「魔物にだって善し悪しがある」
「や、やっと着いたぜ…」
「お疲れ様、ケイヤ。」
ハクエが受けた依頼をこなすために、馬車での移動をしたセイジ一行。
ケイヤの長い運転の後に、目的地へとたどり着いたのだった。
件の人物はヘトヘトな様子。みかねたクロは彼にお菓子を渡して労う。
「それでハクエ、依頼主はどこに?」
「えーと、この辺りに来ているはずですが…あっ!」
キョロキョロと周囲を伺うハクエは、依頼主を見つけたのか声を出す。
彼女が向いた先には腰の曲がった老人が立っていた。
「おやおや、ハクエさん。随分早い到着でしたね。」
「は、はい。ケイヤが頑張ってくれました。」
「おやおや。坊やありがとねぇ。」
そう言うとケイヤに近づいた老人は礼をした。
セイジ達がたどり着いた集落は、周囲が禿げている淋しげな土地にある。
近くは栄えておらず、見える人は年寄りばかり。吹けば飛んでいくと錯覚するほどしみったれた場所であった。
「それで、依頼だけどねぇ、魔石の採掘場から村の人間がかえってこないから、見てきてほしいのよぉ。」
セイジ達を見上げる老婆は改めて依頼の内容を伝える。
それでなくとも人気がなさそうな集落から、更に人がいなくなるなんて大変だ。
一刻も早く探しに行こうと、彼らは教わった魔石の採掘場へ向かうのだった。
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「ここが採掘場なのか…?ただの洞窟にしか見えないが…」
「えぇ、そうですよ。普通は採った魔石を管理しやすいように舗装されるのですが…」
「まっ、あの規模の集落じゃ無理だよな。」
そうセイジが言うのも仕方ないぐらいに、あの集落付近には活気がなかった。
そしてここも同様だ。苔の生えた洞窟には、人間2人ほど入れるスペースが空いており、入り口となっている。
入ると中はひんやりしており、涼しい。
セイジ達が硬い地面を踏みしめる度、その音が洞窟内にこだまする。
音の響き方からして、あまり広くはないようだ。
「魔物が出るので気をつけて下さいね。」
「あぁ。」
後方にいるハクエが注意する。この中で魔物と遭遇してしまえば、老人はひとたまりもない。
冷たく薄暗い空間を少し進むと、人が数人倒れているのを発見した。
「だ、大丈夫ですか!」
駆け寄り体を確認する。息はしており、怪我も目立ったところにはなかった。
状況から考えて、あの集落の人間だろう。
「良かった無事みたいだね。早く連れて帰ろう!」
「おぅ。」
各々人を背負ってセイジ達は洞窟を出ることにした。
「それにしても、どうしてこんなとこで寝ていたんだろう?」
「さぁな。空腹で倒れたとかじゃないのか。」
「どうでしょうか…。あまり環境も良くなさそうですし、過労かもしれませんよ。」
ただの推測でしかない話をしながら、何事もなく一行は洞窟を出た。
あまりの何もなさにやや拍子抜けしてしまう。
青い空に迎えられて、引き続き集落を目指して歩く。
その瞬間、セイジ達の耳には声が聞こえた。
「ぎゃ、ぎゃうぎゃう!」
「!?気をつけてください!ゴブリンです!」
警戒するよう呼びかけるハクエ。彼女の言う通り、洞窟を抜けた先には青緑色の耳が長いゴブリンが2頭いた。
「ゴブリンか…C級の魔物だしな…。よし、セイジ行って来い!」
「お、俺か!?」
「おぅ。こんぐれぇなら行ける。こっちもバックアップはしてやるから。」
セイジに促されて背負っていた人を降ろす。
C級の魔物は以前、石ゴーレムを倒したことがあるが、あの時は仲間も一緒だった。
サポートをしてもらうとはいえ、一人で立ち向かうことに対して不安は拭えない。
「セイジ、ゴブリンは他の魔物より知性が高く、人間の持ち物を盗んでいきます。」
「そ、そうなのか。それが一体、」
何なのか、と続けようとしたセイジ。しかし、ハクエの言わんとすることを察する。
「隙が出来るということか…?」
