんだ。」
「はははっ、救ってあげようってことですか?僕は不幸な人間だから?とんだ驕りですね。」
「驕りでもいいよ。それでも、君の力になりたい。僕を助けてくれた人達はそうするだろうから。」
「……………あーあ。僕って、ホント運がないんですね…。」
今さらクロと出会ったキサキは、己の運を呪いながらも差し出された手を掴んで起き上がるのだった。




