第48話 無礼な女官?いい度胸ですわね。
「なんですの?それは。」
いつも、悪の侯爵令嬢として、不敵な笑みを顔面に張り付かせているジュリアの目が点になっている。向かいに立っているのはジュリアより長身の燃えるような赤い髪の女性・・・らしき存在。
「何って、お前が言ったんじゃないか。女の人間に化けろって。」
ポリポリと居づらそうに頭を掻く女性・・・らしき存在。
「確かに申しましたわね。わたくしの侍女に変身をしてほしいと。でもフレイムのソレは侍女ではなく、メスのゴリラではありませんの?」
ジュリアにメスゴリラと形容された女性・・・らしき存在、フレイムは、綺麗な赤い髪をすべて台無しにしてしまうほどのごつい身体、ケバい化粧、割れた顎に凛々しい眉毛、鋭い眼光は射抜くだけで他の女官を失神させることもド液相だ。
「おい、これのどこがメスゴリラだよ!!立派なレディじゃないか!」
フレイム的には完ぺきな女性らしい。が、ギリギリ人間とは呼べても、女性とは言えない。かろうじてオカマぐらいのレベルだ。
「なぜそうなりますの・・。まだ元の姿にお化粧をした方がましですわ。」
フレイムの元の姿は目鼻立ちのはっきりした端正な顔立ちだ。男らしいと言えば男らしいが、筋肉も細マッチョレベルで、こんなにごつくはない。おそらくあの姿のまま女装してくれていたら、蘭妃を更に少し男らしくした感じの女性、といった感じになるはずだったし、ジュリア的にもそのつもりだったのだ。
「こんなに恐ろしい侍女がいたら困りますわ。それこそ後宮全体を恐怖に陥れてしまいそうですの。」
「何言ってんだよ。こんなに可憐な女性のどこが恐ろしいんだ!」
どこからそのような自身が出るのか、それともフレイムの基準的にはこれが可憐な女性ということなのか、ジュリアにはさっぱり分からなかった。
「もっと違う風には変身できませんの?それでは目立ちすぎますわ。」
こんなごつい侍女がいていいはずがない。というか、こんなにごつかったら、それこそ今まで誰にも気づかれなかった理由が見つからない。
「出来るには出来るがなー・・・。元の俺の姿に近いし、こう劇的に可憐な女性!って感じじゃないんだよなー。」
「それでお願いいたします。」
(といいますか、最初からそれでお願いしたかったですわ。)
即答で答えるジュリアに不服そうなフレイム。
「お前がそう言うんならしゃーねーな。ほらよ。」
ゴォッとメスゴリラ・・もとい、女装したフレイムが燃え上がると、ジュリアが予想した通りの蘭妃を更に男らしくした、女性が現れた。
「ばっちりですわ!でも少し女性らしさが足りませんわね。」
「ほら。だから最初の方がよかっただろ?今もどしてやるから―――」
「今のままで問題ありませんわ。前の姿は却下です。」
再び姿を変えようとしたフレイムを必死の形相で制止するジュリア。
「そうですわね・・。服を変えましょうか。それと、お化粧も少し・・・。」
ジュリアがパチンと指を鳴らすと、少しがっしりしたフレイムの肉体を隠せるような、それでいて侍女としておかしくないレベルに地味な服が出た。続いて化粧道具を出すと、濃いめのフレイムの顔を抑えるようにナチュラルメイクを施していく。
「よし、これでいいですわ。可憐な女性とはいきませんが、普段は男装をしていそうな麗人!という感じに仕上がりましたもの。」
フレイムの仕上がりに満足するジュリア。
「そうか?俺は前の方がよかったと思うが。」
「フレイムは一度目の検査をした方がよろしいのではありませんか?」
本気で心配する。
因みにジュリアとフレイムがいる場所は薔薇の庭である。ジュリアは寝室から出た後、カエラに女官長マリアに会いに行くと言い、カエラを連れて女官長室へ言った。そして女官長室につくと、内密の話があるからと言い、先にカエラ達を薔薇妃の間へ戻した。
マリアには、クリスティアナが後宮の秘密について色々探っており、少々面倒だからこちらで策を講じる、これから自分がすることには口を出さないでほしいと、お願いをし、マリアもあまり後宮を荒らさないのならと、それに了承してくれた。
それからジュリアは1人、薔薇の庭へ向かい、いつものように結界をはって、今に至る。
「さて、では行きましょうか。」
準備も出来た事だしと、ジュリアはフレイムを引きつれて薔薇の庭を後にした。
「とりあえずフレイムの事はフレイヤと呼びますわね。わたくしがほとんど話しますので、フレイムは出来うる限りあまり言葉を発しませんようにお願いいたしますわ。」
妖精4人の中であまり思慮深いとは思えないフレイムが口を開いたらぼろが出そうなので、そこはあらかじめ釘をさしておく。
「わかったよ。今回の件については俺が全面的に悪いし、今は言うことを聞く。」
了承しながらも少しぶすっとしているのはただ単に今の格好が気に入らないからである。
