「暗雲」
「クロさん!次はね次はね!」
「カシルくん、残念だけどそろそろ帰らなきゃ…暗くなってきたから…。」
公園の遊具を遊び尽くしたクロとカシル。いつの間にか、空は暗くなり始めていた。
それじゃなくとも、金雲街には靄が立ち込めているのだ。暗くなってしまえば視界は悪く、子供が出歩くには適さないようになるだろう。
そう思ってクロとカシルは帰ることにした。
「………ねぇ、また遊んでくれる?」
「勿論だよ!いつでも見かけたら声をかけて!」
「やった!約束だよ!」
「うん。」
手を繋いで、また一緒に過ごす約束をする。子供であるためか、カシルの体温はやや高く、繋いだ手はむず痒くなった。
2人は移動していたハクエと人形とも合流をする。彼女達は静かにベンチに座っていた。
「ハクエ、そろそろ帰ろう。暗くなってきたしクロくんを送らなきゃ。」
「そうですね。貴方もそれでいいですか?」
膝上に乗っている人形へ話しかける。彼女の意思を確認しなければまた拗ねてしまうから。
「はぁ…確かに暗いしね…でも寂しいな…」
「なら、また出かけましょう。都合があったら連絡しますから。」
「はぁ…。私、人形だから連絡出来ないけど…でも待つね…何十年たっても待つから…」
「そこまでは待たせませんから安心して下さい!」
すっかり慣れたネガティブな発言を元気で押し返すハクエ。元気さならばクロやセイジの方が勝っているのだが。
そうして3人と1体は帰路につく。人々を照らす天体の全貌は、既に闇に溶け込んでいる。
互いに迷子にならないよう、手を繋いで金色の暗がりを歩む。
「おい!あっちに行ったぞ!」
「くそっ。日中に続いてあの草波族は…!」
彼らの行先は何やら騒がしい。それも、祭り騒ぎというわけではない。明らかにトラブルと思われる喧騒にクロ達は足を止める。
「あの、どうかしたんですか?」
「あぁ。草波族のやつ、ていうか『席連れ』に入ってる奴か。そいつが通行人を襲ってやがんだ。お前さん達も気をつけろ。」
切羽詰まった男はそれだけを残して走り去った。気をつけろ、と言われたクロとハクエは言葉に従い気を引き締める。
こちらには幼いカシル。そして満足に動けない人形がいるのだ。2人はギルド『宿り木』の一員として危険から一般人を守らなければならない。
「大丈夫だよ。僕達がついてるからね。」
「………クロさん、ぼく大丈夫だよ。怖くないもん。直ぐに怖がったらパパもママも心配しちゃう。」
「そっか。頼もしいね。」
クロの袖をぎゅっと掴むカシル。しかし、少年の顔は弱々しいものではない。精一杯表情筋に力を入れて、平気だとクロに示していた。
忙しい両親を心配させないため、強くなろうとするカシル。そんな彼をしっかり家へ送り届けようとクロは誓う。
「………………。」
「平気ですか?もしかして体調が優れないのですか?」
「……………………。」
「……………あれ?」
「ハクエさん。その人形、喋ったり喋らなかったりするから気にする必要はないよ。」
返答のない人形を心配するハクエ。だが、持ち主のカシルが問題ないと言うので今は周囲の警戒をしておく。
霧に触れた肌が緊張でより湿る。毛穴が開いているのをひしひしと感じ、体温が低下していく。
「っ!クロ、これは、」
「うん。これは思ったより不味いね。ハクエ、魔法の用意をしてた方が良いかも。」
彼らの鼻には生臭い血の匂いが届いた。すぐさま、自分達の状況を理解する。ここは思っていたよりも危険な場所であるのだ。
2人の懸念は杞憂で終わらなかった。突如、彼らの足元に氷がはられる。無論、足をとられるわけにはいかないので対処をしなければならない。
「サンドゼム!」
「ラウンドール!」
クロの魔法で辺りいったいの地面は粉々になる。呼応して、ハクエの魔法が発動。それによって周囲は温かな光に包まれた。
『ラウンドール』は範囲内に適応する回復魔法であり、クロの魔法で怪我をした時の保険だ。
「………ハクエ、周囲に人影は…?」
「確認します。アッティング!」
ハクエやクロのような魔導士は、学校へ通って大気のエネルギーを肉眼で視認できるように訓練する。
彼女の使った『アッティング』は大気のエネルギーの大小だけでなく、流れまでも観測できるようになるのだ。
つまり、奇襲が何処からされたのかを知ることが出来るということ。
『アッティング』を使用したハクエにはばっちり分かった。突然床を凍らせた者がどこにいるのかを。
「あそこです!」
「了解!ウィンド!」
クロの巻き起こした風の刃は正確に、彼女の示した場所へと向かう。手応えはあった。が、それは間違いだと知る。
彼の攻撃は発現した氷の壁に阻まれてしまった。
「やめてよやめてよぉ!どぉして俺ばっかりこんな目にあわなきゃいけないんだよぉ!」
「「!?」」
風の刃で砕けた壁から現れたのはやかましい男。隈が深く、背中の部分の服はぱっくり割れて地肌は丸見えである。
そこから覗くのは植物。背中に植え込まれているように植物が生殖しているのだ。その特徴はまさに、草波族そのもの。
詠唱も魔導具もいらない草波族の男は手をかざして、クロ達へと攻撃を仕掛ける。
男は氷の礫を生成して、それらをひたすらにクロ達目掛けて飛ばす。
「っ!ウィンド!」
負けじと風の刃を飛ばして応戦するが、相手は馬力が違うらしい。数で圧倒されてしまいそうだ。
押され気味のクロを見てハクエは覚悟を決め、提案をする。
「クロ。限定魔法を使います。なので、貴方もそうして下さい。」
「カシルくんは、」
「彼は貴方のフラーで安全圏へ浮かせて下さい。大丈夫です。うまくいきます。」
「………うん!」
ハクエの提案通り、まずはフラーでカシルを浮かせる。その後、自身の限定魔法、『ソメラック・ボム』による周囲の爆撃を行った。
無論、クロ達をも巻き込むこうげきだが、問題ない。ハクエの限定魔法『ヒール・レタリット』によって後々体が回復するのだから。
地面や空気が爆ぜて、けたたましい音が響く。耳をつんざくそれから、クロ達は逃げない。ハクエの『ヒール・レタリット』を信用してとにかく相手の出方のみに意識を傾けている。
「あーくそっ!何なんだよぉ!何だって俺だけこんな目に遭うんだぁ!?くそっ。こんなとこいられるか!」
「クロ!追撃を、」
「いや、これ以上の深追いはやめよう。カシルくんもいるんだ。」
珍妙な被り物をした『席連れ』の男は露出した肌を赤く染めながらも、口を開いて撤退する気力はあったようだ。
恐らく何かしらの回復魔法を使っていたに違いない。彼は草波族である故に、魔法の詠唱を必要とせず、いったい何を使ったかは分からないが。
「…………周囲に反応はありません。」
「よかった。じゃあ早く帰ろう。」
フラーで浮かせたカシルを回収して、改めてクロ達は帰路につくのだった。




