「地道な行く先」
鳥がさえずる暖かな朝。セイジは朝食を作り終えて、特訓へ向かおうとしていた。
今朝は3人分の朝食のみを作った。クロはどうやら用事で帰ってきていないのだ。
3人分作るのも、4人分作るのも手間で言えば変わらない。
だから楽が出来るとは感じないし、むしろ1人分少ない食器を眺めると淋しくなる。
用事と言っていたが一体どうしたのだろうか。やはりカシル少年に関することなのか。
朝早くということもあり、セイジの頭は未だぼんやりしていた。
早く朝食をとって、脳に栄養を送ろう。
そんなことを思っていると、バタバタと足音が聞こえた後、強めに扉が開く。
「セイジ!カシルくんのママさん、冤罪だったみたい!」
音の正体は、心配していた男、クロであった。
「冤罪…そうか…良かった…」
まだ幼いというのに、心配をかけまいと笑顔を作るカシルを思い浮かべる。
彼は、これで我慢する必要がなくなるはず。
安堵した後、帰ってきたクロを見て不思議に思う。
「……随分疲れているようだが、食事をとって休んだほうが良いんじゃないか…?」
「あはは。お言葉に甘えるね。」
テーブルについて用意されたものを、早速口に運ぶ。
余程お腹が空いていたのか、直ぐに平らげてしまった。見ていて気持ちの良い食いっぷりであり、作りがいがある。
「ご馳走さまー。そういえばセイジはご飯食べたの?」
「いや。だが直ぐに作って食べるさ。」
「そうなんだ…ごめんね、ありがとう。それじゃあ僕は少し休んでくる。」
「あぁ。おやすみ。」
疲れ気味なクロはそう言って2階へ上がっていく。
それを見届けたセイジは、朝食を終えて朝の特訓へと向かうのであった。
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セイジは悩んでいた。本当に、このままの特訓メニューを続けるだけで良いのか。
以前、ケイヤと壱心流の男が戦っている時、2人の攻撃を目に追うことさえ出来なかった。
目に追えないのなら、共に戦うなど夢のまた夢だ。だから、せめて2人の戦いを見届けられるくらいの動体視力は欲しい。
そこで思い浮かぶ。七林に住む食人植物のことを。
あれの攻撃を難なく避けられるようになれば、セイジはより強くなるのではないか。
思い立ったらなんとやらである。セイジは早速、七林に向かうのであった。
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改めて見ても目に優しくない場所だと、七林へ踏み入ったセイジは感じる。
そんな場所も、セイジにとっては特訓するのにもってこいの所だ。
地面に転がる石を拾い、林へ投げ込む。一拍置いたかと思うと、石が投げられた場所から蔓が伸びてくる。
こちらへやって来た蔓の勢いは凄まじい。来ることを予想していたので、事前に走り出してはいたが、中々の速度だ。
状態の良くない足場を走りながら、セイジは蔓から逃げる。
すると蔓の中でもひときわ小さな物が素早く、セイジの頬を掠めた。
「う、後ろを、み、見ながら、走ったほうが、い、いいな…」
息を切らして、酸素があまり回ってこない頭で以て、そう結論づけた。
だがそう簡単なことではない。呼吸をする度に肺は痛んでいき、間隔も短くなる。
それに伴い考えもまとまらない。次は蔓が何処へ来るのか、この先の道は大丈夫なのか、思考は散乱する。
「は、はぁ、し、失敗だったか、」
普通に考えれば、ケイヤが居たからこそあれほど蔓から逃げられたのだ。
セイジは七林に馴染みがあるわけでもないし、体力も自信があるわけではない。
後ろから追ってくる蔓は、調子に乗りすぎたセイジに罰を与えようとしている風に見えてくる。
「なっ、」
もつれた足。伸びる蔓。ここまでか、とそう思った。
