第10話
現在の時刻は現代表記で20時頃。
城下町から明かりがポツリポツリと、灯っておりそのおかげでまだ夜の闇を恐怖に感じることはない。
家の屋根を一人の影がすごい速さで駆けていた。
左近である。
その表情は、走り疲れて顔が険しくなっているのではなく、思い悩んでいるような表情からくる険しさのようだった。
頭の中が真っ白になっているのか左近は全力で、息を切らしながら右代家に着いたときはぼろぼろの状態だった。
島津家の白髪交じりでまだ30代ほどの使用人が左近に気がつき、声をかける。
「これは左近様。本日は特にご用事などで屋敷を伺われるとお聞きはしておりませんが?」
「はぁはぁ。これは比瀬殿。すみませんが急ぎ用事があるので直高様に面会をお願いしたいのですが?」
息も途切れ途切れに、左近の必死な様子から緊急性を感じ、わかりましたと返事をして、左近を屋敷に入れる。
左近を直高の部屋まで通すと主人に声をかける。
「直高様、左近様がこられました。」
「こんな、夜更けに。わかった。」
「左近です。失礼いたします。」
左近を見るや、直高は異常な状態が起こっていると気がついた。
「どうした?そんなぼろぼろなかっこうで。」
「父上、兄上が都に帰ってきているらしいのです!」
「?!」
直高は書き物をしていた手を止め、眼光鋭く左近を見る。
「そんな話どこから?」
左近は直高に事情を説明する。
その説明を聞き直高にも思い当たる節があったようで、口髭に手をあて考えるように左近を見る。
「”ひのか”様の研究所か。今は左代家のおかげで運営費をまかなってもらって動いているはず。なにかある可能性はあるな。」
「父上、研究所の場所をお教えください。」
頭を下げる左近に直高は頷きながら、手を叩く。
「昴!昴はおるか?!」
「昴、ここに。」
気配なく、左近の後ろに腰を落とし、敬意を払う忍びがいた。
「左近を今すぐ、”ひのか”様の研究所に案内せい。一番いい馬を使って構わぬ。」
「御意。」
「後、左近を守ってやってくれ。何か絶対あるだろうからな。私も支度次第すぐに向かう。」
昴は頷くと左近のそばに来る。
「父上。では行って来ます。」
左近は島津家の馬場に走り、使用人から一番いい馬を借り先に昴がまたがる。
「左近様、後ろに。」
「いや2頭でいったほいが早いのでは?」
「道案内しながらいくほうが足が遅くなります。お早く。」
感情がない機械のような口ぶりに戸惑いを覚えながら、左近は昴の後ろに座る。
「そんな腰に手をあてがった状態ではなく、もっと強く抱きしめる感じでお願いします。」
左近は昴に言われたように、背中にくっつくように、腰に大きく手を回し、ぎゅっと抱きつくようにしがみつく。
するとものすごい柔らかい感覚にびっくりする。
「じょ、女性?!」
「このような状況で、色沙汰を考えている状態ではありません。では行きます。」
昴が手綱を強く打つと馬がそれに答えるようにものすごい勢いで駆け出し始める。 左近は2人乗りであるにも関わらず、自分では出せないスピードと昴の馬術に驚きながら、しがみつくので精一杯で、右近のことを考えている暇がなかった。
30分ほどで研究所と思わしき屋敷の前に来ていた。
「着きました。そろそろ手を離し、して下さい。」
何か顔を赤らめ、少し色っぽい声で昴が話かけてくる。
「あ、ありがとう。」
縦ゆれに少し疲れて少しふらつきながら、左近は馬をおり研究所の玄関へと向かう。
左近が馬を降りた後、昴は胸を確かめながらつぶやく。
「あんなに強くにぎられたら形変わる。」
昴も馬を下りながら、左近のとなりへ移動する。
「なんだ。ものすごいいやな胸騒ぎが止まらない。」
左近の言葉に昴も何かを感じるように言葉を返す。
「確かに悪しき瘴気のようなものを感じる雰囲気ではあります。」
「では行きます。」
左近が屋敷の門の前まで近づき、大きな声で門番を呼ぶ。
「私は、帝つき、退魔医術士の島津左近と申します。夜分で申し訳ないがどなたかおられませんか?」
何度か大きな声で左近が屋敷のものを呼ぶがまったく反応がなかった。
昴が門に近づき耳を当てると何かうめき声のようなものが聞こえてくる。
「何かうめき声のような音が聞こえます。」
「入ってみましょう。」
左近の言葉に昴は門の横にある勝手口に、そっと手を当て警戒しながら勝手口を開ける。
ぎーと扉が開く音に誰かくると思ったが何もなく、昴を先頭に勝手口から2人は屋敷の中へと入る。
そこに広がっていたのは、地面にえびぞりになりながら苦しみもだえ屋敷の人たちだった。
「こ、これは一体?」
昴の問いかけに、左近の目が細くなり、少し怒りを見せるが昴に気付かせる事なく、話を続ける。
