②
前回までのあらすじ
大学最後の年、一人旅に出たシオンは、不思議な女性・千歳と出会う。
翌日、二人で向かったのは都市伝説として語られる「エメラルドに輝く湖」。
距離の近い千歳に翻弄されながら夜を待つと――湖は本当にエメラルド色に輝き始めた。
そしてシオンは、普段撮らない“人物”に初めてカメラを向ける。
それが、俺とアビスの永遠の物語の始まりだった。
エメラルド色の湖の帰り道。俺と千歳は行きとは違い互いに離れたくないと指を絡ませながら同じ歩幅で歩いていた
「それにしても。ここは森だろ?動物とかいないの?夜だし。狼とか」
そういえば行きも虫1匹見なかった気がする。というか千歳があまりにも俺に引っ付いてきたりしてそれどころじゃなかったというのもあるんだけど
「……まぁ。今日は大丈夫なんじゃない?ほら。湖も明るかったし」
確かに異様な光を放っていた湖は、もしかしたら動物からしたら警戒心が働くのかもしれない
千歳のその言葉を聞いて納得しつつ頷いていると今度は千歳から明日以降の予定を聞かれた
「あと2日くらいは観光かな。そのあと帰国するし」
「………そっか」
それだけ言うと千歳は少しだけ静かになった
何か別の話題を振っても少し返事をして。また黙って。そして握っている手を握りしめてくる
そんな姿は多分寂しがっているんだな。と同じ気持ちになると同時に千歳が余計に可愛く見えてしょうがなかった
千歳は宿の前まで一緒に居たいと言い出してそこまでまるで恋人同士の様に歩いていた
「ねぇ。シオン。最後にお願いがあるの」
宿の前に着いた時に差し出されたのはスマホで
「もし私とまた一緒にいたいと思ったら連絡して。……ね?」
そう言って頬にキスして、ばいばーい!と明るい声を出して暗闇に消えていった
キスされた頬を摩りながら宿の中へ入る時には今すぐ連絡してしまいたい。なんて無責任な気持ちが湧いてきていたがそんな簡単に言ったのではない様な。そんな気がする
その後の俺といったら観光とか格好良く言っていたくせに
シャッターを切っても、切っても
全てが色褪せて見えた
あのエメラルド色の湖を何度も見返してはあれほど感動出来なかったし、たった一枚だけれど撮ったはずの千歳の写真は嫌にピンボケして顔がうまく見えないし
まるで彼女との思い出も幻想的なあの湖に置いてきてしまったみたいだ
そんな気持ちを抱えたままシャッターをひたすらに切ったって。良い絵は撮れるはずがない
一度。会えば?
もしかしたら変わるかもしれない
そう思ってもらった番号に連絡していたのは旅行最終日前日だった
「はい。」
その一言だけで会いたい。今すぐに。なんて口に出してしまいそうになる
「千歳?だよね?」
「うん。そうだよ」
その声はあの時と違い酷く落ち着いた声をしていた。
もしかしたら。会いたがってるのは俺だけだったのかもしれない
そんな事まで思わせるほどに
「……俺。……色々考えて」
「わかってるよ。………きて。あの湖で待ってる」
「今から?」
もう陽が落ちかけてる中にあの森に行ったらきっと帰りは真っ暗で何も見えなくなるだろう
「待ってるね。シオン」
そう一方的に切られて、暫く動けないでいた
待っている
千歳が。あの湖で
俺を
頭の中にそればかりが反芻して、もう後のことは考えられなくなっていた
森に向かうと風がざわざわと木々を揺らしていた
前は千歳が案内してくれていたし、千歳と話しながら歩いた道
何故か全てが違って見える
青々としていた木々は黒々として見え
感じていなかった動物か何かの視線
時折吹き荒れる風は甘みを帯びていて
こっちへ、来い
こっちへ、来い
そんな風に体に直接話しかけられている様な
「な、なんなんだよ」
震える足を動かして、ただただ千歳に会いたいと言う気持ちだけを前に向けていた
そんな気分だったからかな
何かが追いかけてくる様な
そう。人ではなく
影、みたいな
「う、うわぁぁああ!」
怖い
怖い
漠然とした恐怖が俺の背中を追いかける
あれ?
