01 遺跡荒らしは冒険者の幸せ
自分の吐く息の音がはっきりと聞こえる。フッフッと強い息。
石造りの通路を全速力で駆け抜ける私の、すぐそばを火線が走る。
あづい! 服が焦げ、私の腕を赤く腫れあがらせる。私は歯を食いしばり、速度を落とさず十字路へと急ぐ。ロイゼルが付けておいた印のおかげで、罠を避けながらなんとか横道に滑り込む。
ロイゼルと私とティントが真っ先に逃げ込み、少し遅れてJJとシェーラが駆け込んでくる。
壁の陰に隠れるとシェーラは兜を慌てて外す。真っ赤な顔でびっしょりと汗を掻き、鎧下の焦げる匂いが漂ってくる。JJの方も自慢のドレッドヘアは乱れ、補強服がぼろぼろになり、火傷で背中の一部の皮が剥がれているのが服の隙間から見える。
火線が止み、ロイゼルが通路を手鏡で覗き込む。通路まで追って来てはいないようだ。
JJの服を脱がし、シェーラの鎧のパーツを一部外し、私は急いで【治癒】の奇蹟を二人にかける。幸い深い傷ではなく、火傷はすぐに癒えた。
危ないところだった。冒険者の最重要スキル、逃げ足の速さが役に立った。このスキルは誰にも負けない自信がある。
しかし、恐ろしく強いゴーレムだったな。
「皆大丈夫か?」
尋ねるロイゼルに私は「大丈夫」と返す。仲間たちも同様だ。
「水の精霊を連れてきていれば良かったんだけどね。今日の助っ人は風の精霊だから」
「風の精霊がいなければ埋もれていたこの遺跡にしっかりと空気を送れなかった。ティントと仲の良い土の精霊がいなければ埋もれていた通路を安全に繋ぐことはできなかった。だからティントは最善の選択をしてるよ」
ティントは心配そうな表情をしている。JJとシェーラが私たちの盾になって攻撃を受けたのを、気に病んでいるようだ。
でも私の言葉の通り、ティントに問題はない。ティントが連れていける精霊は、いつも一緒にいる土の精霊ともう一体までなのだから。あとはその場にいる精霊に協力を仰ぐしかない。
ロイゼルは警戒を保ちながら軽い感じで言葉を続ける。
「あのゴーレム強すぎないか? 魔神より強いだろ」
「私たちが倒したのは150年間弱らせ続けた魔神だからね」
ロイゼルは分かっていて言っているだろうが、私も敢えて当たり前のことを言い釘を刺す。
「……(私が斬鉄できないのが悪い)」
「いやいや、斬鉄ってあんなごつくて魔法で補強されたアイアンゴーレムを斬るようなものじゃないでしょ」
シェーラがちょっと凹んでいるが、あんなのを斬れる戦士は英雄クラスの存在だけだろう。本来戦士の仕事ではなく、魔法使いたちの仕事なのだが、私たちは破壊の魔法は不得手だからな。
「JJ、ゴーレムって起動命令出してる文字を破壊すれば止まるんじゃなかった?」
「真言のことか? 巧妙に隠されていて見つけられなかったな。もし見つけても高度な真言なんて読み解けないぞ」
JJはボロボロの服を見てため息をつき、悲しそうな表情をしている。その辺には売っていなそうなデザインをしているから、買った物を自分で縫い直してるんだろうな。もしくは完全自作か。
ふむむ、じゃあ今日のところはこれぐらいで勘弁してやる。命拾いしたな! アイアンゴーレムよ。
とりあえず通路に中指を立ててから帰ることにする。
「対策を立ててからリベンジしよう」
「いや、依頼内容は達成してるんだから帰るわよ」
私のリベンジ宣言にシェーラは強く頷いてくれたが、ティントは興味なさそうで幼児に帰宅を促す母親のような言い方だ。
今回の依頼はオウルシティの魔術師ギルドの研究者からのものだ。依頼内容は、彼が古文書から発見した新たな遺跡の探索と地図を作成すること。できれば研究している飛行に関するものを持ち帰ってほしいとのことだった。他に見つけた物は自由にしていいとも言っていた。
