「変わりたかった」
「サウンドゼム!」
クロは躊躇なく魔法を使用する。彼の呪文と共に、地面は音をたてて砕けた。
対峙しているセイジとケイヤは各々、武器を地面に刺して反動で少し飛び上がる。セイジはアドバイスを受けた通りに、刃に近い部分を持って疲れにくいように心掛けた。
「リキッド・フラー!」
砕かれた岩石をセイジは限定魔法で浮かせる。これで足場は整った。あとは駆け上がるだけだ。
「俺はハクエを先に止める!だからオメェはクロだ!」
「分かった!」
浮遊する点々とした岩場に飛び移りながら、ケイヤは指示を出す。彼の作戦は的確だ。
クロを倒してもハクエが回復してしまう可能性がある。だから、先に倒すならばハクエだ。
頼もしい彼の背中は、魔導書を構えるハクエへと向かう。それを確認したセイジも、己の役割を果たすために温存していた体力をフルで消費しようと斧を持ち直す。
少しでも早く、斧がクロへ届くように。ケイヤがハクエを倒したのを見計らって攻撃する。
「考え直してくれないの?セイジ?」
「………悪いなクロ。もう決めたんだ。だが、俺達は仲間だ。それだけは、絶対、変わらない。」
彼の斧が、杖に届く刹那の間にクロはセイジへと訴えかけた。が、もう心揺さぶられるセイジではない。
自身の想いを伝えて、クロの持つ杖を弾き飛ばす。
これで、戦いは終わりだ。
――――――――――――――――――――――――
「……ん?あれ?俺達は、何を…」
クロ達に勝って気を抜き瞬きをすると、いつの間にか周囲には霧が立ち込めていた。金色のベールはセイジとケイヤを包んでおり、無論、クロ達の姿は確認できない。
「セイジ!マリアラコーンは退散したみてぇだ。」
「そ、そうか。良かった。」
彼の報告を聞いて、今度こそ安堵する。長く息を吐いて肩の力を抜いた。
先程まで戦っていたクロ達は幻だったのだろうか。もしかするとマリアラコーンによる魔術だったのかもしれない。
魔術に明るくないセイジには判断のつかないことだったが、なんにせよ魔物をのけられたのなら僥倖だ。
時間も遅くなってきた。夜の寒さが体の髄にまで浸透してしまう前に宿へ帰ろう。
そう思ってセイジとケイヤは歩くのだった。
―――――――――――――――――――――――
僕には名前がなかった。いや、僕だけじゃない。周囲の人間は皆、名前なんて持っていなかった。
でも、それでは不便だからと気付けば、僕には名前が付いた。
髪が黒いからクロ。単純で分かりやすくていい。
今日も生きるために仕事をする。僕の仕事は、きっと褒められたものじゃない。蔑まれてしまうものだと思う。
腰に刺した短剣を強く握る。掌より少し大きいぐらいのそれは商売道具であり、御守りでもある。
仕事へ向かうために一人、右足と左足を動かす動作を続ける。いつも通り、金持ちに頼まれた物を盗んだり、頼まれた人を殺したり、とにかくルーティーンをこなす。
「ねぇママ〜今度あそこに連れてって!」
「うーん、パパと相談してからね。多分、次のお休みとかに行けるかしら。」
「ほんと!?やったぁ!」
「…………。」
僕には家族もいないし友達もいない。親しい人間なんていない。それでもいいと思える人間だったらよかったけど、そうじゃなかった。
誰かそばにいて欲しい。でもきっと、人に言えない仕事をする僕が人に囲まれるわけないのは分かってる。
和気あいあいとする親子を横切って、僕は今日も仕事へ行った。
その日の仕事は端的に言うと失敗した。仕事道具兼御守りの短剣はひどく鈍って、対象の人間を殺すことは出来なかった。
直ぐに警備隊へ捕まえられた僕は、冷たい金属の檻に入れられた。
誰も手を差し伸べてくれることなんてない。だって今まで他人を踏みにじって行きてきたんだ。こんな人間に、情を掛けるのは神様くらいかな。居るのかどうかは知らないけど。
そんなふうに考えて過ごすある日、僕は神様の存在を信じることになった。
薄汚い僕を、どうしようもない僕を、助けてくれる人がやってきたのだ。
「おう、坊主。今日からお前はうちで預かる。馬車馬みてぇに働けよ。」
しゃがれた声で男は僕に言う。繋いだ手には水分がなく、まめがひっついて硬かった。
そして何より男の手は温かった。
「あの、貴方は、何で僕を、」
「お前さんには未来があるからだよ。それと、俺の名前はハッドラだ。ギルドをやってる。」
「ぼ、僕はクロです。よろしく、お願いします。」
僕を拾ってくれた男、ハッドラとの日々は楽しかった。勿論、勉強は大変だったけれど育成学校にも通わせてくれて、考えられないぐらい幸せだった。
でも、幸せだと思う度に考えてしまう。自分にはそんな価値なんてないのにと。
「おいクロ。お前さん、入るギルドは決まったか?いや、やりたいことでもいいけどな。」
「その、決まってません。ただ、ハッドラの役にたちたいです!」
「馬鹿野郎。俺の為にテメェの人生を使うんじゃねぇよ。お前さん自身、何か変えたいことはないのか?」
「変えたいこと…それは、」
それは、自分自身だ。価値のない自分の人生に、少しでも価値を、意味を、見出したい。
罪滅ぼしでもあると思う。今まで、人の命を身勝手に奪うこともあったから。
「僕は、自分を変えたいです…。でも、どうすればいいか分からない。」
「なら人助けでもするんだな。ギルドはうちの『宿り木』にでも入れ。ある程度、自由なところだぞ。」
ギルド『宿り木』。ハッドラが管理しているギルドだ。ここは来るもの拒まず、逃げるもの追わずの自由なところであった。
それに加えて、問題のある人間を更生させる目的もあるようだ。
僕はハッドラの勧めもあって、『宿り木』に入った。ギルドに入った後は、基本、パーティを組む。
自分なんかと組んでくれる人間など、とも思ったがギルドで活動するには、パーティが不可欠。勇気を出して同年代ぐらいの少年へ話しかける。
「ね、ねぇ、君、パーティ組んでる?良かったら僕と組まない?」
「!良いのか!是非、頼む!俺はセイジだ!」
「よ、よろしく!僕はクロ。」
セイジと名乗った少年は、良いところの息子らしい。僕は金持ちに良いイメージなんてなかった。
以前していた仕事の大半は金持ちから依頼されたからだ。邪魔な奴を消せとか、必要なものを盗めとか、そんなことを頼む奴らばかりだった。
まぁ、その人たちのお陰で生活出来ていたのだけれど。
しかし、セイジは出会った金持ちとは違った。いい意味でも、悪い意味でもとにかく無知だった。
なんにでも驚くし、喜ぶし、悲しむ。一緒にいて飽きなかった。楽しかった。
パーティの仲間も増えた。ケイヤとハクエはしっかり者で頼もしい。
きっと、この人達と一緒なら、僕は変われると思う。沢山人を助けて、沢山感謝されて、善い自分に変われるはず。そう、思った。