「あぁ、それからその“俺”って言うのもその姿の時はおよしになって下さいね。“私”と言って頂きますようお願いいたしますわ。」
「む・・。努力する。」
返事から察するに、おそらく無理だろうと思ったジュリアは、益々フレイムが口を開かなくて済むよう頑張らなくてはと、意気込んだ。
幸いなことに、道中誰ともすれ違うことがなかった2人はスムーズに蘭妃の間の前にたどり着いた。魔法陣が一切発動していないところを見ると、蘭妃は『失われた言葉』が読めないのだろう。
ノックをし、声を掛けた後、部屋の向こうからの対応を待っている間そんなことを考えているジュリア。
「どうぞお入りください。」
蘭妃付き女官が扉を開けて、ジュリア達を招き入れた。女官の視線が一瞬フレイムに向いたが、それもすぐに逸らされる。
(まずまずですわね。そこまでの違和感は与えていないご様子ですし。)
ここで最初の女装姿だったのなら、悲鳴を上げられてもおかしくない状況だった。
部屋を進むと、奥の椅子でくつろぐクリスティアナがいた。
「お久しぶりですわ蘭妃様。ご機嫌麗しゅうございますか?」
お決まりの丁寧なあいさつをするジュリア。
「えぇ。薔薇妃様も道中御けがなどはございませんでしたか?」
すっかりジュリアを鍛練仲間として認識しているクリスティアナには他の側室達のようなジュリアをあからさまに嫌うような雰囲気はない。
「はい。こうして無事に戻って参りましたわ。」
女官に促され、ジュリアはクリスティアナの前に腰かけた。
「それで、お話というのは何のことですか?」
さっそく本題に切りかかるクリスティアナにジュリアは少し思案するそぶりを見せ、チラリとフレイムに視線を移した後、クリスティアナに笑顔を見せた。
「本日は蘭妃様にお詫びしなければならないことがございまして、参った次第ですわ。」
「詫びねばならない事?」
さっぱり何のことか分からないと首を傾げるクリスティアナ。
「えぇ。実は、この者のことでございますが、」
そういってジュリアがフレイムの方を見ると、クリスティアナもフレイムに視線を移した。
「その者は?」
クリスティアナにとって初めて見る侍女に、全く心当たりがなく、更に首を傾げるクリスティアナ。
「わたくしの実家から連れてきた侍女でございますわ。わたくしの留守中わたくし付きの女官達を手伝うために呼び寄せたのですが、実は蘭妃様の事を監視していたのですわ。」
「・・・・は?」
突然、自分のことを監視していました、と言われても、理解できるはずがない。クリスティアナの反応はもっともだった。
「どういうことですか?」
表情がどんどん曇っていくクリスティアナ。
「そうですわね、このようなことを申しましても、蘭妃様にとっては不快にしか感じないと思われますが、この者、名前をフレイヤ、と申しますの。わたくしに負けず劣らず剣の達人なのですが、わたくしの留守中、蘭妃様のお相手をすることが出来ればと、思っていたのですが、わたくしの実家が、余計なことをこの者に吹き込んだようでして・・・。」
「ブラスター侯爵様が、ですか?」
蘭妃にもその悪評は届いているのだろう、生理的に受け付けないという顔を仮にもその娘の前で堂々としている・
「はい。どうやら他の称号付きのご側室方を監視するように言いつけられていたようなのです。お恥ずかしい話なのですが、我がブラスター侯爵家は蘭妃様もご存じではいらっしゃるとは思いますが、権力、というものをかなり好んでまして、そのためにはわたくしを正妃にしようと企んでいるのですわ。」
ジュリアは当初自分自身が完全に悪者を演じようと思っていたのだが、退屈な後宮でクリスティアナとの鍛練の時間は割と楽しいものであったので、途中で作戦を変更することにした。
要は、すべてブラスター家になすりつけてしまえばいいのだ。ブラスター家の悪評が広まり、国としても無視できないレベルになれば、ブラスター家没落という可能性も見えてくる。そうなればそれに準ずるジュリア自身の貴族位もはく奪されることになるだろうし、貴族でないジュリアなど後宮にいる必要はなくなるわけで。もちろん、スムーズに後宮から追い出されるために自分自身の悪評を広めることもどんどんやるつもりではいるが、それをクリスティアナにする必要なないだろうと、感じていた。
「わたくしは道中、父と会う機会がございまして、そのときその事実を知ったのですが・・。帰ってきてからこの者を問い詰めた所、蘭妃様を監視中に蘭妃様に気配を気づかれたようで・・・。その気配の主を探していらっしゃるということを伺いましたので、慌ててこちらにお詫びに参ったのですわ。」
「そうですか・・・。あの気配の主はこの者だったのですね。」
何故か少しがっかり気味のクリスティアナ。
(・・さては蘭妃様、人外の方をお望みでしたの?)
