LastEpisode 勇者はハンバーガーがお好き
全てが終わる。
それを望んでいたはずなのに、私はこんな所にいる。
『66 End of the Trail』
なじみの無いその文字を、私はなぜか読むことが出来た。
いったいここはどこで、なぜ私はこんな所に倒れているのだろうと考えたとき、視界を遮るように黒い髪の青年が私をじっと見つめる。
「ったく、自殺なら他の場所でやれ! 桟橋まで引っ張り上げるの、すげぇ大変だったんだぞ!」
その表情は険しいのに、私を見つめる青年はとても美しくて、凜々しい顔をしていた。
思わずそれに見とれていると、彼は私の額を軽く小突く。
「それで、なんでそんな格好で溺れてたわけ?」
「おぼれて……」
「そこの海、遊泳禁止じゃ無いけど今日は波が高いんだ。なのにそんな……ゲーム・オブ・スローンズのコスプレみたいな格好ではいったら、溺れるだろふつう」
「げーむおぶ?」
それは一体どんな魔法だろうか。それとも、何か特別な装備の名称だろうかと首をかしげていると、青年は怪訝そうに形の良い眉を寄せた。
「俺のいってること、わかる?」
「……言葉は、理解できる」
頷きながら、私はゆっくりと身体を起こす。
改めてみると、そこはまるで見たことの無い場所だった。
どこまでも続く青い海と、そこに突き出した桟橋がみえるが、橋は私が見たどんな物よりも大きい。
「ここは一体……」
「サンタモニカだよ。ROUTE66の終着点」
「たもにか?」
「あんたもしかして……」
何か言いかけて、青年はふっとまじめな表情を作る。
そのままじっと見つめられるとなんだか落ち着かない気持ちになったけれど、美しい顔からどうしても目が離せない。
その上その顔は、昔どこかで見たことがあったような気もするが、なぜか思い出すことは出来なかった。
「で、君は何してたの?」
「私は……死ぬはずだったんだ」
「やっぱ自殺かよ」
「そういうつもりは無かったが、結果からいえば同じかもしれない……。なぜか、生き残ってしまったが……」
そしてそれは、私の目的が達成されなかったということだ。
なぜなら私は、魔王を倒すという使命も果たすために生きてきた勇者だからだ。
なのに私は、なぜかこんな場所にいる。聖なる鎧と剣には謎の海藻が巻き付き、ブーツに至っては片方が脱げ、サークレットにはカニが引っかかっているという有様なのに、私は生きている。
「なんだかよくわからないけど、生きててよかったんじゃない?」
「いいわけがない! 私には……特別な使命が!!」
「生きてりゃなんとかなるよ」
「何を根拠に……」
「根拠っていうなら、うちの兄さんかな。うっかり死に底なったおかげで、頭は馬鹿になったけど、今は幸せな奥さんと子供もいるし」
「そいつと私を一緒にするな!?」
「しても問題なさそうだけどね。なんか、似てるし」
馬鹿と似ているとはどういう了見だと怒りたいのに、声の代わりにこぼれたのは間の抜けた腹の音だった。
「お腹すいてるんだ」
「ちっちが……う……」
赤くなると可愛いな、という声に腹立たしさが増したけれど、同じくらい空腹感も募る。
「来なよ。生きててよかったって思わせる物、食わせてやるから」
あそこに俺の店があると、青年は桟橋の上に立つ立派な建物を指さし微笑む。
「ずいぶん豪華な店だな」
「あれはチャーリー叔父さんの。うちはその二階、間借りしてるんだ」
うちの実家の二号店なんだといって、彼は建物の二階部分にちょこんと突き出た小さな箱を指さす。
「持ち帰り専用だけど、カリフォルニア一の味って評判だよ」
「かえふぉるねあ?」
いっている意味が全くわからず首をかしげると、青年は興味深そうに私をのぞき込む。
美しい顔だが、なぜだか少し危険な香りがするのは、私が倒すべき宿敵の雰囲気と少し似ているかもしれない。この青い瞳が血のように赤く光り、頭に角があったら宿敵のままだなと考えてみたが、青年の笑顔は見入ってしまうほど穏やかだった。
「どこから来たのかとか、誰なのかは気になるけど、とりあえず腹ごしらえしよう」
「なぜ、見時知らずの私に良くしてくれる」
「なんか、他人って感じがしなくて」
そして彼は、私の手をぎゅっと握りしめる。
ただそれだけで鼓動が早まり、心臓を魔王の剣で差されたとき以上の動揺を感じて手を放したくなったが、きつく結ばれた手のひらは振っても離れなかった。
「ちなみにだけど、君、ハンバーガーって好き?」
そして青年は優しく腕を引き、空腹を誘う良い香りのする店へと、私を導いてくれた――――。