「霧は剥がされる」
トリルは、セイジ達へ手をかざす。これは魔法を使う予兆だ。草波族である彼は、魔導具いらずのうえに呪文も必要としない。
故に、手のひらを向けられた瞬間に警戒をしなければならないのだ。
「セイジ、彼は草波族です。気をつけて下さい。」
「分かった!」
交戦経験のあるハクエは事前に注意を促す。知らなければ、不意打ちで攻撃を受けることもあるのだから気をつけなければ。
彼女の言葉通り、トリルは伸ばした掌から氷の礫を生成してセイジら目掛けて飛ばす。
顔半分ほどの大きさである氷は、その勢いをもってして人を傷つけようとしている。
セイジはそれらに打ち勝つために、斧に付随するダイヤルを回す。使いたい魔法はただ一つ。
「エッフル!」
魔法を唱えたと同時に、相手から氷の礫が飛んでくる。セイジは何とか間に合ったかと思った。
彼の魔法によって、斧は2つへと増える。飛来する氷を撃ち落とすために、斧をひたすら振るう。
一つのみでは全て落とすことは出来なかっただろうが、こちらには魔法で増やした斧があるのだ。
『エッフル』のお陰もあって、飛んできた氷は一応、ハクエ達へ当たらずにはいた。しかし、その状況も長くは続かない。
何しろ、トリルの飛ばす氷には際限がないのだ。永遠とも思えるほど、攻撃は続く。次第にセイジの方は疲れゆく。
それを目にしたハクエはふと疑問を浮かべる。いくら草波族でもこれ程の魔法を間髪入れずに使い続けられるのはおかしい。
草波族が可能なのは魔導具いらずで魔法を使うことのみ。つまり、魔法に必要なエネルギー量は変わらないのだ。
セイジの皮膚を裂くほどの威力を見せた氷を出し続けられるのは変な話。周囲のエネルギーも減ってしまうはずなのだから。
そこで気付く。トリルは氷を使った魔法のみで攻撃してくることに。何故、男は氷に拘るのか。これが鍵になる。
氷で攻撃せざるをえないのだ、きっと。通常の魔法で氷を出すのなら、周囲のエネルギーを氷へ変換する形をとる。
が、恐らくトリルの魔法は違う。彼の魔法は周囲のエネルギーではなく、漂う霧の水分を氷へと変換しているのだ。
クロも『フローズン』を使って対象を凍らせられるが、それはエネルギーを使ってのこと。
対するトリルは水分自体を凝縮させている。はなから違う魔法ということだ。
仕掛けは分かったものの、この霧が晴れなければ継続的に相手は氷の礫を差し向けてくる。
重苦しい霧を晴らすにはマリアラコーンを倒さなければいけないが、その魔物はクロ達と共に姿を消してしまった。
ハクエはただ、クロ達がマリアラコーンの試練とやらをクリアして追い払うことを祈るばかりだ。
「セイジ!相手の魔法はこの霧がある限り続くと思います!クロ達を信じてしばらく耐えれますか!?私の回復魔法もあります!」
「勿論だ!任せてくれ!」
重たくなった腕を無理くり動かして、セイジは元気に答えた。
動きは鈍るばかりで精確なものではなくなってきているが問題ない。
何せ、後はクロとケイヤを信じて待つだけなのだ。仲間を信じるのはセイジにとって得意以外の何ものでもない。
そう感じたセイジは高揚感を伴う、一種の興奮状態に陥いる。間延びした動きもまた、キレは先程までと比べものにならないぐらい鋭くなった。
「何だよ何なんだよ!俺はあと少し!もう少しで思い通りに!楽しく!生きられるんだよぉ!」
「悪いが思い通りにいかせるわけにはいかない!お前達は、必ず、ここで倒す!」
カシルのためにも、クロの決意のためにも。セイジははっきりと言い切る。
それに呼応するかのように、彼らを包み込む金色のベールは剥がされた。体がすっと軽くなる。
「いい啖呵だなセイジ!」
「ケイヤ!クロ!早かったな!」
「まぁな!俺達にとっちゃあマリアラコーンの試練なんか屁でもねぇよ!そうだよな!」
「うん!もう逃さない!『ウィンド』!」
霧から解放されたケイヤとクロはセイジの言葉を受けて、即座にトリルへの攻撃へ移った。
今度こそ、己の魔法で相手を倒す。その強固な意思でクロは杖のダイヤルを回した。使用した『ウィンド』で風の刃を作る。
トリルは氷の壁を形成しようとしたが、それは叶わない。氷を作る糧となっていた霧は既に無いのだ。
障害のない相手へと、クロの風の刃は届く。綺麗な弧を描いたそれは、トリルを刻む。
「ぐっ。くそっ、くそっ、くそっ。」
「同胞として同情はするぜ。でもそれはそれとして、オメェはここで大人しくしてもらう。」
痛みに怯むトリルへ近付くケイヤは、容赦なく彼のみぞおちを拳で打つ。
フルパワーともいえる打撃によって、トリルの意識は手放された。
周囲の『席連れ』構成員もリーダーが討ち取られたのを見て、戦意を失ったようだ。各々、手を挙げるなり武器を捨てるなりして降伏を示している。
「良かった。これで終わったか…。」
いっときの興奮状態から脱したセイジの体へは、思い出したかのように倦怠感が襲いかかる。
戦いの終わりを知り、力の抜けたセイジは床へと倒れ込むのだった。




