「雨絶えぬ谷」
集落での依頼を達成したセイジ達。遠出ということもあって、翌日は皆で休むことにしていた。
しかし、セイジはトレーニングを欠かすわけにはいかないと思い、草原で走り込みをしていた。
それを終えると次は図書館で勉強だ。常連とまではいかないが、習慣になりつつある行動。
少し慣れた手つきで「スライムでも分かる!」と称された参考書を本棚から抜き出して、机へ向かう。
新聞を眺める老人を横切り、図書館内でも更に奥、静かな場所へと移動する。
ペンの走る音と、ページがめくられる音のみ響く空間に着いたセイジは椅子に座って、机の上へ参考書を広げる。
以前学んだ所は、斧の種類についてだった。
セイジが所持する斧は、クロから貰ったものであり、やや重い物だ。
その戦い方については学んだので次のステップへと進もうかと考えるセイジ。
参考書には魔導具と魔法の関係について示してあった。
曰く、一つ一つの魔導具限定で使える魔法が存在するらしい。無論、全ての魔導具に備わっている訳では無いが。
それらの魔法を限定魔法といい、誰でも使えるものを一般魔法という。
限定魔法は一般魔法が変化したようなものであるようだ。
「限定魔法か…俺の魔導具はどんな魔法が使えるのだろうか…」
気にもしたことがないことであるが、気になり始めたら知りたい。
そう思ったセイジは早速、魔法に詳しいであろうクロに聞きに行くことにした。
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「ん?クロは居ないのか?」
セイジ達の住む家に帰ってはみたものの、肝心のクロはいなかった。
てっきり休んでいると思っていたのだが。
「あー、あいつなら街に出かけたぜ。まっ、物好きだしな。多分困ってる奴でも助けてんじゃねぇの?」
「そうか…ありがとう。」
居間でくつろいでいたケイヤからの情報で、クロは街へ行ったことが判明。
行ったり来たりすることになるが、仕方がない。
クロを探しにセイジは再び街へ行くのだった。
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「うーむ。探すにしても、しらみつぶしは面倒だしな…」
歩きながら考えるセイジ。何か効率的に見つけられれば良いのだが。
そこで閃く。クロは困ってる人あれば、一定の範囲内にいる場合、直ぐ様駆けつける。
謎のセンサーを持つ彼なら、セイジが困っているとき、姿を見せてくれるのではないか。
そうと決まれば、どうにかして困ろう。何かトラブルでも起きてくれないか、あるいは起こすか。
「そういえば以前、一緒に迷子の少年を送り届けたな…よし。」
天から下ったアイディアを実行すべく、セイジは立ち止まり空を見上げる。
周囲の人はそんな彼に興味を持ちはしない。それ程人の多い街ではないが、だからといって見ず知らずの人間に関与しに行く人は稀なのだ。
だが、そんな人々の視線と興味を掻き集めてしまう出来事が起こる。
「すぅー。うわぁーーーーん、ママーーーー。」
幼い少女、などではなく背丈が伸びた少年が、大声で母親を呼ぶ。正確には呼ぶというより、泣いている。
街行く人々の誰もがセイジへ視線を向けた。肝心の彼は、我ながら良い案だと感心していた。
「うわぁーーーーーん。」
変声期など終えた低い声。それが情けなく、街なかに響く。
周囲の怪訝な瞳とは裏腹に、セイジ自身はクロがやってくるかということのみ考えている。
「セ、セイジ!?どうしたの!?」
「おっ、成功だ。」
目論見通りクロが来てくれた。しかし、彼は心配そうにセイジの下へ来る。
「どうかしたの!?大丈夫!?」
「あぁ。実は聞きたいことがあって探していたんだ。」
「そ、そっか。でも街なかで叫ぶのはやめようね…」
「すまない、分かった。それで、聞きたいことなんだが…」
無事に合流できたクロに、限定魔法について聞く。
するとクロは納得した後、場所を変えようと言って2人で草原へ向かった。
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草原に着いたクロは早速、セイジに説明を始める。
「えっとね、セイジの斧で使える限定魔法はリキッド・フラーって言って、浮遊魔法フラーの進化版みたいなやつなんだ。」
フラーというと、石ゴーレムと戦った時にクロが使っていたものだ。
その時は石を浮かせていたがその進化版というなら、何でも浮かせられるのだろうか。
「ふむふむ。それで、どんな効果なんだ?」
「えーと、範囲内の物体を浮かせられるようになるよ。やってみよう!」
「あぁ。」
胸を躍らせながら斧のダイヤルを回す。そして唱える。