不審者か、人外か。この二択の内後者の答えを期待していた様子のクリスティアナに、思わずくすりと笑ってしまうジュリア。
「蘭妃様!何を惚けていらっしゃるのです?即刻兵に突き出すべきではありませんか?!」
突然後方の方から叱責する声が聞こえてきた。ジュリア達を招き入れた女官だ。
「バーバラ。別に構わないじゃないか。不審者ではなかったことだし。こうして薔薇妃様も詫びに来てくれたのだから。」
「これのどこが詫びなのですか?!へらへらと笑いながら詫びる者がどこにいるというのです!!」
(あ・・、しまった。つい笑ってしまったのがこの方の心証を悪くしてしまったのですわね。まぁ、それはそれで構いませんけど。)
女官ネットワークの間でジュリアの悪評が広まるのはどんと来い、なジュリア。
「たとえ薔薇妃様であろうと、事前申請なしに侍女を招き入れることなどあってはならないのですよ?それに側室様方を、何より蘭妃様を監視させるなど、なんて無礼な!!」
「それは、薔薇妃様じゃなくて薔薇妃様のご実家がしたことだろう?」
やはりジュリアに対してはあまり悪い印象を抱いていない様子のクリスティアナ。だが、女官の方はそうもいかない。多分彼女はジュリアの噂を鵜呑みにしている人の1人なのだろう。
「薔薇妃様だろうと、そのご実家だろうと関係ございません!薔薇妃様が正式な手続きを踏まずに招き入れた者が蘭妃様を監視していた、という事実があるのです。そのような方がご側室筆頭であっていいはずがございません!」
(この感じは・・・もしや。)
ジュリアはバーバラの様子から1つの仮説を導き出した。おそらく彼女はジュリアの噂を信じ込んでいるだけでこんなに悪意をむき出しにしているわけではないと。クリスティアナが正妃になるにはどうしてもジュリアという存在が邪魔になる。これはジュリアを追い落すいい機会だと思っているに違いない。
(おしいですわね。もう少し時期を見て頂ければその誘いに乗ったのですが・・・。)
フッと鼻で笑い、スッと立ち上がると、コツコツと靴を鳴らしながらその女官の元へ向かう。
「先ほどから黙って聞いていましたら、随分な口のきき方を為さるのですね。」
口は笑みを浮かべていても、その鋭い眼光でジロリと見つめられると誰でも縮こまってしまうジュリアの悪女顔。それを自分だけに見せられたバーバラは今にも失神してしまいそうである。
「わたくしが蘭妃様のためによかれと思ったことが結果的に蘭妃様を不快にさせてしまったことをわたくしは深く反省し、こうしてお詫びに参ったのですよ?それのどこに問題があるというのでしょうか。」
「そ、それは・・。貴女様の態度が、詫びをしにきた人の態度ではないと・・。」
がくがくと震えながらもまだ口答えをしてくるバーバラに少し感心するジュリア。
「なるほど。では薔薇妃であるわたくしに対してそのような無礼な振る舞いをする貴女自身はどうなのですか?それこそその無礼を盾に貴女をこの後宮から追い出すことも出来るのですよ?」
クリスティアナ自身ならまだしも、一介の女官に過ぎないバーバラがジュリアにこのような口のきき方をしていいわけがなかった。自分の過ちに気づいたバーバラは涙をいっぱいに瞳に溜めている。
「さて、貴女が仰っていた監視をしていたことについてですが。これは別に罰せられることではございませんのよ?」
「へ?」
「だってそのような法律はございませんもの。それに、監視していたことについて、もし問い詰められましたら監視ではなく、ただみていただけと言えばよろしいんですもの。たったそれだけのことでわたくしが罰せられるはずもなければ薔薇妃の身分がなくなるわけでもございませんわ。それと・・あぁ、わたくしがフレイヤを正式な手続きを踏まず招き入れた事ですが。」
ジュリアは先ほどまでの迫力満点の顔をやめ、今度は男を誑かす妖艶な美女顔にチェンジした。
「陛下から事前に了承いただきましたの。陛下はわたくしの頼みならば何でも聞いて下さいますもの。不思議なことじゃございませんでしょう?」
