第23話 その番組は、一緒に見たかった
ある夜の、それもとても遅い、日付が変わったばかりの時間帯のことです。
寝支度を整えていたぼくは、頭の片隅に声を聞きます。明瞭ではない、くぐもった音でした。
部屋を出て、音のする方へと向かいました。廊下を進むと、だんだんとハッキリしてきます。声は一人ではありません。複数人が言葉を交わしあっています。
出所はリビングのようでした。恐る恐るドアを開きます。
テレビが点けっぱなしになっていました。呪いのビデオだとか、ホラー映画でもないただのバラエティが映っています。
「これでしたか」
戸締りをチェックしたときには、電源は消えていました。ご主人も自室に戻られていたので、ひとりでに起動したとしか考えられません。
「夜更かしですか?」
ソファー、ダイニングテーブル、キッチンと順繰りに探します。けれども、いつものように、妖精様の姿はどこにもありませんでした。
このところ、このような怪奇現象が頻発していました。靴が隠されていたり、掃除機が行方不明だったり、玄関のドアが開けっ放しになっていたりします。ぼくはそれを妖精のイタズラと呼んでいます。一度だけ監視カメラを確かめたことがあります。その際に見たのです、ブロンドの妖精様を。
嘆息するのをぐっと堪えて、テレビを切ります。
しかし。
ものの五秒もしないうちに再び起動してしまいました。手にしたリモコンを見て、首を傾げます。
「はて……?」
振り返ってみますが、暗闇ばかりで人の姿はありません。
もう一度電源を切ってみても、結果は変わりません。二度目も、三度目も同様でした。
「こんな故障あるんですか?」
ともあれ、コンセントを抜いてしまいましょう。電力をカットしてしまえばこっちのものです。
実行に移そうとして一歩踏み出すと、同時に後ろ髪引かれるような思いになりました。その場でもう一度振り返ります。ソファーにテレビの光がぼやっと反射していました。
なにもないところにいるなにかが、ぼくを引き留めようとしている。目に見えない圧力が服を引っ張っている……ような気がしました。
「……少しだけ、時間を置いてみましょうか」
ソファーに腰掛けて画面を見つめます。そうすると、背中に感じていた圧力が消えました。
番組名は『―怪奇―消える魔球特集』。怪奇と銘打ってはいますが、オカルトではなく科学的な視点から消える魔球について考察する番組でした。
消える魔球とは脳の錯覚で、実際に消えているわけではないそうです。当たり前です。
「あなたも見えていないだけだったりしますか」
尋ねてみても当然返事はありません。
奇天烈な夢の中にいるような心地でした。十五分程度、ぼんやりと過ごしました。
やがて番組は終わり、放送休止を告げるカラーバーへと切り替わりました。ピーという単調なテストトーンが、室内に響き渡ります。
「もういいですか」
諭すようにそう言います。当たり前ですが返事はありません。リモコンを手に取り、赤い丸の電源ボタンを一度だけ押します。
画面が消えました。再点灯はしません。先程のような挙動はもう見せませんでした。
手の込んだいたずらなのか、一過性の故障だったのか、結局判然としませんでした。
気配も、もう感じることはありません。心霊現象などではなく、ただの錯覚だったのでしょう。
真っ暗闇のリビングにぼくはただひとりでした。
不思議なことは朝にも起こります。靴を履いて、屋敷を出ようとしたところでのアクシデントです。フックにかかっていた玄関の鍵が消えていました。
「……なるほど」
ひとつならまだしも、合鍵も含めて消えています。また妖精さんの仕業のようでした。
なぜこんなことするのか、それも気になるところですが、ひとまずは鍵の捜索です。
「ごしゅじ――は、まだお休み中でしたね」
朝食を召し上がった後に、二度寝に向かわれてしまったのです。それすらも謀略の一端かもしれない、というかそうなのでしょうが、叩き起こすわけにはいきません。
あれでも一応主なのですから。
捜索に入ります。私室の鍵ならまだしも、家の鍵探しなど身が入りません。
朝のクソ忙しいときにたまったもんじゃねえ、なんて考えるのは不敬なのでダメです。
「さて、と、遅刻は確定ですかね。まずは手近なところから……」
ありました。一つ目の鍵はあっさりと見つかります。玄関に置かれたチェストの上段に、冗談みたいに置いてありました。
目を引かれたのは、それそのものよりも、その下に置かれた紺色の表紙でした。我が国の国章に代わる菊の紋章が描かれたそれは、まごうことなきパスポートでした。
パスポートに膨らみがあります、つまりなにかが挟まっているのです。文脈からすると、それはもちろん合鍵なのでしょう。
「まさかノートの完成をお手伝いしてくれている……?」
確かに埋まっていない項目はいくらかあるものですが。
数秒間思考して、パスポートを開きました。どうせ向こうからお膳立てしてきたのです。
「アステリア・シズ・フリン……和名はカザマアステリア……十二月七日生まれの年齢は……」
ひらり、とページの隙間からなにかが落ちていきます。ふわふわ漂うそれを、地面に落ちる寸前で受け止めます。色あせた、時間の経過を感じさせる写真でした。
「これはアステリア……ご主人とお母様?」




