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傲慢なお嬢様は、叱られると嬉しそうにする ~偉そうなくせに、僕がいないとダメらしい~  作者: 光


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第16話 まるでカップルみたいだと思う

「うぅ……」


 興味津々になるのかと思いきや、アステリアは食傷気味みたいな顔をしました。


「実はこれ趣味のものでして。人間観察帳とでも言いますか、プロファイリングに凝っていましてね。面白いですよ」


 このノートには他人を観察して得た情報がつぶさに書き込まれています。市中の人や、知り合い、もちろんアステリアも。

 今手にしているのは、その中のごく一部に過ぎません。部屋に戻れば、本が出せるほどにはノートが積み重なっています。

 

「その極めて特殊で類稀な価値観によって作成されたノートは、面白いとは思うが、他者の賛同を得にくいと思うから、しまっておいたほうがいいと思うぞ」

「ずいぶんとオブラートに包んで批判しますね」

「べ、べつに批判しようとする意図なんてないぞ……ないけど……こわい」


 アステリアはきょろきょろ目を動かしたり、頬をかいたり、毛先を弄ったりしています。足の指でもじもじしているのはキュートです。


「ぼくがですか?」

「い、いや、そ、それにはわたしのことも載ってるだろうし……」

「いいえご主人、とんでもない。こんな粗末なノートに主様の情報を書き込めませんよ」

「そ、そうか、ならよかった」


 あたりまえじゃないですか、とぼくは笑います。

 安くない相手だって、いるんですから。


「ご主人の分は、部屋にありますよ。ちょうど三冊目が終わったところです」


 アステリアは身体をのけぞらせました。


「ひぃ!」


 怯えているような反応でした。


「そんなに怖がらないでください。確かに、理解を得られにくい趣味だとは自覚していますよ。ですけれど、案外楽しくもあるんです。一度ご覧になってみてください」

「うーん……でもなぁ……」

「趣味を明け透けにするのなんて、ご主人くらいですよ。普通は頼まれても断固拒否ですからね」

「うっ……うう……これに、わたしのことは書いてないんだな……?」

「ええお約束します。こちらは面識のない人たちのノートですから。是非ご覧になってみてください。ご主人にだけ特別ですよ」

「そこまで言うなら……」


 アステリアはおずおずとノートを受け取ります。適当なページをめくった途端、顔色が変わりました。


「ど、どうして、電車で向かい合ったおじさんの靴下の色が書いてあるんだ……?」

「身なりから社会的地位や家族構成などを推測するのは基本中の基本です。例えばその方ですとディスカウントストアで購入したと思われる――」

「わかった、わかったから、もういい、次だ、次」


 アステリアは慌ててページをめくります。目を動かすたびに表情が凍りついていきました。

 手が止まってしばらく沈黙した後、ノートが手元に帰ってきました。


「……わたしのノートがこわい」

「ご覧になりますか?」

「みないっ!」


 ぼくにはただの趣味でも、アステリアにとっては刺激的な体験のようでした。

 つまり目論見通りです。


「ご満悦いただけたようでなによりです」

「むぅ……この刺激は狐につままれたような気分だ」

「ふふ、ご主人観察帳がまた充実します」


 アステリアはげんなりとしていました。


「そうだ、ひとつお伺いしたいことがあったのですが」

「なんだ、藪から棒に」


 ノートの空白を思い出します。資格欄という履歴書みたいなそれです。


「表のスクーターはご主人のものですか?」

「ん、ああ、そうだよ」


 これはまた意外な返事なのでした。



 夜になれば死人が徘徊していても誰も気にしない、とアステリアは言いました。


 どうしてなのでしょう。森を抜けた先にある農道にはスクーターが止まり、ぼくはヘルメットとゴーグルを手にしています。搭載された単気筒エンジンが、トコトコと鼓動を打っています。どうしてなのでしょう。どうしてアステリアは、運転席に座って、ぼくを手招きしているのでしょう。


「はーやーくしなさーい」


 そんな馬鹿な、と言いたくなります。靴を履いているところを見たのも、ようやく二回目なのですから。


「……御手を煩わせるのも心苦しいので、ぼくが運転しますよ。実は前職の関係で取得できる免許は取得済みでして」

「だーめ」


 ブンとアクセルを煽って威嚇してきます。普通のスクーターと違って、ハンドシフトのマニュアルトランスミッションなので空ぶかしできるそうな。


「だいたいきみはこれの操作に慣れないだろう」

「ええ、それはそうなのですが……心の準備が……」

「自分からおねだりしてきたくせに、とんでもないやつだ」


 確かにぼくは言いました。


『跨っているところが見てみたいですね』


 映画みたいで絵になりそうだなぁ、なんて呑気なことを考えて。


 靴を履くところを見て感動したり、ぜぇぜぇ言いながらスクーターを押す姿を見て微笑ましい気分になったり、暮れの森を歩くという行為に味わいを感じたりしていました。


 甘かったのです。傍観者でいられると油断していたぼくは愚かだったのです。


「……本当に運転できるんですか?」

「爆発の日、どうやってここに来たと思ってる」

「わ、ワープとか」

「……観察帳にそう書いてあるのか」

「いえ……申し訳ありません」


 草むらでキリギリスが鳴いていました。

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