これで、バーバラのジュリアに対する印象が決定した。ジュリアは多少の悪事がばれても痛くもかゆくもないということ。そしてそれくらの悪事ならば平気でしてしまえるということ。さらに国王の寵愛をかさに、何でも好き勝手してもいいと思っているということ。
「・・この、毒妃・・。」
「バーバラ!!!」
思わず口からこぼれたジュリアを貶す言葉を蘭妃の怒鳴り声で、自分が何を誰に言ったのかを理解したバーバラ。
「薔薇妃様になんて口を聞くんだ!!お前は女官長様に言って、もうこの部屋付きの女官から外れてもらう。それで許してはいただけないですか?」
立場としては自分よりも上なジュリアに自分の女官が無礼な口を働いたのだ。クリスティアナの顔は青ざめている。
「とんでもない事でございますわ。そのようなことを為さらなくてもよろしいのです。わたくし、そのような言葉言われなれておりますもの。ただ、そうですわね。あまりこのような口をきいてしまう方が蘭妃様の御側仕えでいらっしゃるのは、蘭妃様にとってあまり良いことではございませんわね。どうなさるかは、蘭妃様に委ねますわ。」
クリスティアナに委ねるとは言ったが、こんな言い方をすればバーバラは罷免されるほかにないだろう。すがるような目でクリスティアナを見るバーバラだが、クリスティアナの表情は厳しいままだった。
(うーん。これでこのバーバラが正式に罷免される前にいい感じに悪評を広めて頂ければ万々歳ですけれども・・。これで少し蘭妃様のわたくしに対する印象が変わってしましましたわね。)
バーバラに対するジュリアの対応は、傍から見れば毒妃そのもの。クリスティアナがジュリアに悪い印象を抱いても仕方がないことだった。
(蘭妃様付きの女官がこのようなことを言うのは想定していませんでしたし。きっと蘭妃様の意志をご理解していただいているものと思っていたのですが。)
ジュリアはクリスティアナと毎朝鍛練をするうちに、クリスティアナも望んでこの後宮に来たわけではないということを知った(といっても、ミランダから収集させた情報を元に、上手く誘導尋問で聞き出しただけなのだが)。いつまでたっても男の真似事を辞めない娘を、リンスター公爵が無理やり後宮にいれたとのことだ。まぁ、本人としては下手な貴族の嫁になり、女を求められるよりも、国王から見向きもされないこの状況はまだましとのことだが。理想は王宮騎士になることだったらしい。
なので、ジュリアを貶めてクリスティアナを正妃にと考えたバーバラの行動はクリスティアナの意志に背くことになる。裏表のあまりないクリスティアナの事だから、きっと女官達にも予めそういうことを言っていると思っていたジュリアだ。
「申し訳ございません、薔薇妃様。あの者は私が何度言っても、私を正妃にしようとするのをやめなかったのです。私の指導不足です。」
スッと頭を下げるクリスティアナに、成程とジュリアは思った。
「構いませんわ。わたくしは少しも不快には思っていませんもの。それより、蘭妃様付きの女官をわたくしが叱責したことの方が申し訳なかったですわね。」
「いいえ!むしろ、私もあの者には困っていたのです。あの者を私付きからはずすいい機会になりました!」
(あら。結果オーライのようですわね?)
思ったより、クリスティアナのジュリアに対する印象が変わっていないようで、少しうれしく思った。
「それではそろそろわたくしはお暇しますわね。本当にお騒がせいたしまして、申し訳ございませんでしたわ。」
ジュリアは再びお詫びをし、頭を下げた。
「頭をお上げください、薔薇妃様。」
慌ててジュリアに駆け寄るクリスティアナ。
「・・あのう、それで薔薇妃様、1つお願いがあるのですが・・・。」
おずおずと少し照れながら、申し出たクリスティアナの願い事に、ジュリアは満面の笑顔で「よろこんで」と答えたのだった。
あまりフレイムの女装について触れられなかったので、
次回に持ち越します!
まだ彼は女装したままなので。




