第11話 足がジンとして、全身に痺れが広がるような心地
せっかく淹れた紅茶です。その場でティータイムとなりました。
「説明してくれますね?」
「ここは、いい所だろう。都会の景色には飽きてしまったからな。余生をこういうところで過ごしたいとずっと思ってたんだ」
「そうではなくて……いえ、それはそれで気になるところではありますが」
「この家はな、あの男が探してくれたんだ。お金で動く人間というのも、逆に信用できて頼もしい」
あの男、とは黛さんに違いありません。使用人をネットで購入するお人です、家ぐらいなんということないのでしょう。正式に登記されているかは、実に怪しいところではありますが。
「あの人、不動産もやるんですね。爆弾の設置も手伝ってもらったんですか?」
「あのね。いくらわたしでも自分であんなことはしないぞ」
「立つご主人跡を濁さない、ってことじゃないんですか?」
「あの爆発はわたしを殺したい悪いやつらが仕掛けたものだろう。そんなの無意味だけどな」
殺す、というワードがまた出てきました。実害を被ってもなお、本人はなんとも思っていないような口ぶりです。
「警察に相談しましょう。それが本当なら、冗談では済みませんよ」
「いや、その必要はない。内々に処理する、いいね?」
「よくありません。命を狙われていると知って、どうして冷静でいられるんですか」
「前にも言ったが、大事だと思うから大事なんだ。見ろ、ピンピンしてるぞ」
紅茶を啜るアステリアは、勝ち誇っているようですらあります。
「事前に計画を察知していましたね。あなたはなにを知っているんですか」
「それなんだが、先に言っておくと、嘘はつかないけれど、すべてを説明するのは、なんというか、憚られるんだ。話したくないわけじゃないが、話せない。理解は難しいだろうが、そういうことなんだ」
「つまり、ぼくには説明できないと」
「フタエにではなく、誰にでも説明すること自体が難しいんだ。話して酷い目に遭うのは、わたしにはわかっているから」
アステリアの顔に、影が差していました。
「仕方ありませんね。秘密裏の情報ルートを下賤のものに伝えては、それ自体がリスクとなりますから。一介の使用人風情が、分不相応の情報を開示させようなどと、けしからんですね。ぼくは考えませんよ、そんなこと」
「なんか言い方に含みを感じるような……」
「いいえ本心です。今この場においては私的な感情を廃するのが最善であると、承知していますから」
「そ、そうか。なら、いいんだけど。でも、気になるだろう、色々と、話せることは話そう」
困り顔のアステリアに、提案します。
「ではこうしましょう。いくらか質問しますので、差支えがなければお答えしていただければと思います。もし不都合があれば、回答を拒んでいただいて結構ですので」
アステリアは無言でうなずきました。ひとつ目の質問をぶつけます。
「狙われる理由に、心当たりはありますか?」
「ある。あるけれど、以前に話したのと変わりはない。異教徒の抹殺を正義とするような、そういった倫理だな」
「では、宗教的な対立が元だと?」
「あくまでもものの例えだ。実際は、もっとロジカルな存在かもしれない。合理的な理由のもとにわたしを抹殺しようと企んでいる可能性がある。詳細は、わたしにもわからない」
「単独で行動されたのは、どういった理由からでしょう」
「ん~? それはだねー、それはねぇ、ええ、ちょっと待ちなさい」
うーんと唸ります。アステリアは返答に窮しているようでした。
「……物事にはかくあるべしという形がある、というか、なんというか。レール、のようなもので、つまり、……なんて、ただフタエにはいらない負担をかけたくなかったんだ。イタズラもしたかったし」
アステリアは金髪の毛先を摘んで指で弄っています。
「無理に答えてくださらなくても、結構ですよ」
追い詰めるつもりもないので、流して質問を続けます。
「命を狙われていると知ったのはいつですか?」
「すまないけど、それは口にできない」
「本当に警察には相談されていないのですか?」
「していないし、するつもりもない。行方不明か、死亡か、今のわたしはゾンビだ。そのつもりでよろしく頼む」
「死亡扱いだといくらか不都合があるかと思われますが。資産管理にも支障が……」
「金とコネがあればそこらへんはなんとでもなる。銀行だって世界中に腐るほどあるんだ」
そうですか。お金持ちですね。
「降りかかる火の粉を捨て置くのは得策ではないと思われますが、なにかお考えがあるのですか」
「捨て置く、勝手にさせておく、指をくわえさせておく。なにが得策かわたしにはわかっている。だから心配しなくていい」
アステリアは断言します。まるで、なにものにも阻まれず一直線に飛翔する矢の如しです。
「そろそろ満足か。それにしても、こう、誰かに説明するというのは、あまり面白みがないな」
アステリアはくたびれたように笑います。
「ええ。ありがとうございます。あの、もう一つだけ、よろしいですか?」
「よし、許す。申せ」
どこぞの大名のようにアステリアが言いました。そういうところです。
のほほんとしていられるのが、不思議でなりませんでした。
「危機的状況であるのにも関わらず、ご主人は余裕綽々に見えます。なぜですか?」
「特別なことなどなにも起きていないからだ、とはもう伝えた通り。わたしはわたしの手でしか殺せはしない。それに、始まりには必ず終わりが付いて回る。こんな事件などそう遠からぬうちに風化してしまうだろう」
そこまで話すと、アステリアは椅子に身体を預けました。手のひらで口を押さえて大きなあくびをして、ゆっくりと目を瞑りました。足を伸ばしてリラックスした体勢です。
「話をすると眠くなるな。フタエも疲れたろう、今日は休んでいいぞ」
吹き抜ける初夏の風が芝生を滑り、降り注ぐ陽光はパラソルに遮られ影を作ります。まったく穏やかな昼下がりそのものでした。
「ああそうだった。余計なことに労力を使うのはやめなさい。噂を嗅ぎ回っていれば、あしがつくから。あいての土俵にはのらないのがいちばんさぁ」
ぎょっとするような言葉を残して、完全に寝入ってしまいました。
指摘されて初めて気がつきます。取り返しのつかない愚を犯していたのかもしれないことに。
アステリアは敵対する何者かから逃れるためにあの部屋に閉じこもり、外部との接触を避けてきました。しかし無能な使用人が、まんまと罠にはめられてしまいます。秘匿されていた住居が、使用人の足跡を辿ることにより割れてしまったのです。
これは推測でしかありません。ですが、十分にありえることです。秘密主義は、その身を守るための防衛手段ということになります。
ですが、それならば、どうしてなのでしょう。
存在自体がリスクでしかないのに。
「ねえご主人。あなたはなぜぼくを助けてくれたのですか」
すーすーというか細い寝息だけが返事でした。




