第3話 きみは学校に行くといい、わたしは行かないけど
「フタエには身の回りの世話と家の管理をしてもらう。期間は今日から一年。給金も十分なだけ払おう」
「はい……って、アステリア様……いや、ご主人。それは違うでしょう」
「不満なのか?」
「人身売買で奴隷を買ったんでしょう。もっと馬車馬みたいに働かせなくてどうするんです」
「そーいうのは好きくない。無理矢理働かせても楽しくないだろう」
「合法の使用人でも雇ったらよろしかったのでは」
「ダメ、それじゃつまんない。ワンクリックで買える使用人、こんなに楽しい響きが他にあるか」
ソファーにふんぞり返るアステリアが、ものすごく横柄な主人に見えました。
「それに、きみがどんな人間かは知ってるから、無理強いなんてする必要ない」
ふぅあ~、とアステリアが大きなあくびをしました。
「とにかく、そういうことだから……口答えしない」
「ひとつだけ口答えさせてください」
なんだ、とアステリアの目がこちらを向きます。
「どうして一年なんですか?」
いくらかの間がありました。
虚空を見つめて、アステリアは言います。
「簡単。一年経つ頃にわたしは死んでしまうから」
無表情で、淡々としていました。感情が見当たらず、ぼくは言葉を失いました。
アステリアは大きく伸びをしました。うんと身体を伸ばして、脱力するとゆっくりと目元を拭いました。
「なんてね、変なことを言ってごめんなさい、ふぁぁ」
また大きな大きなあくびをしました。気持ちよさそうに船を漕いでいます。
「だめ、ねむい。はなしはまたあとにしよ」
「あの」
ついにはその場で横になってしまいます。
「寝室がお有りなら、そちらに移動されたほうがよろしいのでは」
「めんどい……とりあえず部屋のかたづけでもしといて……」
そう言い残してアステリアは熟睡してしまいました。すーすーと寝息を立てて、安らかに眠っています。
爆弾発言をしておいて、いい気なものです。
「変な人だ。さて」
こうなったらやることはひとつ。
部屋の掃除をしましょう。眠れる森の美女を起こさないように注意しながら。
アステリアが目を覚ます頃にはすっかり部屋は片付いていました。外はもう夕暮れです。
「お〜っ、やっぱりフタエはできる男じゃないか」
寝起きのアステリアは、ぱちぱちと両手を叩いて喜んでいます。
「掃除くらいなら……ところで先程の続きなのですが」
「話の内容はよく吟味しなさい」
「……奴隷扱いはしないと約束してくれるのは本当ですか?」
「うん。よくある執事みたいなことをしてくれたらそれでいいんだ」
「口約束ではなく契約書があると安心なのですが、ご用意はありますか?」
アステリアは首を横に振ります。なんとなくそのような気はしていました。
「ううん。必要か?」
「そちらの方が望ましいです」
「信用できない?」
「いいえ、ただの性分です」
「ならわかった。どうせ約束を違えることもないし無意味だと思うけど、フタエがそう言うなら一筆書いてあげよう」
「そうしていただけると助かります」
頭は下げないでいると、アステリアは突然変なことを言い出しました。
「今までずいぶん苦労していたと聞いた。普通の生活に未練はないのか?」
苦労。高校を休学して彼らのために働いていたことでしょうか。それとも両親が失踪して、住む家すらも無くしたことでしょうか。いずれにしても、この人には言われたくありません。
「未練はすでに断ち切っています。ぼくの星は普通というものから程遠いようですから」
「それは嘘。フタエはわたしとは違ってまともなのが似合う人間だ。戻りたくないはずなんてない」
「嘘なんてつきませんよ、ぼくは」
「フタエの心の内はわたしには見えない。でも嘘はわかる、嘘は嫌い。だから、本当のことを言ってほしかった」
「心ぐらい読めない人に、どうしてぼくの言葉が嘘だってわかるんですか」
「それじゃあ、本当に本当に本音なのか?」
寂しい目つきでアステリアがぼくを見上げます。思わず、顔を逸らしそうになりました。
「……そんな目で見ないでください。わかりましたよ、ほんの少しだけ、嘘があったかもしれません」
朗らかな笑顔になってアステリアは言いました。
「隠しごとくらいはあるかもしれないけれど、嘘はやめよう。ふたりの間に嘘はなしにしよう。そうしてくれるとわたしは嬉しい」
約束や契約は、あまり増やしたくありません。自由ではないこの身体が、もっと不自由になってしまいます。
黙っていると、確かめるようにアステリアは聞いてきました。
「わたしのことは嫌い?」
「傍若無人な振る舞いをする人は、好きじゃありません。闇市場で人間を買う人もです」
そう言うと、アステリアはくすりと笑いました。
「ならわかった、昼間は学校に行きなさい」
「は?」
「手の者の望みを叶えてやるのも主の務めだろう。仕事は朝と夜だけで十分だから、そのほかの時間帯は好きなようにしなさい」
どうやらアステリアは最初からこれが言いたかったようでした。
その日の夜になってから、アステリアに尋ねました。
「ところでご主人は見たところぼくとそう歳は変わりませんよね?」
「ああ」
「普段はどちらに?」
「ああ、わたしはいいんだ。家から出たくないから」
嘘はつかないアステリアでした。




