第33話 その瞳に映るものを知りたい
『この世に生きるから、嘆き、悲しみ、そして苦しみに苛まれる。無意味に繰り返される日々はストレスに支配され、やすらぎなどほんのひとときでしかない。自分の存在そのものが、魂を幸福から遠ざけている。けれどもわたしたちは産まれてしまった。望まずとも命を得てしまった。だから必死に生きる。少しでも苦しみから逃れようとして、人生に希望を見出そうとする』
アステリアは続けます。
『そう、希望があるから人間は生きられる。明日こそは、明後日こそはと、未来の可能性を信じることで、絶望から逃れているんだ。死んで人生を終わらせるよりも、価値ある明日が必ず待っているんだと、誰もが信じている。そうでなければ、死なない理由などどこにもない』
「どうしてそんな寂しいことを言うんです。楽しみがないと生きられないと言っていたあなたが、いつも悲観的なのはなぜですか。未来に希望がある、結構じゃないですか。それが生きる理由になるのならば、ぼくは全面的に支持します」
『そうだ、その通りだよ。人間は素晴らしい。命は素晴らしい。我らが先祖は無に価値を見出し、長い時間をかけて発展してきた。わたしは、そんな人類を愛している。フタエ、きみの未来だってそうだ、可能性に満ちた希望の明日が待っているんだ。それは嘘じゃない。たとえ不運な出来事でも、新しいとは、素晴らしいから』
どこか興奮気味にアステリアは言いました。
『けど……そうは生きられない人間がいる。わたしだ、わたしだけが未知なる世界に生きられない。希望に満ちた明日に、夢を抱けない』
「それが、アステリア様の抱えている問題なのですね」
『そうだ。きみにも、誰にも、ずっと伝えられないでいたわたしだけの問題だ! 口にしようとしただけで、意識は薄れていく。それでも無理やり喉に指を突っ込めば、たちまち昏睡だ。秘密にしていたのではない、秘密にする他に選択肢がなかったんだ。たとえ書いて伝えようとも、それを見るものの脳は認知を拒んでしまう。きみがそうだったように』
激しい口調で叫ぶように言って、しかしそこで消沈します。
『……けどね、困ったことに今だけはそうじゃないらしい。寝てごまかすのは、無理みたいだよ。たぶん、今のきみもわたしも誰とも話してはいないから……でもそんなことはどうでもいいか』
アステリアは改まった口調で言いました。
『フタエ──きみは本当にわたしのことを知りたい?』
「はい。二言はありません」
『今からとてもおかしなことを口走る。嘘みたいな、妄想のような話だ。それでね、わがままだけど、聞くからにはどんなデタラメでも信じてほしい。そうでないと……少し傷つく……』
「アステリア様の言葉に嘘はないと、知っていますよ」
離れてしまっていた手を、もう一度握りしめます。今度は両手で包み込むように、少しでも勇気を与えられるように。
数秒経ってから、アステリアは口を開きました。
『……わたしの目は、通常、人が見えないものを見てしまう。知識とは脳の中にある記憶か、あるいは目の前で起きている出来事によって形作られる。けれどわたしの場合、埒外の経験や記憶が……つまり、今より先に起きることを、事前に見ている』
「先が見える、それってつまり……」
『わたしにとって明日と今日は同じようなものだった。ただ、今が、人間としての死が、かつて見た終着点だった。先にはなにもなく、はじめて今を感じられている』
「その力が、あなたを孤独にしたのですか」
そうと知ればこれまでの不可解な行動が理解できます。しかし、そんなことが本当にあるのか、いいえ、信じる他にありません。敬愛するアステリアの言葉ならば。
『父は……この目を恐れてわたしを殺そうとした。母さんは守ってくれたけど、きみと同じように記憶を上塗りされて、どこかへ行ってしまった。死を予期した時分に流した噂も、結局は風化してしまった──どうせ徒労に終わると理解していたのに抗えなかった。いらぬ行いが災いして、きみに苦労をかけたことを、ようやく謝れるな』
「あの噂はご自身で……しかし爆破事件はそうではないと伺いました」
『それが災いだ。これは便利なものではないから、起こることは起きてしまう。抗おうにも、どうにもできない。ただし避けることはできる、いや、避けている。なぜかはわからないが、常に最初から危機を回避する未来を見ている』
命を狙うものはいても、命を奪われることはない。余裕の源泉をようやく知りました。