しかし、終わりはここではなかった。
「壱心流、乱れ斬り!」
声と共に斬撃が降ってくる、そんな感覚に陥った。それ程までに、攻撃は素早く細やかなものなのだ。
乱れ斬りを受けた蔓は、バラバラとなりセイジを追うことはなかった。
「あ、ありがとう。」
「礼なら不要。」
斬撃を放った人間を見ると、先日出会った壱心流の男であった。
白い着物を来た男は大きな刀を鞘にしまいつつ答える。
「まぁ、そう言うな。金なら湯水のようにある。いくら欲しいんだ?」
「…………。」
男は答えない。まるでゴミでも見るような視線を此方に向ける。
背が高いため、ただ見つめられるだけでも身が竦む思いだ。
「な、何故そんな目をしているんだ…?俺が何かしたのか…?」
「……貴様は軟弱者だ。故に語ることなどない。」
「確かに、俺は弱いが、だからこそ、ここで強くなろうと、」
「その考え自体が軟弱だと言っている。普通の頭があれば、身に余りすぎる危険を賭すことはしない。」
「そ、それは………」
男の言葉に言い返せない。返す言葉もないとはまさにこのこと。
だが、それでも、返す言葉は無くとも、特訓をやめる理由にはならない。
「……確かにお前の言う通りだ。俺の考えは浅かった。でも俺はもっと強くなりたいんだ。どうすればお前のように強くなれる?」
「…………。」
男は話さない。顔を合わせようともせずに、ここから立ち去ろうとする。
どうやら弱者とは言葉を交わす時間すら惜しいようだ。
「教えてくれ壱心流の男!金ならある!頼む!」
「…………。」
「一生遊んで暮らせる金だって渡す!だから!」
「え〜。アタシはお金よりもイイもの欲しいなぁ〜」
男の後ろを追っていたセイジに、突如声が掛かる。
それは蜂蜜が溶け込んだかのような、甘ったるい声であり、女が発したものだと直ぐに理解した。
「だ、誰だお前は!?というかなんだその格好は!?」
「カワイイでしょ?カワイイよね?もしかしてドキドキしちゃった?」
女の格好はとんでもないものであった。健康的な肌は急所以外、ほとんど露出しており、隠している場所も申し訳程度に鎧が引っ付いているだけ。
「ち、痴女だ…。」
「痴女なんてヒド〜イ。アタシ、アナタの力になろうと思ってたのに〜。」
「師匠、こんな所で何をなさっているんです?」
とんでも痴女に驚きを隠せないセイジだったが、彼の驚きは留まること知らず。
さらなる驚きが襲いかかるのだった。
「師匠…?この痴女がか…?」
「そう言っているだろう。彼女は我の師匠だ。」
「この女が何の師匠だと言うんだ!?」
「………。普通に考えれば分かるだろう?壱心流の師範代とは彼女のことに他ならない。」
「普通に考えても分からないんだが…」
女の格好を見ても剣を教える人間だとは、誰も思うまい。
というか、弟子を導く人間にしては不健全すぎる格好だ。
「師匠、この者には貴方が面倒をみるほどの価値がありません。」
「え〜。デモデモ、若くてカワイイじゃな〜い。」
「よ、寄らないでくれないか…」
弟子である着物の男をいなしつつ、痴女はセイジへ身を寄せる。
すり寄ってくる女に恐怖を抱いたのは今日が初めてだ。
「それでそれで、アナタ、経験人数は?好きなシュチエーションは?アタシ、頑張るわよ〜」
「勝手に話を進めないでくれ…というか、この痴女をとめてくれないか…?」
「ですから師匠、この者に構うなど貴方には勿体ないことですよ。」
「無視か…」
男に助けを求めたのだが、見事スルー。痴女は構わず布面積の少ない体をぴったりくっつけてくる。
「んも〜う。ツれないわね〜。でもそーいうのも唆るわ。」
「うわっ!?何をするんだ!?」
「ナニって、言わせないでよね!イイことよ!イイこと!」
体をくっつけた女は重心をセイジの方へやる。自ずと2人は倒れ込む形になった。
