「ケイヤの怨嗟」
「汝よ、虚構と共に在れ。空想へ旅立つ門を開きて、存在と等しき夢想を手向けとせん。『フィアンクシィ』。」
ケイヤの後輩、キサキはそう唱えて捕らえた妖精ピピアンへと杖を向けた。
それに呼応してピピアンの青く透き通った体に文字が浮かび上がる。
彼の使った魔術によってピピアンは身を悶えさせて苦しむ。がしかし、時間が経てばピピアンの歪んだ顔ももとに戻った。
そして、悪辣な笑顔と共に何処かへ飛んでいく。
「……いってらっしゃいピピアン。精々、セイジさんたちを混乱させて来て下さい。」
朗らかに笑いながら、彼は手を振り見送った。
別段、セイジらに恨みつらみを持っているわけではない。ないのだが、彼らはケイヤの友人だ。
ならば、しばらく慌てふためいてもらおうかと考えたのである。
黒い瞳をらんらんと輝かせてキサキは待つ。今のところ、怖いくらいに彼の思惑通りに事が運んでいるのだ。自然と足が弾む。
今の今まで、自身の人生ではこれっぽちも上手くいかなかったのに。自身の才の無さに打ちひしがれていても、救い出されることは無かったのに。
心の内に沈む不満が僅かに浮かび上がる。キサキはそんな自身の状態に気付いて頭を振り、思考を切り替える。
「おいキサキ。何してんだ?」
「ケイヤさん!いえ、何でも。」
「そうか。まっ、明日に備えて早く休むんだな。」
「はい!おやすみなさい!」
やって来たケイヤへ挨拶を済ませてキサキは気を取り直す。
休めと言った彼の気遣いはありがたいものではあったが、同時に煩わしくもあった。
それでも、明日から本格的に元認定ギルドの女と戦うのだから、彼に従って休もう。
夜が明けた後、先輩であるケイヤはどんな顔をして戦いへ臨むのだろうか。それを楽しみとして、キサキは眠りにつくのだった。
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キサキと別れた後、ケイヤも明日に向けて眠りにつく。
深い眠りへ向かうはずだった彼の意識は、夢という形で浅い眠りにたどり着いてしまった。
『あんちゃん!また転んだのかよ!』
『いや〜ごめんケイヤ。僕、気を付けてはいるんだけどね…。あっそうだ!ご飯は食べたかい?まだなら一緒に食べよう!』
『ま、まだだけど…それより手当てしようぜあんちゃん…』
落ち着きのない男へ、少年であったケイヤは言う。彼があんちゃんと呼ぶ男は、血の繋がった兄というわけではない。
ただ、近所に住んでいて放っておけないからこうして一緒にいるのだ。
あんちゃんに誘われるまま、ケイヤは彼と食事をとった。好き嫌いの多いあんちゃんは、ケイヤよりもひと回り年上であるのに苦手なものを押し付けてくる。
それに対して、ケイヤは決まって皿を戻して言うのだ。大人なんだから好き嫌いはいけない、と。
困り眉でだらしなく笑うあんちゃん。抜けてるところもあって、心配が絶えないが、彼は草波族の一員として立派に働いているらしい。
実際に見たことのないケイヤは半信半疑だが、疑いの目を受けられるあんちゃんはいつかビシッとした姿を見せてやると答える。
疑ってはいるものの、ケイヤは仕事をする為にしっかりしたあんちゃんを見たいと思ってはいた。いつか見られるといいなと思っていた。
残念ながら、幼いケイヤのささやかな願いは踏みにじられる形となる。
あんちゃん達は仕事へ行っていた。当時、一部の草波族は国の要人らを暴行して事件を起こしていた。
そうして深まった草波族と国の溝を埋めるため、あんちゃんを始めとした草波族の人間が和解へ向かった。
だが、和解の場と指定されたそこで行われたのは、ただの虐殺である。和解だなんて嘯きながら、国の連中は無抵抗な草波族へ刃を向けた。
現場へ向かったケイヤはうまく体に力が入らなかった。彼の目前には無残な死体が塵のように転がっている。
『あ、あんちゃん…ま、また怪我してるぜ…。俺が、俺が治すから、それで、またご飯にでも…』
その中でも特に、あんちゃんの死体は酷かった。顔は腫れ上がり、打撲により紫と赤が目いっぱい広がっていた。
右腕はねじ切られており、腹には痛々しく文字が刻まれていた。
『野蛮な辺境人を浄化せよ』
一言、そう刻まれていた。
勿論、こんな行いに黙っている草波族ではない。此方も度々反撃を行った。
幼いケイヤはその活動に参加することは出来なかったが、国への不満は変わらず持っている。
国へと大々的に反乱を起こす。その前に、草波族は浄化と称されて討伐されてしまった。
これが後に言う、『マルジノー征伐』だ。そうして過激派の草波族はほとんどがこの世から去ることになる。
それでも、ケイヤは忘れない。国が草波族を裏切り暴虐の限りを尽くしたことを。国から雇われた認定ギルドが理不尽に草波族を侵略してきたことも。
だからこそ、彼はいつか認定ギルドの一員となって同じ事をさせまいと決心したのだった。
その前に、今、草波族を害そうとしている女を倒さなければ。
眠りの中でケイヤは明日に向けて静かに、しかし猛々しく目標を定める。