「はい!そうです。気をつけてくださいね。」
耳打ちをしたハクエは、セイジの肩を叩いて応援する。
セイジはゴブリンの隙を作ることを頭に置いて、こちらを見つめる魔物の下へ向かうのだった。
―――――――――――――――――――――――
「………」
「………」
向かい合ったセイジと1頭のゴブリンは、互いを見つめて間合いをはかっていた。
ジリジリ進み、離れての繰り返し。静かな戦いのようであった。
当人たちは至って真面目なのだろう。しかし、見ている側にとって、そうは思えなかった。
「おいセイジ!何時までにらめっこしてんだぁ!」
「まだ攻撃を仕掛ける時ではないんだ…!ま、まだその時じゃないんだ…!」
「今の今までぜってぇ攻撃出来たぞ!」
「い、いやぁ。そんなことは…」
あまりの及び腰に、ケイヤからお叱りを受ける。だが仕方ないだろう。
適切なタイミングとやらは人によりけり。決して怯えていて逃したわけではない。そうではないのだ。
と、心の内で言い訳をたれるセイジ。相対するゴブリンを見てみると、
「ぎゃうぎゃう!」
「ぎゃ、ぎゃぁ〜。」
もう一体のゴブリンに何やら野次を飛ばされていた。長い耳が垂れてしまっている。何処からどう見ても困っている。
「…………お前も大変なんだな……」
「ぎゃ、ぎゃ、ぎゃぁ〜。」
困り眉のゴブリンは、セイジの文言を肯定するかのように鳴く。
初めて魔物と意思疎通できた気分だ。
この調子ならば一緒に食事にでも行けそうだ。見た所、ゴブリンの腹はふくよかである。
これはセイジの持論だが、ふくよかな人間は良い店を知っていることが多い。
ゴブリンといえども、美味しい物には目がないかもしれない。
なんてことを考えていると、こちらもケイヤからの野次が飛んできた。
「おいセイジ!そんな奴さっさとやっちまえ!他のゴブリンよりも雑魚みてぇだしな!」
「雑魚だなんて言ってくれるな。見てみろ、あいつの悲しげな顔を。」
「あ?何言って、」
セイジの言葉通りに、ケイヤはゴブリンを見る。すると目尻を下げて、肩をすぼめた姿が目に入る。
哀愁漂う姿には、確かに同情心を寄せずにはいられない。
「ぎゃぎゃぎゃぉ〜」
「な、なんだよその目…」
「少し可哀想ですが…罠の可能性もありますし…」
ケイヤとは打って変わって、ハクエは警戒を続ける。無論セイジはケイヤと同様、ゴブリンへの敵対心は薄れきっていた。
それは相対しているゴブリンも同じようだ。しかし後ろのゴブリンは違い、鋭い瞳でこちらを睨んでいた。
どうしたものか、と立ちあぐねるセイジ。すると、ゴブリンの方に動きがあった。
「ぎゃぎゃ、ぎゃぅ〜」
情けない声と共にゴブリンは懐から何かを取り出す。
怯えながら差し出されたそれを、セイジは受け取った後見た。
「……これは写真か…?」
「ぎゃ、ぎゃゅ〜」
肯定するゴブリン。写真には目の前のゴブリンとおぼしき魔物と、もう二匹のゴブリン。
一匹は低いサイドテールの髪型で、もう一匹は後ろにいるゴブリンだ。
「家族写真か…?」
「ぎゃぎゃゅ〜」
「そうか…」
ますますやりにくくなったセイジ。そこに、目が覚めた村人が言う。
「ま、待ってくれ!このゴブリンは俺達を介抱してくれたんだ!」
「そうなんですか!?」
驚くべき村人の証言。しかし、一人の証言を皮切りに次々とゴブリンをかばう声が聞こえる。
「そうだ!こいつら見た目はアレだが根はいいんだ!」
「あぁ!手先も器用で粥を作ってくれたんだ!見た目はアレだが!」
「アレアレ言ってやるな…こいつ、今にも泣き出しそうだぞ…」
手厳しいゴブリンへの評価に、セイジはフォローを入れる。
何はともあれ、ゴブリンをわざわざ倒す必要はないだろう。依頼の内容も、あくまで村人の捜索なのだから。
「よし。そんじゃ集落に向かうか。」
「え、倒さなくて良いの?」
意外にもクロはゴブリンを倒すべきと考えているようだ。
帰ろうとするケイヤ達を止める。
「まぁ、心配ではありますが依頼は達成できますしね…」