そして倒れ込んだ2人は地面に伏す。上に覆いかぶされたセイジは成す術もないまま、上にある女の顔を見る。
あまりの至近距離に顔を背けるセイジとは別に、女は平常心のまま話しかける。
「ねぇ、アナタは今、アタシをどかせられないでしょ?」
「あ、あぁ。それが何だというんだ…」
「まだまだってことよ。そもそも、無警戒とはいえ、簡単に押し倒されすぎよ〜」
突然マトモになった女へ驚きを隠せざるを得ない。
ただの痴女だと思っていたが、この女はセイジよりも何倍も強者であり、聡明であるのだ。
「………体幹を鍛えれば良いのか…?」
「そうね〜。イチにもニにも基礎的なカラダづくりは大事だもの〜。」
「…………そうか。その、痴女だと言って悪かった。」
「ん〜別にイイわよ〜。でも、どーしてもお詫びがしたいならカラダで…」
「やはり先程の発言は撤回する!」
手首を掴まれ抵抗が出来なくなったセイジ。ダメ元で着物の男へ助けを求める。
「た、助けてくれ!このままでは俺の貞操が…!」
「そんな者にまで助言を授けるとは、師匠はお優しいのですね…!」
「俺は無視か…!?」
弱者セイジの言葉には耳を貸さず、着物の男は師匠に感銘を受けていた。
冷静な人間だと思っていたが、自身の師匠のこととなると、その冷静さもなりを潜めてしまうらしい。
だがここで折れはしない。確かに彼女は実力者で、有力なアドバイスもくれた。
だとしても、対価が貞操というのはあまりにも重い。金であったらどれだけ良かったか。
「頼む!壱心流の男!助けてくれ!俺の貯金の半分をやる!だから!」
「…………先程から騒がしいな貴様は…。師匠がお相手など感涙ものだろう…?ま、まさか貴様…」
何かを閃いたような男。やっと反応を返してくれたのだ。どうか、このまま助けて欲しい。
「男色なのか…!?」
「違う!」
「やはり我を狙っていたのか!」
「違うと言っているだろう!?」
「あらら〜。それならシュウとアタシとアナタ、3人で楽しみマショ!」
「勘弁してくれ!」
シュウと呼ばれた壱心流の男は師匠の提案に考え込む。かなり本気らしい。
セイジの貞操は今日限りでさよならするのかと、そう思った矢先、救いの手が差し伸べられた。
「真っ昼間から何やってんだオメェら!?」
「ケイヤ!」
天からの遣いにも見えたケイヤは、ぐんずほぐれの2人を見て驚く。
それも仕方がない。はたから見れば、いかがわしいことを行う寸前、といったところなのだから。
「ケイヤ!助けてくれ!このままでは俺の貞操が奪われる!」
「よ、よく分かんねぇけどこいつを剥がせば良いんだな!?」
「あぁ!」
やって来たケイヤは、セイジに被さった女を見事に剥がす。
強引に放された女はというと、何故か顔を赤くしてケイヤを見ていた。
どうせ碌でもないことを言い出すのだと身構える。
「強引なのね…でも、アタシそーいうのも好き…」
「おいセイジ!何だこの痴女は!?」
「知らん!俺も知りたいぐらいだ!」
改めて女の格好を見たケイヤは大声で聞く。しかし、その疑問に答えられはしない。
女はケイヤをじっと見る。目線をケイヤニ向け、そして外す。その後、少し考えて口を開く。
「4人でっていうのはアタシ経験ないけど…、案外楽しいかもね。」
「師匠、我の腹はくくれました。男を経験するというのもまた、糧となりますよね…。」
「えぇ!勿論よシュウ!さぁさ、楽しみましょ!」
女と弟子であるシュウは、わけの分からないことを言いながらセイジ達に近づく。
「逃げんぞセイジ!」
「あぁ!全速で行こう!」
取り敢えずセイジはケイヤと共に、様子のおかしな師弟2人から逃れたのだった。
セイジは、今日の出来事が身の丈に合わないリスクを負いすぎた罰だと思い胸に刻んだ。
そして改めて、基礎的な体作りを行いつつ強くなろうと考えるのだった。




