「分からない」
「カシルくんはここに泊まってるの?」
「うん!あっ、少しゆっくりしていってよ!まだ外は危ないかもしれないし!」
「ありがとう。それじゃあお言葉に甘えようかな。」
『席連れ』の男をのけた3人と1体はカシルの泊まってる家にお邪魔していた。
カシルの父は現在、金雲街に療養中でありカシルはお見舞いのためにこうして泊まりに来ているのだ。
こんな幼い子供を一人で宿泊させるのは心配でないのかと思わずにはいられなかったが、むしろ逆なのかもしれない。
カシル自身が心配をさせないために、説得をして金雲街にまでやって来ている可能性もある。
そんな彼の力に少しでもなりたいと、クロは思った。
「カシルくんは凄いね。一人で泊まってるんでしょ?」
「うん!ママは心配してたけど大丈夫ってぼく言ったの!」
「あははっ、そっか。でも本当に困った時は言ってね。力になるよ。」
その言葉に、カシルは顎を引いて頷く。彼の顔が強張っているように見えたのは、果たして気の所為なのか。
そんなことを気にする間もなく、トラブルは次から次へとやって来る。
大きな物音が彼らのいる部屋、その奥から聞こえてきた。クロ達は勿論のこと、カシルも怯えを含んだ驚きが発露している。
「どうしたんでしょう。見てきますね。」
「あっ、いや、」
「ちょっとちょっとぉ!カシル!お茶菓子の一つもないんだけどぉ!」
「………この声……。」
クロの耳に届いたのはつい先ほども聞いた声である。その主は『席連れ』に所属しており、草波族の男に違いない。
どうして『席連れ』の男がカシルを親しげに呼ぶのだろうか。そもそもどうして彼の宿泊している施設に侵入しているのだろうか。
細い糸がたぐり寄せられて完成した結論は、クロにとって最悪のものでしかなかった。
だが、カシル少年には何かしらあったと予想はしていたのだ。何故なら、彼の母親が免罪をかけられた時、直ぐにその容疑ははらされたのだ。
カシルにそのことを聞いても快い返答は帰ってこなかった。つまりは、その時からカシルは『席連れ』とつながっていたのかもしれない。
「あれぇ?さっきの奴らまだいたんだ。あー、もしかして『席連れ』に入信するクチ?」
「………トリルさん、違います。その、クロさん達はぼくの恩人で、」
「ふーん。まっどうでもいいや。お茶菓子ある?」
「えっと、」
言葉を濁らせながらも、トリルと呼ばれた男の顔色を曇らせないためにカシルはそそくさとお菓子を探す。
その様子をクロは眺めることしか出来ない。どうすれば良いのか分からない。
今すぐカシルをトリルから引き離すか。でも、その男はカシルを助けたのかもしれないのだ。クロが救えなかった時に、手を差し伸べたのかもしれないのだ。
鼓動がいやに喧しく聞こえる。ただ、棒立ちのクロ。彼とは違う人間がこの場にはもう一人いた。
「待って下さい。トリルさん、ですか?貴方は違法団体の『席連れ』に入信していますよね。」
「は?それが何?」
「ならば見逃すわけにはいきません。拘束の後、警察隊へ引き渡します。」
「っ!ハクエさん、待って!トリルさんは、『席連れ』は、ぼくを助けてくれたの!」
警戒を強めるハクエと面倒そうに対処するトリル。その間を縫うように、小さな体を目一杯広げてカシルは立っていた。
震えながらも、伏し目になりながらも、『席連れ』を庇う。
あまりにも必死な姿に、思わずハクエは一歩後ろへ下がる。一部始終を見ていたクロは未だ決めかねていた。しかし、決断は存外早く下される。
今、トリルを捕まえることはカシルの為にはならない。あの小さな少年を支えてくれていたのはクロではなく、『席連れ』なのだ。
「…………ハクエ。帰ろう。」
「本気ですか!?『席連れ』を野放しにして良いはずがありません!クロがどうしようと、私は戦います!」
「……………フローズン。」
ハクエは頑固だ。彼女は自らの信じている道を邁進できる人間だ。もし、その道が誤っていたら学習して再び歩き出す。
そんなこと、クロには出来ない。彼のうちにある1本の芯は、きっと一度折れれば生え変わることも直ることもない。
だから、彼はトリルとカシルそして、『席連れ』を見逃す。それこそが、カシルにとって幸せとなる選択のはず。
そうすれば、あの時救えなかった分、少年を救ってあげられる。人を助けられる。
「はっ!仲間を氷漬けにするとかイイ性格してんねぇ。カシル、これから臨時の集会だ。ついてこいよ。」
「……………はい。」
トリルはその、露出した背を見せてカシルと共に宿を去っていく。
「これで、良いのかな…。僕は、どうすれば良いのかな…。ただ、人を助けたいのに…。ただ、カシルくんに笑ってほしいのに…。僕は、」
呆然としていたクロは、歩き出す。行き先などは分からない。だが、じきにハクエの氷が溶け出す。
その時、どう弁明すればよいのか分からない。分からないのだ、何も。
だから逃げる。自分からも他人からも目を背けて、たどたどしく足を前に進めるのだった。