「で、でも魔物をこのままにするのは危険じゃないの…?」
「大丈夫だ、きっと。俺はコイツが人を襲うとは思えない。」
セイジはすっかりゴブリンに絆されていた。クロは納得いかない様子ではあったが、他の皆がそうするというので集落へ戻ることに。
―――――――――――――――――――――――
「本当に、本当に、ありがとうございますぅ。」
「いえいえ。どうやらゴブリンが介抱していたようで。」
「え?ゴブリンが?」
事のあらましを聞いた老婆は驚きを隠せずにはいられなかった。それもそのはず。
魔物が人を助けたなんて信じがたい。よりにもよって、醜悪なイメージがつくゴブリンならばより一層だ。
「あぁ。俺も信じ難かったが、あいつは随分綺麗な目をしていたんだ。」
「ま、村の奴の証言もあるしな。」
「ふーん。俺は早計だと思うけど。いかにもぼんくららしい判断だね。」
「っ!?お、驚いた。お前か…」
セイジとケイヤの会話に突如として入って来た金髪の人物、その人はレアンであった。
彼は猫耳女の主人であり、領主の息子らしい。以前、『旅乗り』で共闘した仲だ。
「……なんだかお前とはよく会うな…気も合うのかもしれない…」
「気持ち悪いこと言わないでくんない?取り敢えず俺から離れて。」
「……照れてるのか?」
「あーもう!気持ち悪いなお前!」
面倒な絡み方をするセイジを、必死にあしらうレアン。
距離をとろうとするが、ふざけたセイジは追いかける。
「それでレアンさん。貴方はどうしてここに?」
レアンをあまりよく思ってはいないハクエ。取り敢えず、彼がどうしてここにいるのか問う。
「別に。ここは父様の友人が所領してるから、様子見に来ただけ。」
「あ?オメェの親父のダチが持ってるんなら、オメェは関係ねぇじゃねぇか。」
「だ、だから見に来ただけだってば。特に何かしに来たわけじゃないから。」
取り繕うレアン。話を聞いても、ハクエとケイヤは何か企んでいるのではないかと疑念を持ち続けている様子だ。
だが、セイジはレアンに対して疑いなど持っていなかった。
確かに態度は思うこともあるし、猫耳女に対しては乱暴だ。しかし、『旅乗り』の一件で彼なりに責任感を持って生きていることを知った。
セイジ自身も家は良いところだ。長男ではないので、あとを継ぐことはない。が、その大変さは兄を見て知っている。
そのため、レアンにも苦労があるのだと思う。
「まぁまぁ。そう警戒することはないんじゃないか…?本人も照れてるだけだ。」
「だから照れてないって言ってるだろ!?うざいなお前!」
「まぁまぁ。」
うざいと離されてもなぁなぁで済まして近寄るセイジ。
そうして騒ぎ続けるところに、老婆が割って入る。
「その、仲睦まじいところに申し訳ないんだけどねぇ、依頼の報酬を渡してもいいかい?」
「あぁ。構わない。」
「仲睦まじいってのは辞めてくんないかな…」
嫌そうに顔を歪めるレアンを他所に、セイジは老婆の話を聞く。
とは言っても、依頼を受けたのはハクエなのでやり取りは彼女が適しているだろう。
感謝を述べつつ老婆と話すハクエ。
レアンは周囲を見回した後、疑問を投げかける。
「ところで、お前らは依頼でここに来たの?」
「うん。集落の人が行方不明だったから。でも、魔石の採掘場で無事に見つかったよ。」
「……魔石の採掘場で、ね…」
クロの説明を受けたると、レアンは顎に指を当てて考え込む。
「……あのさ、金は出すから時々ここの見回りに来てくれない?」
「え?どうして君がそんなことを?」
「……別に。金なら余るくらいあるから気まぐれだよ。ずっと頼むわけじゃない。ギルドの方にも通しておくから。」
それだけ言ってレアンは去っていった。セイジは言わずもがな、クロとケイヤも彼の意図はよく分からなかった。
老婆との会話を終えたハクエが戻ってきて依頼の完了を告げる。
取り敢えず依頼は終えたのだ。セイジ達は、寂れた集落から帰ることになった。




