「猫耳女と主人その2」
幸せになりたい。私の望みはそれだけだった。
屋根のついた所で眠りたい。雨風に晒されて夜を明かしたくない。鼠のように残飯を漁りたくない。
せめて、最低限、人として生きたい。そう思った。
「ホーリー、何止まってんだ?早く動けよ。お前の替えなんて何処にでもいるんだぞ。」
以前の主人はそう言った。確かに、彼の言う通りだ。
この地域には、私みたいな孤児が吐いて捨てる程いる。だから、捨てられない為にも何だってする必要があった。
男の相手をする時も、機嫌を損なわないようにしなければならなかった。
だって明日も食事や寝床が提供されるなんて保証はないから。
そんな環境で、他人の心配をするなんてことは出来なかった。したところで、何かに繋がるわけでもないし。幸い、相手に取り入るのは得意だ。
そんな生活をしていたら、おかしな主人の下についた。
彼の名はディランド・フォン・レアン。いかにもおぼっちゃまという具合の人間。
この人はきっと知らない。夜の寒さも人の冷たさも吐瀉物のような残飯の味も。
「ご主人様、にゃに作ってるんですかにゃ?」
「あぁ、これは累涙楔糸っていう御守り。『涙の谷』に伝わるものだよ。」
そう言っている彼の手にはささくれみたいに荒れまくった糸が絡まっている。
ぐちゃぐちゃなそれは、御守りには見えない。
「………ほんとにこれが…?」
「そ、そうだよ!悪かったね下手くそで!」
「そんにゃことは言ってませんにゃ〜。でも、これ誰に渡すんですにゃ?」
もしや浮ついた相手でもいるのだろうか。私にとっては関係ないが、まぁ、女としてアドバイスくらいは出来るかも。
「と、父様にだよ。今度遠征行くから。喜ぶかは分かんないけどさ。」
「そうにゃんですねぇ。」
喜ぶか。そんなことは知ったことではない。私は親がどういう存在かなんて分からないんだから。
でも、きっと、普通の親なら喜ぶんじゃないかと思う。我が子にプレゼントされたら喜ぶはず。
家族というのは損得なしで、愛情が動力源の組織なのだ。多分。
「喜んでくれるといいですねぇ〜」
「うん。」
不慣れに糸を編む彼は、一生懸命だった。数日して、編んでいた御守りは完成する。いよいよ、渡す時だ。
「父様、その、これ。」
「おやレアン。私にくれるのかい?ありがとう。受け取っておくよ。」
「……!」
この時の彼の顔は忘れもしない。幸せを体現したかのような表情は、私にとって恨めしささえ感じさせた。
しかし、これ以降彼の明るい顔を見ることはなかった。
次期領主という立場であるのに、何をやっても上手くいかない彼はいつだって焦っている。
恐れて、しがみついて、がむしゃらになっている。
ほんの少し、ざまぁみろなんて思ってしまう。全て揃ったかと思われたぼんぼんでも、背負わなければいけないものはあると知れたから。
「くそっ。何で上手くいかないんだよっ!」
だけど。彼は何をやっても上手くいかなすぎる。あんまりにも順調じゃないから、そろそろ蜜でも吸わせてあげて欲しい。
神様なんて私は信じていないけど、ちょっとだけ、お願いした。
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「着いたぞ。ディランド家の中、案内よろしくな。」
「わかりましたにゃ。」
ケイヤの言う通り、3人はディランド家前に到着した。流石に敷地内を馬車で移動するのはバレバレなので、徒歩での移動である。
腰を屈めて静かに進む。屋敷の外、とあるポイントに着くとホーリーは言った。
「この上がご主人様の部屋ですにゃ。」
「それでは、2人は少し離れていてください。」
2人と離れたハクエは持っていた魔導書を開いて、そのページをめくる。
「リール」
小さな声が、周囲の植物を成長させる。メキメキ育つ草は絡み合い、太くなっていく。
それを確認したケイヤは助走をつけて、屋敷の壁を垂直に走る。彼は窓に片腕をかけて、出っ張りを足場とした。
それからハクエが伸ばした植物を掴む。これをロープのようにすれば、下にいるハクエとホーリーも上へあがれるのだ。
「よし。それでは屋敷に入りますよ。ホーリーさん、大丈夫ですか?」
「はい。いつでもいけますにゃ。」
「そんじゃ、行くぞ。」
鍵のかかった窓をケイヤは己の剣で砕く。大きな音と共に、3人は素早く室内へ侵入した。
「っ!?お、お前たちは!?」
「ご主人様。戻って来ましたにゃ。」
ホーリーの予想通り、レアンは自室に居た。後は、とにかく彼を家から連れ出して説得するのみだ。
「わりぃが話は後でしようぜ!」
抵抗をされる前に、とケイヤはレアンを抱えようとした。しかし、レアンの元へ走る間に詠唱がなされる。
「汝よ、空を仰げ。陽にあてられし明星よ、罪人を誅せ。ミルドガット!」
レアンの言葉が耳に入ると同時に、2人の視界は黒に染められた。ケイヤは状況を察知して、ホーリーを突き飛ばす。
「作戦は失敗だ!オメェはセイジ達でも呼んでこい!ハクエ、回復魔法!」
「っ!はい。ヒール・レタリット!」
突き飛ばされたホーリーは窓から転げ落ちる。受け身なんて取れるはずもなく、怪我をするかと思われたが、その心配は無かった。
暖かい光に包まれたホーリーは、ハクエの回復魔法で即座に治癒される。
視界不良なケイヤとハクエとは違い、ホーリーの視界ははっきりしていた。
彼女はその目で前を見て、とにかく走る。セイジ達へ助けを求める為に。