この森って
こんなに険しい道だったっけ?
棘のある草木を越えて
砂利だらけのでこぼこした坂道を登り
枯れた枝を避けて
そうしてたどり着いた先には
「あった。………エメラルド色の---」
「湖」
遮って言うのは、そこに立っていた千歳だった
「良かった!遅くてごめん!俺、道間違えたみたいで」
「いーえ。間違ってないわ」
静かに透き通る声は二重にも三重にも聞こえる気がする
「あなたは、どうして。ここに来たの?」
「どうして。って………それは。千歳にもう一度。いや。違うな。一緒に居たかったから」
俺が答えると
ニコリと笑う千歳が近づいてきて
しっとりとキスをされた
「これで私が好きな姿になった」
え?
いったいなにを言っているのか分からず
月夜に照らされた手をみると
「………え?」
皺が増えて肌の色も少し黒ずんで見えた
一体何が起きているか分からず、慌てて膝をつき湖をみると
「ど、どういうこと?……え?あれ、声も変だ」
声も少し嗄れている気がするし、何よりも顔が……
「俺、こんな老けてないよ」
「いーえ。あなたよ。私の好みのあなた」
20代前半のはずの俺の見た目は何故か、50代?60代?くらいの姿に変わってしまっている
顔を両手で触ってみるも
皺や頬の皮膚の弛みを感じる
「なに?これ、ねぇ千歳!何か知ってるの?説明してよ」
パニックになる俺を見ても千歳は目を細めて愛おしそうに見つめているだけ
そして手を握り
「一緒に、いたいって。言ったよね?」
引きずられる身体
千歳によってエメラルド色の湖にどんどん入り
「まって。千歳!これ以上は、、(ゴボッ)まっ、、うわっ」
息ができない
ゴボゴボと口の中に水が入る
あぁ、俺
溺れる
死ぬ
そう思っていたら
いつの間にか、見たこともない屋敷の中にいた
「ここはどこ?」
真っ暗なそこは、多分寝室で
床は畳で、何故かゴシックに近いベッド
ちぐはぐな和と洋を織り交ぜた様な空間だった
窓の外をふと見ると
「え?!魚?!……あ、ここ湖なの、か?」
「ここは、私の城………深園」
「深園?…ていうか、千歳さっきからなんか変だよ。どうしたの?」
俺が名前を呼ぶとぴくりと反応して
そして何故か押し倒された
「素敵。…まさか本当にあなたのこの姿を見せてもらえるなんて。ねぇシオン?私の本当の名前………真名を教えてあげるわ」
「……真名?」
千歳は舌舐めずりをした後に俺の耳元で囁いた
その声も
これから何が起きるかわからないのも
あの時の思い出も
恐怖に塗り替えられていく
ガタガタ震えてしまってる俺の上に改めて覆い被さる千歳は
「知りたい?ほんとの私」
透き通る。冷たい声は
俺の抵抗する気力を奪う
「ねぇ、君は本当に千歳なの?」
「千歳……そうね。アチラの世界ではそうよ。ここでは違うけど」
そういえばパニックで気が付かなかったが千歳の見た目がいくらか違って見えた
ここに来るまでの千歳は爪は長くなかったし、スキニージーンズにTシャツという何処にでもある出立だった
でも今は爪は長いし着物の柄のしたネグリジェの様なものを羽織って、下着姿だ
「さぁ。私と。楽しいコト。しましょう。大好きよ。シオン。私の真名を呼んでちょうだい。」
その言い方が、まるで恐ろしい呪文の様に聞こえた
「………」
「あら。すぐには無理なの?しょうがないわね」
そう言って、恐怖と快楽が渦巻く行為は果てしない時間続いていった
「もう、やだ。……お願いします」
「そしたら……呼んで?私の真の名前」
止まらない涙
怖くて
怖くて
気持ち良い
もう
限界だ
「アビス、………アビス!おねがっ、、、っ!」
「やっと言ってくれた。大好きよ。シオン。永遠に、、、私のもの」
その日のアビスとの秘密は
果てしなく
淫らに
濃厚に
全てを吸い尽くす様な
深園への入り口に過ぎなかった
2話終わり




