11 決戦
時は待たず、ただ流るるのみ。されば人は生を愛し、己を高むるを旨とすべし。
時は来たれり。
まもなく満月は頂に達する。
各々決戦に備えやるべきことはやった。
ロイゼルは今日も盗賊ギルドへ赴き、犯人を捜してくれていたようだが、こちらが地下水路の魔法陣を改変しても全く動きはなかったようで、犯人は既にオウルシティにはいないと思われる。
そのため周辺の都市村落での異変はないか尋ねたが、周知のようにワイバーンが街道を襲っていることなどが挙げられるが関連は不明だとのことだ。
『芸術の神』の神殿の礼拝堂では、朝からパイプオルガンをはじめ、様々な演奏が現在に至るまで交代で行われている。封印のホール内にいる神官たちは、魔神出現と同時に曲を始めるためMJの指揮を待つ。
外では万一に備え衛兵と伝令が待機している。しかし彼らが必要になるような事態を招いてはならない。
私たちはウォームアップを終え、万全の状態にある。
私は戦槌に小型盾、チェインメイルといつもの装備。
シェーラは両手剣に金属鎧、用意してある弓矢は近くに置いてあるので、使うときには拾う必要がある。
JJは魔術師用の杖に珍しく『芸術の神』の神官服を着ている。
ロイゼルはいつも通り動きを阻害しないことを重視した革鎧に様々な短剣が手の届く範囲に提げられ、また仕込まれている。
ティントはもちろんお留守番。
決めていた位置に陣取り、いつでも来いと身構える。
緊張感が高まり、感覚が研ぎ澄まされる。生命の危機に淡く痺れる快感が走る。
待っている僅かな時間が数刻にも感じられ、時が流れていないのではないかと疑ってしまう。
その時、宙に陣が浮かぶ。予定通りホールの中央付近。
刹那、魔神が一気に転げ出ててくる。異空間から必死に逃げ出すように。
魔神はもがき苦しみ、歪みを帯びる硬質の闇色の肌から黒い粘性の物質が垂れ落ちる。落ちたそれは床に落ちるや否や蒸発し霧散する。
そこからわずかに魔力を感じる。こうやって魔神の力を150年間削ぎ続けていたのであろう。
ホールに神々しく気高いゴスペルが響き渡る。『芸術の神』の神官たちが用意してきたそれは圧倒的な迫力で魂を根幹から揺さぶる。
魔神は一層頭を抱えのたうつ。人型の魔神はぎいぎいと金属を擦り合せたような音で呻き、口元からは黒色の物質が散る。人型だが体毛はなく鼻もない。肌は硬質だが所々崩れている。翼はもうぼろぼろでとても飛べそうには見えない。
ロイゼルとシェーラは疾く魔神に迫る。ロイゼルが魔神にダガーを投げつけ間合い寸前で方向を変え飛びのく。釣られて滅茶苦茶に振り回された魔神の腕は空を切る。
今なら姿勢も低く、体勢も崩れている。一気に距離を詰めたシェーラはこのまま首を刎ねんと両手剣を振り下ろす。
が、正気を欠いていたかに見えた魔神が、突如冷静に身を逸らす。罠か!
それでもシェーラの神速の一撃は魔神を【防壁】諸共斬り裂く。だが浅い。
胸を斜めに裂かれた魔神は怒りに燃える目をしてシェーラの顔面に恐ろしい速さで拳を打ち抜く。
シェーラは強引に身を捩り左肩で受け、自ら後方へ跳ぶ。
肩口に拳がめり込むと破城槌をぶつけるような音とともにシェーラが吹き飛ぶ。肩当てと兜が外れ飛び、大きく形を歪めている。
シェーラから先に癒すか? 現在の集中を単独の【治癒】にまわせば、広範囲の【治癒】を使うのにまた集中が必要となる。
魔神は名状し難い叫び声を上げ、ごぼりと黒い塊を吐き出し、それもまた霧散する。
憎悪に満ちた視線を、歌う神官たちに向けると、金属音で何事か言い始める。
魔神の周囲に魔力が集まりだすのを感じる。まずい、集まりが早い、【吹雪】が来る。
ロイゼルがダガーを投げつけるが【防壁】に阻まれ魔神は意に介さない。
【治癒】は【吹雪】の後、即座にだ! 意識を高め、耐え、集中を維持しろ!
その時JJが詠唱を完成し【抗魔】がかかる。自分の存在が何かに守られるのを感じる。
魔神の詠唱が止む。
急速に周囲が冷えていき氷片が舞う。吐く息を凍てつかせるほどの冷気。
体温が一気に下がっていく。
意志を強く持て! 耐えろ! 頭脳を鈍らせるな! 即座に切り返せ!
