第10話 フタエはいつも、想像を超えてくる
指定された地点に行くと、井戸に擬態された抜け穴がありました。それを通り、地下道を進むと森の奥に出ました。
森の中に、ハーフティンバー様式の屋敷が建っていました。白と黒のコントラストが、陽光を浴びて映えています。長らく使われていなかった建物のようで、壁面や窓硝子に蔦が絡みついています。
門に横付けされて、イタリア製のスクーターが停まっていました。犯人の移動手段でしょうか。
『よく来たな。鍵は開いている上がってくれ』
着信を受け、指示に従い中に入ります。
案内されたのはキッチンでした。人の姿はありません。あるのは、アンティークな棚に収納されたティーポットとカップ、銅製のケトル、それからカウンターには。
「ビニール袋?」
胸騒ぎがして、吐き気が胃から上がってきました。
「……あれは、なんですか」
『とてもいいものだよ。中を見なさい』
近づいて、外見を観察します。普通の袋、なにもおかしなところは見受けられません。
ゆっくりと、丁重に、袋を開きます。
目を細めて、僅かな隙間を覗き込みます。ちらり、と赤いものが見えました。それは光沢のある有機物でした。
入っていたのは紅茶のパッケージでした。店売りの、何の変哲もない、お茶っ葉です。
「なんの冗談ですか」
『湯を沸かし、紅茶を一杯。いや、二杯注ぎなさい。できたら、それをもって庭へ』
湯温だとか、茶葉の量だとか、そういったことは気にしません。ざっくばらんに抽出して、適当にカップに注ぎます。色も香りも、アステリアだったらお叱りを受けるほどにお粗末です。でもいいのです、今はこれで。
玄関から回って庭に出ると、犯人の姿がありました。
ティーテーブルに備えられた椅子に足を組んで座り、愉悦の笑みでぼくの姿を眺めています。
スピーカーホンにして胸元に突っ込んでいた携帯電話の音声と、肉声がほぼ同時に届けられました。
『「ようこそ、わたしたちのお家へ」』
面白かっただろう、とばかりにほくそ笑んでいます。
犯人はアステリアでした。御本人です。他には誰もいません。
「なんの冗談ですか」
カップを持つ手が震えます。
なんの冗談ですか、本当に、本当に。
「ただこちらに来いと命じるだけじゃつまんないと思ってね。一芝居打ってみたんだ、我ながらよく……フタエ?」
「あなたって人は、あなたって人は」
アステリアは両手を合わせてもじもじしながら、へりくだったように笑います。
「いやあ、怒るんだなってわかってはいたんだけど、……実際に、こう、目にすると、想像以上、かも」
「…………」
感情任せの怒声や罵声をぐぐぐっと飲み込みます。言いたいことは山ほどありました。悪ふざけにもほどがあるだろとか、人をなんだと思っているんだとか、投げかけられる辛辣な言葉は無尽蔵に思い浮かびます。
「謝ってください」
「え?」
「誠心誠意謝罪をしてくだされば、考えます」
なぜかのけぞり気味のアステリアは、引きつった笑みを浮かべています。
「あ……えーっ……悪かったね、悪戯心が止められなかった」
睨みつけます。一歩一歩を踏みしめて、アステリアへと近づきます。
「ひぃ」
「それだけですか」
アステリアは深く深く頭を下げました。
「ご、ごめんなさい、悪ふざけが過ぎました。許してください!」
長い髪が垂れ下がって小刻みに震えています。ぶるぶると震えるその姿は、小さな身体がよりいっそう縮んだようでした。
「本当に反省していますか。二度とやらないと誓えますか」
「うん……いや、はいっ。もう絶対にこんなことはしないから、だから」
伏せた顔は、いつまでも上がってきませんでした。
ため息ひとつ吐きます。とりあえず反省はしているようでした。
「まったく。顔を上げてください。約束ですからね、絶対に黙っていなくなったりしないこと、いいですね」
アステリアが顔を上げます。目元には涙が浮かんでいるようにも見えました。
「う、うん、うん、そうしたい。じゃ、じゃあ」
「今回だけは許します。ご無事で何よりです」
「あ、ありがとう、許してもらえたなら嬉しい」
ぱぁっと咲くように笑顔になりました。
「なあフタエ」
「なんでしょう?」
「想定と違う怒られ方するのも悪くはないものだな、むしろ、ちょっと興奮する」
「……左様ですか」
やっぱり甘かったのではないかと、後悔するぼくでした。




