エピローグ01 反省会
『知識の神』の信徒の朝は祈りより始まる。新たに得た知識や経験を神に捧げるのだ。
ようやく太陽が全身を見せる早朝、『知識の神』の神殿の中庭。草花が濃厚に香る中、私はゆったりとした大河の流れをイメージし、相手の攻撃を受け流す歩法を組み、軸をぶれさせないように左手甲でカウンターを打つ。
魔神との戦いの最中、急性魔力欠乏で意識を失った私は、シェーラに『知識の神』の神殿に運ばれ【魔力譲渡】の奇蹟により容態を回復したらしい。昼頃に目を覚ました私は起きて出かけることをエリスに許してもらえず、その日の間は安静にさせられていた。
おかげで今日は日の出と共に目を覚まし、元の生活リズムに戻すことができた。
しかしまだ魔力欠乏の後遺症で頭痛がする。なので今日は体幹を揺さぶられる戦槌ではなく徒手の鍛錬をしている。
型は大河から急流へ。己から相手を崩す、動きの激しい型だ。牽制の速い打撃で相手の動きを誘う。距離を測る左の拳から入って左左右ローキック、そのまま素早く体重移動をし、くるりと背面に回り込む。
さすがに頭が痛い、若干吐き気もある。二日酔いのような症状だ。
本当は剣の鍛錬の方が良かったのだが、中庭で刃の付いた武器を振るのは禁止されている。
今回の件では学ぶべきことが幾つもあった。
まず根本的に私たちはまだ弱い。
今回魔神に勝てたのは先人の知恵と力があってこそだ。魔神は想像以上に弱っていたというのに危うい戦いだった。
私の究極の目標。境界山脈の東、闇の陣営に行き見聞を広める。
その為には自分たちの力だけで魔神を倒せるぐらいにならなくては。
自分の弱点を認め対策しないとな。魔力が不十分ならそれを如何に用いるか。
前にJJと話したことがある。上級者が魔法を何度も使うことができるのは魔力の変換効率が高いからだという。魔法は基本構造を学び、それで扱えるようになる。だが基本構造は多くの人に扱えるように汎用化されたもので、真に構造を理解し自分に合う構造に変化させることで効率や効果は劇的に変わると。
奇蹟の場合は若干勝手が違うが根本の考え方は同じだ。
上段のフェイントから水面蹴りを放ち、倒れた相手の喉を打つ。素早く立ち上がり構えに戻る。フゥーと息をゆっくり吐き、構えを解いて一礼する。
神への感謝と新たな知識を得ることを誓い、祈りを締める。
神は宣えり、あらゆることの故を知れ、と。
そう、犯人の目的も大きな問題だ。
封印だけ解いて姿を消すのは、魔神の使役が目的ではないということ。混乱を招きたいのか、戦争の前準備なども考えられる。
オウルの国は光の陣営の東端にあり、境界山脈に面している。小康状態にある闇の陣営の工作の可能性もある。
また闇の陣営との争いが収まっている今、光の陣営でも西側諸国では勢力争いが激しくなっている。オウルの広大で肥沃な土地を手に入れたい国も多いはずだ。
様々な調査をするにはオウルシティにいるだけでは駄目だろう。
東に行く前にまずは西の国々を巡りたいところだ。
「YO! L、調子はどうだい。今日祝勝会、皆で開催、子供たちもご招待、食べて飲んでのご歓待。Yeah!」
上機嫌なJJが歌声と箱から流れる陽気な音楽にノリながらやってくる。シェーラとティントも一緒だ。ティントちっちゃ! この3人でいるとより小さく見えるなあ。
ティントはJJの関係者だと思われるのが嫌なのか、目線を逸らして距離を取っている。だがこの辺りに住む人たちは皆知っているから無駄だ。
「おはよう、祝勝会場はロイゼルの所でするってことね。じゃあ食べ物をたくさん買っていかないとな」
「これが報酬、俺が回収、何に使うか検討中、Oh Yeah!」
テンションアゲアゲのJJはズシリと詰まった銀貨袋を見せてくる。
重そうだ。ある程度冒険者の店に預けようかな。
「報酬はロイゼルのところで分配しよう。経費の分もあるからね。そういえばロイゼルは魔神に吹き飛ばされてたけど大丈夫だった?」
「……(JJがキャッチしたから大した怪我はしていない。Lこそ大丈夫か?)」
シェーラが目で教えてくれる。
確かにロイゼルの吹き飛んだ方向にはJJがいたな。それがなくてもロイゼルなら受け身ぐらい取れてるだろうから大丈夫か。
シェーラの肉体はもう傷一つない。美しい筋肉だ。モデルのような涼やかな顔に動きやすそうなシャツとパンツがよく似合う。
ティントを見ると手をさすっている。よく見れば指が赤くなり少し腫れているようだ。
「私は二日酔いみたいなものだから大丈夫だよ。ティントの方は温かいこの時期にしもやけになっているようだけど」
私はにやにやとティントを見つめる。
ティントは憤慨した様子で顔を朱に染める。プルプル震えながら私を指さす。
白い花飾りが揺れ、とても可愛らしい。
「だから私は嫌な予感がするって言ったのよ! ほらね、私の言ったことの方が正しいの。Lはもっと私の意見に従うべきだわ」
まあそうとも言えるな。今回の依頼は一歩間違えれば大変なことになっていた。
だが私は大事を他人に任せて自分はのうのうと過ごせるような人間ではない。むしろ関係なくても首を突っ込む。それが私だ。
「Lが脱力、求める助力、スティーブ協力、態度は実直、戻る活力、OK! Say Yeah!」
「Yeah!」
勢い収まらぬJJに従って私は言ったが、ティントはぶすっとして乗ってこなかった。
そういえばエリスもスティーブが私に【魔力譲渡】をしてくれたと言っていたな。貧弱な体格の分際で私に魔力を譲渡するとは生意気な奴め。後で礼をしないとな。飯でも奢ってやろう。タンパク質をたくさん食わせて筋肉をつけさせるのだ。
「……(『知識の神』の神殿は深夜でも起きている者が多くて助かった)」
シェーラが頷きながら目で語る。
後で聞いた話だと『芸術の神』の神官たちも衛兵に『知識の神』の神殿や『豊穣の神』の神殿へ運ばれて治療を受けたらしい。対処法はあると言っていたが、やはり無傷という訳にはいかなかったようだ。
そうそう、あと一つ聞きたいことがあった。
「倒した後、魔神は消滅した?」
「シェーラが首刎ね防ぐ豪雪、さらに追撃魔神消滅、Yes!」
「……(首を刎ねても暫く生きていたけど、切り刻んだら消滅した)」
二人の報告に私は目を輝かせる。
やはり伝承の通り魔神は死体を残さず消滅するんだな。この世界に存在する魔神の肉体は魔力で作った依り代に過ぎないとか。封印もできる事から精神体なり魂なりをこちらに移動させているのだろうとは思う。
魔神を倒す十分な力を得れば、これもはっきりさせることが可能になるだろう。
「じゃ、行こうか。シェーラの鎧直すのいくら掛かった?」
「……(銀貨40枚)」
「それも経費に入れておかないとね」
シェーラは頷く。
拗ねているティントも構ってあげないとな。私はティントの手を取り走り出す。
ティントも私の手を振り払いきれずに、仕方ないなという顔で渋々と走り出す。
「Here we go!」
ステップを踏むJJはくるりと一回転すると、目的地を指さし高らかに叫んだ。