「毒、いや邪気ですね。人が倒れるぐらいの邪気です。昴さん私の近くに。」
昴が左近の近くまで来ると、左近は目を閉じ、両手を合わせると印を結び、術を唱える。
「退魔医術 クダンバジュラ!」
術を唱えると胸から数枚、護符を取り出し空へと投げる。
空に舞った護符は大きくドーム状に変化し屋敷全体を包む。
先ほどまで苦しんでいた人たちの顔色が元に戻り、全員さきほどのうなり声が聞こえなくなる。
左近の術のおかげで苦しみから解放され、意識を失っているだけのようだった。
「はぁはぁ。これでなんとか大丈夫だと思います。」
「ほう。こんな術をみたことがないな。さすがは帝つき島津左近様といったところですか。」
「そんなことより先に進みましょう。あの屋敷の奥が強く邪気を感じます。」
「さきほどの術でかなり体力を消耗された様子。少し休んでからでも。」
「いや、今は一刻を争う気がするのです。」
「ではしばらく肩をお貸ししましょう。」
「すみません。」
立っているのもやっとな左近に肩を貸しながら昴は屋敷の中へと移動していく。
とくに罠などはなく、何に使用人たちが邪気に犯されたのかわからないが、昴は疲れきった左近をかばいながら警戒を怠らず、屋敷のさらに中へと入っていく。
着いた場所は、屋敷の中でも厳重そうな部屋があり、ここから何か感じると左近が告げると、昴が左近を部屋の扉の少し前に降ろし、人の気配を気にしながら、扉を開ける。
その瞬間扉から一気に邪気が噴出し、危ないところで昴はその邪気から逃れる。
昴は忍者用の邪気よけのマスクで鼻と口をふさぐ。
「左近様、この邪気は異常です。お帰りをお勧めしますがどうしますか?」
「はぁはぁ、この奥に兄がいる、と思います。これだけの邪気、早くなんとかしないと。」
「そんな状態ではこの邪気の中を進むのも無理です。引き返しましょう。」
「だめです!私なら大丈夫です。いきますよ。昴さん。」
左近の口調とその強い目に体をびくぅと震わせながら昴は左近に従うように頷く。
(こいつ。さっきとはまるで別人のような瞳だ。この私が一瞬でもひるむとは。) 「退魔医術 バラクジャクサン」
左近が術を唱えると、噴出していた邪気が2人をよけるようにとおりすぎていく。
「すみません。先ほどはきつい口調で申し訳ありませんでした。」
「いや、気にしていません。」
2人は部屋の中に入っていき、邪気が濃くなるほうへと歩いていく。
部屋の中では使用人だった死人が何体も転がっていた。
「さすがにここまで濃い邪気を吸えば、普通の人は死んでしまいます。助けられなかった。」
「左近様、あなたのせいではない。先を急ぎましょう。」
どんどん部屋を進み、大きなお堂のような場所に出た。
しかしそこには何もなく、中央の床から邪気が立ちこもっていた。
「中央の床に、邪気が立ちこもっています。昴さん、何かわかりそうですか?」
「おそらく、隠し扉があるのでしょう。」
左近と昴は床を調べ隠し扉と思われる場所を発見し、さらにそれをあける取っ手を見つける。
「昴さん、さきほどと同じく邪気が噴出すと思います。気をつけてください。」
「わかりました。」
昴が取っ手に手をかけ力をこめて上に引き上げると、さきほど噴出した邪気以上の邪気が噴出し、左近に術をかけてもらっていなければ邪気を防ぐマスクをしていたとしても、普通の人間の昴なら死んでいただろう。
「ぐ、ここまでの邪気は今まで見たことがない。」
「昴さん。一旦離れてください。邪気の防護術を3重にかけます。」
左近が印を結び、護符を右手で挟みながら、術を唱えると、苦しそうな顔をしていた昴の顔が元に戻る。
「すまない。」
「いえ、私も術を使用せず、これだけの邪気を吸えば、30分も持たないでしょう。この奥に右近様がいているはず。何らかの術師がいている可能性が高いです。ここからは私が先頭で行きます。」
昴は頷き、左近の指示に従う。
引き上げた扉の下に階段が続いており、ところどころにヒカリゴケという草がしかけられており、階段を薄暗くではあるが位置を把握できるぐらいは見える。
左近と昴は足元に気をつけならが階段を下りていく間、ヒカリゴケが邪気に汚染されていない事に疑問を持っていた。
昴から話しを切り出し左近に確認する。
「このヒカリゴケかなり古くから仕掛けられたものみたいですね。これだけ育っているなんて。」
「そうですね。しかも邪気に対して耐性を持っているようです。」
「普通の草は邪気を吸うと枯れてしまいますからね。」
左近が見た限りではヒカリゴケがなぜ邪気に対応しているかはわからなかったが、嫌な予感を覚える。
そして2人が少しずつ確実に階段を下りていくと最下層に着いたのか、大きな広場があった。