この遺跡にたどり着くまでにはなかなか苦労した。古文書によると昔は繋がっていたと思われる、すでに発見されていた近くの遺跡。そこの通路の土に埋もれて崩れた部分から、土の精霊にトンネルを掘ってもらったからだ。1日では終わらず、2日掛かりになってしまった。
この遺跡で確かに飛行に関する研究資料っぽい物は見つけたが、重要なものはゴーレムがいた部屋の奥にある気がするんだよなあ。まあ最低限の仕事は終わっているが。
「ボーナスになりそうなのはこの盾だけかな」
甲冑のオブジェが身に着けていた、赤く魔力を帯びた盾。精緻な文様が描かれている。甲冑自体は錆びて使い物にならなくなっていたが、盾は魔法の影響だろう、綺麗な状態だった。
掛かっている魔法は正確には分からなかったが、強化されているのは間違いない、というのがJJの談。
「高く売れそうなら売ろう。そうじゃなければLが使えばいいさ」
ロイゼルはこちらを見てニヤリと笑う。
今は世界を巡るための資金稼ぎの最中だしな。そうしよう。
この盾はロイゼルが使うには重過ぎるようだし、シェーラは必要ないと言う。私が普段使っている盾よりは大きいので、遺跡都市テトラフォルカに戻ったら調整してみよう。
遺跡都市テトラフォルカは王都オウルシティの南東、馬車で2日の距離にある。名は遺跡都市だがテトラフォルカの町自体は遺跡という訳ではない。
町からも見える天を衝かんばかりの4基の巨大な塔。崩れ落ち土に埋もれた遺跡群。まだ雲の上に存在するという伝説の飛空都市。
それらを求め集う遺跡荒らし、すなわち健全な冒険者たちのために作られ栄える町。ロマンの集う場所。それがテトラフォルカだ。
王都と比べ品がないこの町は、日の浅いねんねちゃんをからかう冒険者も多く、酒場での喧嘩など日常茶飯事だ。
腕に覚えがあり、一攫千金を狙って故郷を飛び出した新米冒険者がベテランにボコボコにされたり、逆に人並み外れた実力で新人側がベテランをボコボコにしたり。そういう喧嘩を見るのもここでは酒の肴だ。
今日も今日とて殴り合いが始まり、当然賭けも始まる。
残念ながら私たちは喧嘩を売られていない。誰かシェーラに絡んでくれば面白いのに。シェーラと同じくらいの体格の男もいるんだからさ。JJ並みはいないけど。
初めて来たときは絡まれたんだけどな。そのときはシェーラは相手をボコボコにしてたけど、私は痛み分けだった。リベンジしたい。素手だから、いい運動なんだよね。
「また好戦的な顔して。『知識の神』の教えには無用な争いは避けろっていうのは無いの?」
「……ある」
ティントに諭されるとは神官の恥である。いや、だから無用じゃない争いにならないかなーって、うん、ごめんなさい。
「さっさと出発しようぜ。オウルシティに着くのが遅れるよ」
皆の朝食が終わったようなのでロイゼルが出発を促す。
この町で遺跡探索に耽るのはとても楽しく中毒性が高い。目的意識を持って動かないと、だらだらとこの町に居続けることになる。
遺跡でも解き明かしたい謎や経験したいことがたくさんあるが、今はそのときではない。
さて、朝っぱらから飲んだくれてる奴らがいる、こんな所からはさっさと出よう。盾に掛かっている魔法もこの町の鑑定屋では分からなかったし、依頼の報告もあるし、王都に戻らないと。
いつの間にか喧嘩も終わっている。私たちは悔しそうな表情の新人を気にせず、支払いを済ませて店を出ていく。早めに乗合馬車の所へ向かわないとね。
私は新人に賭けたせいで銀貨1枚損をした。