「リキッド・フラー!」
セイジの声と共に近くの砂が空中に舞い上がる。地を這う虫もふわふわ、心もとなく空で蠢く。
が、変化はそれだけだった。
「こ、これだけなのか…?」
「えと、もっと調整すれば人だって浮かせるようになるよ。ほら、魔石で周囲のエネルギー確認したりしてね。」
「あ、あぁ。」
すっかり忘れていた魔石の確認をする。見てみると、色は青。つまり、空気中のエネルギーは魔法に必要な量よりも少な目だ。
ということは、ダイヤルは右に回してエネルギー吸収を多めにする必要がある。
「よし、もう一度。リキッド・フラー!」
再び唱えた呪文。それによって、周囲に変化が。
起きることはなかった。
「な、何も起きない…何故だ…」
「多分エネルギー量が多すぎたんだよ。調整は慣れるしかないから頑張ろう。」
「あぁ…」
多すぎず少なすぎず。エネルギーを取り込む量の調整は思いの外、難しいようだ。
「リキッド・フラー!」
3度目の正直。今度こそ、成功するか。
セイジが呪文を唱えると、体に違和感を感じる。
理由を探す前に、彼の体は空へと投げ出されてしまう。
「ま、まさか成功か!?」
「うん!みたいだね!」
どうやらクロにもリキッド・フラーの効果が影響しているようで、彼もふわふわと青空に浮いている。
成功したのはいいものの、支えのない空間での移動は中々簡単ではなかった。
元来、運動神経が良い訳では無いセイジ。
犬かきよろしく、バタバタと手足を必死に動かして、取り敢えず動こうとする。
対照的に、クロは直ぐ様バランスをとって自由自在に動いていた。
セイジは、まだまだリキッド・フラーを使いこなすには、練習が必要だと感じた。
クロも実戦で試す必要があると考えたのか、器用にセイジへ近づいて話しかける。
「…練習がてら、何か依頼でも受けに行こうか…?」
「あ、あぁ…そうしよう…」
バランスを崩して、逆さまになったセイジは浮きながらクロの提案をのむのであった。
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昼食をとって依頼を受けた2人は早速、依頼をしに向かっていた。
向かう先は『涙の谷』。年がら年中、雨が降り続ける土地であるために、このような名前が付いたらしい。
この場所は以前訪れた施設『旅乗り』の近くであり、セイジ達の住む街からそれ程遠くない。
『涙の谷』に到着したセイジ達は少しの違和感を覚える。明らかに人が出歩いていないのだ。
谷を下っていくとその壁沿いに店や家が並んでいる。壁沿いというより建物が谷と一体化している、そんな印象を受けた。
「……なんだか人が少ないな。」
「うーん、おかしいね。まぁ依頼主はいると思うけど…」
クロと話しながら、さらに谷の底へと歩くセイジ。
幸いにも歩けるぐらいの道は舗装されており、綺麗な階段になっていた。
「あっ、ここかな。すいませーん!ギルド『宿り木』でーす!」
依頼主がいるであろう家の扉を叩く。返答は直ぐに返って来る。
叩いた扉が開いて、依頼をしたであろう男が顔を覗かせた。
「………依頼の件だな…。こいつ、邪魔だから、倒してきてくれ。それじゃあ…。」
男は絵の描かれた紙を渡し、要件だけ伝えて家に戻ってしまう。
「なんだかあの人、顔色悪かったね…大丈夫かな…?」
「……まぁ、彼も子供じゃないんだ。それよりも俺達は依頼のことを考えよう。」
依頼主の様子が少し気掛かりなセイジ達だったが、依頼は依頼なので早速、魔物を討伐しに行くのだった。
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倒してくれと依頼されたのは『涙の谷』にのみ棲息する巨大な魚である。名はアンダーフィッシュ。C級の魔物だ。
「ねぇセイジ、もしかしてアレがアンダーフィッシュじゃない…?」
「……あぁ。眠っているようだな。」
谷は下だけでなく、横にも広がっていた。セイジ達は依頼主の家から下るのではなく、狭い道を横に進んでいた。
そこに、討伐対象のアンダーフィッシュが横たわっている。
青緑の鱗が寝息と共に上下する。大きな体に似合わず、寝息は小さいようだ。
「よし。それじゃあここでリキッド・フラーを使ってみようか。」
ヒソヒソとクロが話しかける。それに伴いセイジも声を潜めていく。
「ここでか…?何故…?」
「使ってみたら気づくはずだよ。やってご覧。」
クロに促されるまま、セイジはリキッド・フラーを唱えて発動させる。
上手く発動したようであったが、効果はそれ程。空に浮いたのは、降っていた雨粒と石。
浮いている石も、一番大きいもので顔ぐらいのものである。
