第22話 絵だけでもと、思っていたのに
芸術の秋。長き沈黙を破り、ついにそのときはやってきます。季節の巡りが創造主たる神の御業ならば、一つの世界を構築する創作活動とは人の御業と呼ぶにふさわしいでしょう。
合間を縫ってコツコツと描いてきた油絵が完成します。
「ついに完成ですよ、ご主人!」
キャンバスに描かれたのは、諸々が誇張されたアステリアです。具体的には盛ったり、美化したりしています。現実よりスタイルが良くて、やや大人びています。わがままを言わなそうな、使用人を敬いそうな、理想のアステリアです。
実際にはまだ乾かす必要があるのですが、とにかく完成は完成です。
なのに。
「あれ、どこ行っちゃいましたかね」
今の今までモデルをしていたアステリアが、部屋からいなくなっていました。
「ご主人ー? どこいったんですかー? 絵が完成しましたよー、かくれんぼうは後にしましょうよー」
「わたしならここにいるぞ」
アステリアは、いつのまにかソファーに戻っていました。なぜか不機嫌そうにしています。
「やっぱり、かくれんぼうがしたかったんですか?」
「違う。だけど、絵なら見ないぞ」
「へ、あんなにアドバイスしてくださったのに、どうしてそんな意地悪言うんですか」
「意地悪なんかじゃない。だけど、立場が難しい」
「はい?」
首を捻ると、アステリアは説明してくれました。
「だから、わたしがフタエの絵を見るだろ」
「はい」
「するとだな、きみは評価を求めるだろ」
「まあ、そうかもしれません」
「わたしは、作者の目の前で他人の創作物を評したことなんてないだろ」
「はぁ、存じ上げませんが、そうなんですね」
「そしてわたしはきみの主人だ」
「ええ、それはもちろん」
「だからね、わかるだろ?」
アステリアは髪の毛先を摘んで、口元に寄せたりしています。
「いいえ、全然、まったく、見当もつきません」
「だからぁ……貶すなんてもってのほかだし、かといって過度な称賛はきみのためにならないだろ? 素人の作品とはいえ、公正な評価を心がけたい。それにだ、うるさいところがあるのは自分でもわかっていて、たぶん口が止まらなくなる」
「つまり気遣ってと。ケチつけ……ではなくて、批評するのとかお好きそうですけどね」
「ネットに書き込むとか、勝手に思うだけとか、相手の顔が見えなければいい。どれだけ正直に批評しようが誰も傷つかない」
ネットだと傷つくと思うんですけどね。
「お心遣いには感謝しますけれど、過保護すぎますよ。不出来なのは自分がいちばんよくわかってますから」
モデルの美しさ以外は、とか言うとまた変態扱いされるのでそのままは言いません。
「せっかく敬愛するご主人にお手伝い頂いたのですから、まずは御本人にお見せしたいと思うのが人情でしょう?」
「それも……だよ。モデルが自分のことを評価するのも、気持ちいいものでは……ない」
アステリアは視線をそらしつつ、背もたれに身体を預けます。どことなく歯切れの悪い感じです。
あ。
「そうですか、恥ずかしいんですね」
「……言わないで」
かわいい。
目の前の絵と本物を比べてみます。いささか美人に描きすぎた気がしました。もう少し愛嬌を意識したほうがよかったかもしれません。鼻はやたら高いし、肌は三割増しで美白だし、それに、どう考えてもおっぱいが大きすぎる。失敬。
「あれ、ご主人?」
ソファーに目を戻すと、また姿が消えていました。絵に目を奪われているから、嫉妬されたのかもしれません。なんて、思うとニヤけてしまいそうになります。
立ち上がって部屋を探しても、どこにも見当たりません。
ふいに手首を掴まれました。崩れそうになったバランスを整えて、顔を向けるとアステリアがいました。
「フタエ……!!」
「どうなされたんですか」
「どこを見ていた。わたしはここにいるぞ」
「はい。もちろんです、いらっしゃいますね」
アステリアは手を離してくれました。眉をしかめて、鼻息を荒くして、キッとぼくを睨みます。
「まったく、自分で描いた絵に魅了されるなんて情けないぞ」
愛想笑いで誤魔化します。
「絵のことはもういい。しばらく寝かしておいてこそ味も出るというもの。一旦忘れて、ちゃんとわたしに尽くしなさい」
「絵に嫉妬なんてご主人らしいですね」
おどけてみると、アステリアの視線はさらに厳しくなりました。
「浮かれてしまい申し訳ありませんでした。羽二重一美は誠心誠意あなたさまに尽くすと誓います」頭を下げます。そしてすぐに上げます。「これで、よろしいですか?」
「今回だけだぞ!」
「ありがとうございます、御慈悲に感謝いたします」
頭を下げて感謝を伝えるのが下僕のあるべき姿です。聞くところによると、主が理不尽なのは基本仕様も同然のようです。古今東西往古来今、召使いとはそのようにあったとパピルスにも書いてあります。
「でも、片付ける前に一目くらい……」
「見ないっ!」
変なところで意固地なのは、愛らしさの一部なのでした。