私は重くなった体を動かし、カウンターを放つかのように皆に【治癒】の奇蹟を。
神の温かな愛に包まれ、熱き血が巡り体温が戻っていく。
跳ね起きていたシェーラがもう魔神に詰め寄る。
頭から血を流し、鼻血を吹き出し、血塗れの凄烈な笑みを浮かべている。
シェーラの傷は完全には癒しきれていなかったか。私はもう一度奇蹟に集中する。
魔神に詰め寄ったシェーラは今度は悠々と剣を構え、剣先を揺らめかせ隙を窺う。
魔神も警戒し僅かな間がもたらされる。摺り足で1歩……2歩……。
その時ゴスペルの勢いが高まり、荘厳にして勇壮な新たな展開を迎える。
金属質の悲鳴を上げた魔神に、シェーラが斬りかかる。今回は当初の予定の脚を狙う。
しかし魔神のそれはまたも誘いだったか、身を後ろに引きカウンターを……。否! ロイゼルが全体重を乗せた跳び蹴りを魔神の背中に、さらに三角跳びの要領で魔神の間合い外に飛びのく。
【防壁】を超えて自分に傷を負わせられまいと捨て置いたロイゼルの攻撃で、魔神は後ろに下がれなかった。
シェーラの強烈な一撃が魔神の右脚に直撃する。【防壁】により切り落とせこそしなかったものの、その脚は大きく歪んだ。
体勢を崩しカウンターに失敗した魔神は悔し紛れに床を殴り、辺りにタイルの破片を飛び散らせる。
そこにまたも詠唱が完成。JJが皆に【防壁】をかける。
タイル片程度では当然それを貫けず、ロイゼルも無傷だ。
間髪入れずシェーラは斬り込む。今度は逆の脚。
魔神は硬質の腕で守りを固め、受け流す。身を引き体の向きを変え、ロイゼルも視界に入れリスクを減らした動き。
そして金属の声で詠唱を始め、魔力が集まりだす。その間もシェーラがつけた傷から黒塊がぼとりと垂れ落ち蒸発していく。そのせいか、先程よりも魔力の集まりが遅い。
シェ-ラの連撃は魔神にいくつもの細かな傷つける。しかし魔神の守りを抉じ開けられず、詠唱は止まりそうにない。
その時バタンとホールの扉の閉まる音。
「フ、皆だらしないわね。全くあなたたちは私がいないと……へぶおっ!」
魔神の【吹雪】が発動し凍てつく風が吹き荒れ、誰かさんの言葉ごと吹き飛ばす……。
一度目の【吹雪】で下がっていた室内の温度が、さらに急激に下がり、唇や瞼も貼り付かせる。またも体温の急速な低下に、くらくらと思考がおぼつかなくなる。
いけない! すぐに【治癒】を!
私はガアァと気合いで吼え、集中を高める。唇が裂け、瞼も千切れ、痛みで意識が覚醒する。
瞬時に範囲を拡大した【治癒】の奇蹟が降り注ぐ。偉大なる神の抱擁が私たちを温め、さらに熱気で周囲の温度も若干戻す。
融けた血液が顔を滴る。しかし瞼もしっかりと癒えている。私は血糊を拭いクソ魔神を睨みつける。魔力はほとんど残っていない。だが戦槌を強く握り、魔神との距離を縮め、最後の奇蹟のため集中する。
いつの間にか流れる音楽が変わっている。
ギュイーンと魔法楽器を奏でるテンポの速い勢いのある音と、DJおじさんとMJのシャウトが響き渡る。
ゴスペルの時には溶け込んでいたJJの朗々たる詠唱は、今度は唯一の主旋律のように際立ち、そしてその声を途切れさせる。
一拍、ロイゼルがまたダガーを投げる。魔神はそれを無視し……突き刺さる!
JJが魔神の【防壁】の構成を読み解き、【解呪】に成功したのだ!
シェーラの剣撃を耐えながら魔神はぎちぎちと必死で詠唱する。魔神は深い傷が増えていく中、それでも油断なく隙を窺っている。そのためシェーラも勝敗を決する一撃が放てない。
3度目の【吹雪】の前に決められるか? 無理なら私はシェーラを癒すべきか、シェーラなら耐えられるはずだ。
いや、そうではないだろ! 私はシェーラに任せて屈するというのか? このクソ魔神に私自身は一矢報いずに済ませていいのか?
私の反骨の精神が高まっていく。
響くシャウトが後押しする。
窮地を救うのは、いつも純粋な力だ!
「死ね! このド腐れ魔神が!」
祈りは神に届き、純粋なる力、不可視の【衝撃】が魔神の側頭を殴り飛ばす。
大きく体勢を崩し膝をついた魔神。その首を刎ねんとシェーラが舞う。魔神はそうはさせまいと拳を振るう。その腕にロイゼルが2本のボウイナイフを突き立て取り付きニヤリと笑う。
結果、ロイゼルは弾き飛ばされ、魔神の首は宙を舞う。
限界を超えて魔力を使い果たした私は、ぼやけた視界でそれを見届け、混濁する意識を闇に沈めた。