リキッド・フラーは物体を浮かせられるだけ。コントロールを得るわけではない。
「浮いただけの石に何の意味が、」
あるのか、と言いかけたセイジ。しかし、以前倒した魔物を思い出す。
『旅乗り』で出くわした地這いトカゲ。 あの魔物を何故、倒せたのか。
共にいたレアンの協力、『旅乗り』で使える魔法の効果。無論、それらもある。
だが、それだけでない。セイジはあの時、真正面から地這いトカゲに攻撃したのではない。
ハクエの教えを活かしての判断だったのだ。彼女は言っていた。地形を利用しての攻撃が有用だと。
その地形が今、リキッド・フラーで変化した。セイジの足場となるように。
そのことに気づいたセイジは、浮上している石から別の石に飛び乗っていく。
無論、目指す先は眠っているアンダーフィッシュの頭上。位置取りをしたうえで、頭を一撃でかち割る算段だ。
目論見通り、セイジはアンダーフィッシュの頭上に到着する。
そして足場から勢いよく飛び降りた。
セイジの構えた斧はアンダーフィッシュの頭に見事、突き刺さる。
紫色の体液を撒き散らす姿を見て、アンダーフィッシュの討伐かと思ったのも束の間。
斧に割けられた身体から、小さな魚が湧いて出てきた。
そうしてあっという間に分裂しきったアンダーフィッシュは、リキッド・フラーで浮上した水滴の中を泳ぐ。
「な、何が!?」
「伏せてセイジ!フローズン!」
杖の魔導具を構えたクロ。彼の呪文に呼応して浮いていた水もろとも、アンダーフィッシュが凍る。
「あっ!まずいセイジ!そいつを逃さないで!」
「了解!」
クロに促されるまま2匹のアンダーフィッシュを追いかける。足場は健在だ。
「多分そいつらが最後だよ!だからもう分裂しないように同時に攻撃して!」
同時に攻撃。さて、どうしたものかとセイジは焦る。
もたもたしていたらアンダーフィッシュが逃げてしまう。
何かないか頭を捻ろうとするが、クロの顔を見て思い出す。
彼に教えてもらった魔法があることを。
「エッフル!」
ダイヤルを回して斧を振りかざしつつ、呪文を唱える。
すると、セイジの振った斧がもう一つ出現した。
2つの斧は軌跡を描いて、2匹のアンダーフィッシュの身体を裂くのであった。
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「お疲れ様セイジ!大丈夫?」
「あぁ。」
アンダーフィッシュの死骸を袋に仕舞うクロが、心配をしながらセイジの元へと来る。
それを見て、セイジも後片付けをしなければと鞄から小袋を取り出す。
「それにしてもエッフルを覚えててくれて良かったよ!」
「ま、まぁ、お前に教えてもらったからな。」
身につけていた手袋を、紫色の血で汚しながら死骸を袋に入れる。
少し過ぎると何事もなかったかのように、周囲は綺麗になっていた。
アンダーフィッシュの血も、絶え間なく降る雨でさっぱり洗い流されていた。
「それじゃあ依頼主の所に行こっか!」
「あぁ。」
クロは袋を縛って帰ろうとする。が、その前にとセイジに向き直る。
「行く前にちょっとお店に寄っていいかな?」
「構わないがどうしたんだ?」
「ほら、あの人顔色悪かったし、何か差し入れでもしておこうかなって。」
正直、自分達がそこまでする必要はないと感じたセイジ。
しかしクロの、他人の一挙手一投足を見逃さず心配する所は快く思っているので、付き合うのであった。
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「すいませーん!ギルド『宿り木』です!依頼を終えたので報告に参りました!」
依頼主の家へ赴いたクロ達。呼びかけてから暫くすると、気怠げな男が再び姿を現した。
「…早いね…。」
出てきた男はクロ達が差し出した袋を見て、アンダーフィッシュの討伐を確認した。
それを終えると、それじゃあと言って直ぐにまた家へ引っ込もうとする。
「あっ!これよろしかったらどうぞ。何だか体調、優れないようなので。」
明るくはにかみながら、クロは果物の入ったカゴを男へ渡す。
「それではまた何かお困りでしたら、お声がけして下さいね!」
クロにならってセイジも一礼。そしてその場を去ろうとする。
「…………待ちなよ。これ、一人じゃ食べ切れないから…お茶…淹れるし…少し休んでいきなよ…」
「うーん、えと。ど、どうするセイジ?」
「ここはご厚意に甘えよう。」
実のところ、セイジは気になっていた。依頼主用に買った果物のことを。
『涙の谷』でしか見ない果物、『水の実』。透明なそれは、一体どんな味がするのか興味があるのだ。
そんな訳で依頼主の言う通り、2人はひとまず休憩をとることにした。




